Interview
Yoshitomo Nara

奈良美智インタヴュー
すべてをつなぐまなざしに宿るもの

AREA

東京都

奈良美智インタヴュー

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―単純な外観の類似じゃないっていうことですね。

そう。例えば『ユリイカ』(2017年8月臨時増刊号)で官綺雲(イワン・クー)さんが、僕が人物像を描く時によく上下逆転させて描いていることから、普通に人物像を描く人はああいう描き方はしない。だから最終的に見えるものは人の顔だけれども、色の塗り重ねで観る人は顔に惹きつけられているわけではなく、その奥にある色の重なりに魅了されているんじゃないかっていっていて。確かにそうだなと思って。例えばマーク・ロスコの絵を見て、いいなと思うよね。絵の中に苦悩とかがすべてが入っていて、それに自分は感動する。僕がいい絵ができたと思ったときは、いい顔が描けたとは違うんだよね。イワンさんの言葉がすごく腑に落ちて、自分がいろんな色を使って仕上げていくのは、そういうことなのかなと思って。

―色層の深さの中に、写真も役割を持って存在しているのでしょうか。

あるのかもしれない。形が面白いとかよりも、無機物に対しても人格を持っているように自分が撮っていることとか。VACANTでのトークで篠原一平さん(『ユリイカ』編集長)がヘンリー・デイヴィッド・ソローのことを僕に聞こうとしていて。ソローは森で生活するときに友達を作っていくけれど、それが10km離れたブナの木だったりする。人間じゃないものたちへのソローの態度に、自分はすごく影響を受けたんだなって。

トポロジカル的な考えでいくと、ミノムシと僕らは同じだし、ヤドカリと僕らは同じ。話が飛ぶけれど、少数民族の人たちって昔ながらの精神世界を忘れないでいる人たちが多くて、そういう暮らしでは自然とすごく密接になっていく。日本も地方に行けばいくほど自然との結びつきが強くて、土着的なものが残っている場所は無政府主義的で自然との関わりで暮らしを成り立たせている。

奈良美智

―そうですね。コミュニティも小さいですしね。

自分が死ぬまでに憧れているやりたいことは、ソローとは違うんだけれど、社会じゃない場所を旅してみたいな、とか。

―それは国家のようなものからかけ離れた世界の在り方を模索する感じでしょうか。

特に北方の少数民族のコミュニティや、あるいは台湾の山の中の原住民の人たちに自然的な姿を見ていて、それが社会や国家みたいな人間界にしか存在しない権力構造によって追いやられていくのが、嫌でたまらなくて。みんなの側に自分はいたいなという憧れがあって、訪ねて行っているのかなって。目的があって動いているわけではなくて、本能のままに動いているから、本能はそういうことを思っているんだなとか。

―先日奈良さんが滞在制作して、芸術祭(TOBIU CAMP)で作品を発表した北海道の飛生もそういう場所のひとつですか?

そうだね。世帯数10軒、人口が30人くらいで、山の中に教室がふたつだけの飛生小学校があって。もちろん廃校になっていて、廃校になった時に札幌から彫刻家の國松明日香さんが引っ越してきてアトリエにして、みんなでアートコミュニティーを作っていく。その後息子の国松希根太さんが引き継いで、学校の裏の森が荒れていることに気がついて、森の手入れをし始める。それは植民地的な開墾とは違って、一度そこに住んだ思い出があって、すでに自分の記憶になっている場所を取り戻そうとする行為。極めてパーソナルな視点で森を復活させようとしていて、森を再生していく中で、森をみんなに少しずつ見せていきたいっていう想いから芸術祭が始まっている。

―そういえば豊田市美術館での個展「for better or worse」の最初の部屋に展示されていた私物の中には、写真集もありましたね。

濱谷浩の『雪国』のように、暮らしの写真というかドキュメンタリーが多いです。やっぱり生活に根ざしているものを撮った写真は身近に感じられるから。1枚の写真の中に、そこまでに蓄積された雪国の人達の暮らし方、生活の仕方や歴史までもが見えてくる。それが実験的な美術とかとは違って人間が本来持っている鑑賞能力に訴えかけるんじゃないかな。古い洞窟の壁画のように、そのモチーフだけではなく、そこにいた人達の想いも伝わるような感じで鑑賞できる写真集が好きですね。

―頭だけで考えすぎないようにということですね。

結局、理論にできないこと、言葉にできないものを自分はやっている気がするので。だからこそ絵を描いたり写真を撮ったり、作品に語らせることをしているのだなって思う。自分の奥深くから自然に生まれたものに、語ってもらうような感じ。

―あくまでも自分が生きてきた時間と響きあうものに反応していくのですね。

もし命が尽きるときに、自分はこの世に存在したなと思えるときっていうのは、自分が何をしたかではなくて、人々が何をしてきたかの上に自分が何をしてきたかが重なる、そういうことじゃないかなって。そうじゃないとあなたが何をしたかっていうことだけになってしまう。でも自分は人々の歴史の上に自分が重なる、人々と自分が一緒になってしまって、大きな意味で自分を含めた人々になっていって、その上にまた誰かが重なっていくみたいな、この展覧会のタイトルと同じ感じだよね。

Will the Circle Be Unbroken

タイトル

『Will the Circle Be Unbroken』

出版社

FAPA

価格

7,500円+tax

URL

http://fapa.jp/book/1121/

奈良美智|Yoshitomo Nara
1959年青森県弘前市生まれ。美術家。1987年愛知県立芸術大学大学院修士課程修了。1988年ドイツ、デュッセルドルフ芸術アカデミーに入学、卒業後もケルンを拠点に作品を制作。2000年に帰国、以後精力的に作品を制作し、国内外の展覧会で発表を続ける。近年では2012年、個展「君や 僕に ちょっと似ている」が横浜美術館、青森県立美術館、熊本市現代美術館を巡回(2013年まで)。同年、個展「青い森の ちいさな ちいさな おうち」を十和田市現代美術館にて開催。2017年、豊田市美術館にて個展「奈良美智 for better or worse」を開催(7月15日~9月24日)。創作の日々や旅の記録を写した写真作品で知られ、写真集「the good, the bad, the average … and unique. 奈良美智写真集」(リトルモア)、「奈良美智写真帖 2003-2012」(講談社)を出版。

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