TAKA’S PHOTO TALK “P over C”

Vol.4 ―1995年―日本写真の「マジカルな1年」を背負った二人:長島有里枝篇

2015.Feb.12

TALK: TAKA KAWACHI / INTERVIEW&TEXT:HIROYASU YAMAUCHI

01家族は写真のための実験場


amana photo collectionから、今回は長島有里枝と高橋恭司の作品をピックアップ。コレクションは開始から5年目。すでに多数の日本の写真家がリストに名を連ねている中、なぜ私(山内宏泰)のリクエストでこの組み合わせを選んだのかといえば、両者とも「異色」に思えたからだ。二人とも写真家としての知名度や影響力はもちろん高いものの、コレクションの対象にはなりづらいのでは? そんな先入観があったのだ。そもそも雑誌や写真集のみで触れることが主だった二人の初期作品が、アート写真として取り上げられることは少ないように見えるのだ。二人の作品をコレクションした意図はどこにあったのでしょう?

河内タカ(以降TK)「確かに当時の彼らの写真集を眺めていると、長島さんはスナップシューターで、一方の高橋さんは、何気ない日常の風景を大判カメラで撮る作家であり、それは間違っていません。おそらく、彼らの作品はエディトリアルで映えるタイプで、アート性という点においては評価できない、と考える人もいるでしょう。でも、実際はそんなことないんですよね。二人のオリジナルプリントを目にしてみると、かなり印象が変わってくるはずです。コレクションした長島有里枝の作品『家族』や、高橋恭司の90年代に撮った初期の作品がここにあるので、じっくり見てみましょうか」

——まずは、長島さんの「家族」から。オリジナルプリントは、確かに写真集とはかなり違った印象ですね。

taka4-1_sub1.jpgTK「写真によってレンズを変えていたり、明るさを工夫していたりと、技術的なさまざまなひねりをきかせていることに気付くでしょう? 長島さん自身が写り込んでいるものも、配置や被写体として“撮る・撮られる”ことがかなり意識されている。自然な家族スナップを装っているけれど、実はそうじゃないんじゃないかと思えたり……。いってみれば、どこか意図的に操作された写真なのです。自然そうに振る舞っていながらも、作品ごとに計算しながら写真的に構築しようとしている感じがするし、家族が役者であり自分が監督といったところでしょうか。おそらくなんですが、長島さんにとって長島家と彼らが住む空間とは、作品を作るための“実験場”であり、コントロールしやすい対象だったといえるんじゃないでしょうか」

——若い女性が「家の中で営まれるごく普通の日常生活」をあるがままに写し出した、そのことが新しい――。この作品はそんな受け止められかたが中心だったと思いますが、オリジナルプリントを見れば、作家の意図はまったく別のところにあるのが明白ですね。

TK「長島さんはデビュー当初から、日常を題材としたスナップシューターであるというより、どこかでアート志向が非常に強かったという感じがしていました。でも、世の中はそこのところにはほとんど気付いていなかったと思います。彼女のデビュー作は、家族と自身のヌードを撮った『セルフ・ポートレート』と題するシリーズでした。『現役の美大生がこんな作品を!』といったセンセーショナルな話題が先行し、そのすぐあとの『家族』は共に、1990年代半ばから注目された“ガーリーフォト”の先駆けとも見なされた。真相はわかりませんが、どこか本人が写真家としてやろうとしていたことと、周囲からの受け止められかたのギャップは相当に大きかったはず。長島さん側からすれば、かなりストレスやプレッシャーがかかる状態だったかもしれませんね」

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02に続く

Information

YURIE NAGASHIMA
長島有里枝

1973年東京生まれ。1993年、自らの家族ヌード写真を撮ったシリーズで衝撃的なデビューを飾り、同年、「Tokyo Urbanart #2」展にてパルコ賞を受賞し、ガールズフォトグラファーの先駆者として写真界に新風を起こす。1995年、初の写真集『empty white room』(リトルモア)で注目される。同年、武蔵野美術大学卒業後に渡米し、1999年、California Institute of Arts(カリフォルニア芸術大学)修士課程修了後に帰国。2000年、『PASTIME PARADISE』(マドラ出版)で第26回木村伊兵衛写真賞受賞、2009年出版のエッセイ集『背中の記憶』(講談社)で第26回講談社エッセイ賞を受賞。2010年、写真集『SWISS』(赤々舎)を出版した。

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