Book Review
Mao Ishikawa

原初的な強さをとらえた女性讃歌
ブックレヴュー『赤花 アカバナー、沖縄の女 Red Flower The Women of Okinawa』石川真生

Red Flower The Women of Okinawa

石川が過去の写真集のタイトルを踏襲するのではなく、『赤花 アカバナー、沖縄の女』というタイトルをつけたことも示唆的である。赤花は沖縄で自生するハイビスカスの原種で、後生花、仏桑花の別名も持つことからも明らかなように、沖縄では死人の後生の幸福を願って墓地に植栽される習わしがあり、沖縄戦後は壕で生き埋めになって亡くなった人たちを慰霊するために、壕の入口に植えられたという。石川が写真にとらえた女性たちの姿は、沖縄の風土や歴史、魂を象徴する花に重ね合わせられることで、70年代後半という時代の刻印を濃厚に留めつつも、人々がその土地と歴史の中に生きるという普遍的なありようを表している。また、「沖縄の女」の中には、沖縄出身の女性だけではなく、ソウル・ミュージックなどのブラックカルチャーに惹かれ、黒人の恋人を追ってヤマト(日本本土)から沖縄に渡ってきた女性が含まれることは、沖縄返還(1972年)後の社会状況や、石川の個人史に照らし合わせても明記に値する。

石川が撮影を始めた1975年はヴェトナム戦争が終結を迎えた年であり、当時20代前半だった石川は、「アメリカ統治下の宙ぶらりんな沖縄で、高校までの多感な時期を過ごし」、幼少期に祖国復帰運動を見聞きし体験していても、遠く隔たった日本本土については、「“祖国日本”といわれてもピンと来なかった。」と語っている(石川の生い立ちについては、自叙伝的エッセイ『沖縄ソウル』(太田出版、2002年)に詳しい)。11・10ゼネスト(1971年11月10日に米軍基地存続と自衛隊の配備を認めた沖縄返還協定に反対するゼネスト)に参加したことを契機に「沖縄を撮る写真家になること」を決意した石川にとって、沖縄とアメリカ、日本本土との関係に対峙することは、彼女自身の中に刻み込まれた沖縄の歴史、アイデンティティの核心を見据えることにほかならず、その関係を見つめる出発点になったのが黒人米兵専用バーだったのだ。米兵の写真を撮るために、バーのホステスとして働き始めた石川は、ヤマトから移住してきた黒人を愛する女性たちに巡り会い、また自らも黒人を愛するようになり、世間からの蔑みや偏見の視線をはねつけ、開き直って人生を謳歌し楽しむホステス仲間の強さや美しさに惹かれ、彼女たちの写真を撮ることに夢中になっていく。バーや女性たちの暮らすアパートなどで撮影された写真は、一人一人の喜怒哀楽に充ちた豊かな表情をとらえており、とくに浜辺でパンツ一枚になって戯れる女性たちの弾けるような屈託のない笑顔をとらえた写真は、女性の原初的な強さをとらえた女性讃歌と呼ぶに相応しい。

Red Flower The Women of Okinawa

Red Flower The Women of Okinawa

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