Interview
Yasumasa Morimura

森村泰昌展「『私』の創世記」インタヴュー「セルフポートレイトのその前」

―3Fの「卓上の都市」と名付けられたシリーズでは人物ではなく、日常的なオブジェを組み合わせた静物写真です。

森村:この頃はいろいろなことをやって、試行錯誤していたんです。外へ出て撮影する、人物を撮るといったことのほかに室内にオブジェを配してひとつの世界を作る、ということをやっていました。組み合わせるという作業自体が面白かったんですね。バウハウスやモホリ=ナジなどのほか、ロトチェンコらロシア・アヴァンギャルドなどの当時好きだったさまざまな作品にも影響を受けていますし、自分の美的な感覚をオブジェで現すことができたように思います。絵を描いたり、彫刻を作るだけでなく、すでにあるオブジェに何かを託して表現することも重要な手段だと思うんです。こうしたダダとシュルレアリスムの中間のようなやり方は80年代当時の時代感覚にも合っていたと思うし、自分自身も好きでした。

―「卓上の都市」のシリーズでは、作品ひとつひとつに付けられたタイトルもユニークです。

森村:タイトルは2006年に青幻舎から同名の作品集を出したときにつけたもので、制作した当初はなかったんです。どこかしら物語を想起させるようなもの、なんとなく都市や街を作っていくような感覚を持ちながらタイトルを付けました。私は写真を始める前、童話作家になりたいと思っていたこともあるんです。空想的な物語の一コマになるようなタイトルになるといいと思いながら考えた覚えがあります。

<卓上のバルコネグロ>森の塔・風が吹く

<卓上のバルコネグロ>森の塔・風が吹く, 1984 年 © Yasumasa Morimura, courtesy MEM

―作品の中にはオブジェの背景に森村さんが写っているものもありますね。

森村:最初に考えたのは人間の体もフォークやナイフ、植物などと組み合わせることができる一つの素材、オブジェになりうるということです。逆にいえばナイフや植物が肉感的な身体のように感じることもある。この頃の作品に「花嫁」というシリーズがあるのですが、そこには人間は出てこなくて、木の台と植物を組み合わせたものなんです。一方で人間の体はオブジェを想起させるから、それらが絡み合いながらひとつの世界を作るというのをやってみたかった。

もうひとつ、自分の姿を私自身の存在証明として作品の中に入れたいという思いも、確かにあの頃はありました。そのままだといろんなものに人ごみに埋もれていってしまいそうで、「私はいまここで生きている」ということをいいたかった。かといって、叫べばいいのか、というとちょっとそれは違う。どんな風にして自分の作る作品に潜り込ませればいいのか工夫した結果、出来上がったのがオブジェの背後に私が写り込んでいる写真です。

<卓上のバルコネグロ>泳ぐ人は魚になる

<卓上のバルコネグロ>泳ぐ人は魚になる, 1984年 © Yasumasa Morimura, courtesy MEM

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