Interview
Sohei Nishino

西野壮平写真集『TOKYO』とSFMoMA個展記念インタヴュー「創作の裏側」

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―街はどういう理由で選ぶんですか。

きっかけは個人的な興味ですが、でも、ハバナは国交正常化のタイミングだったり、結局はさまざまな要因で興味が引き出されているんでしょう。個人の視点で極めてパーソナルなことをしてるようでいて、その土地のその時の状態が如実に現れますから。

―まず、街歩きを始める前に床屋さんに行くそうですね。

はい、儀式的なもので、観光客の来ないようなローカルな床屋に行って、「一番クールなヘアスタイルにしてほしい」とお願いするんです。床屋さんって地元の人が集うから自然と情報も集まるし、床屋にいると徐々に街が見えてくるんですね。コミュニティにつながれることで、高い公共の建物がない場所でも床屋さんのネットワークでよその家に入れてもらえたりして。

インドでは10円で路上の散髪屋でカットして、とんでもないユニークな髪型になったりしましたけど(笑)、その儀式を通してその街が身体的に馴染んでいく感覚があります。

インドの床屋

インドの床屋 © Sohei Nishino

東京の床屋

東京の床屋 © Sohei Nishino

―端から地図を塗りつぶすように街を歩いていくのかと思いきや、意外とランダムに勝手気ままに歩くんですね。

もっと緻密に計画しているのかと思ったとよくいわれるんですが、Googleマップとは違うので、僕自身の興味に従って自由に歩いていくんです。都市って人を迷わせてくるんですが、この迷う感覚が気持ちいい。道を歩いていても思ったところと違う出口に出てしまったり、方向感覚が狂って全然違うところに向かっていたり。それに、僕、もともとものすごい方向音痴なんですよ(笑)。

人の頭って、情報量が多すぎると拒否するんですね。そうやって歩いていると、だんだん頭の中が真っ白になって「無」や「空」の状態になる。ある種のメディテーション(瞑想)のような感覚です。お遍路さんもそうでしょう。

だんだん都市の中に入っていくと、自分の意思で動いているというより、むしろなにか巨大な魔物みたいなものに動かされてる感じがしてくるんですね。何かに撮らされているというか。

Sohei Nishino

© Satoko Imazu

―そうして気がつくと膨大な数の写真を撮ってるわけですね。

いまではフィルムを300~400本くらい持って行って、撮り切るんですが、帰国してから現像して、ベタ焼きにします。フィルムを触って、コンタクトシートを一枚ずつ仕上げていくこの身体的な作業が、歩いていた自分の記憶を思い起こさせてくれるんです。そのとき、何をしてたかが思い出される。都市の中では、その感覚が薄らいでるんだけど、記憶が蘇ってきて、歩きながら知らず知らず都市と対話してたことが浮かび上がってくるんです。

歩く、現像する、コラージュしていくというひとつひとつの行為から生まれる身体的な感覚が重要で、だからほとんどのプロセスにはアナログのやり方を用いて作ってるわけなんです。

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