Dayanita Singh, Museum Bhavan

「ダヤニータ・シン インドの大きな家の美術館」展
有機的な「ミュージアム」からつくられる生きた写真

私としての私

〈私としての私〉より 1999年 ゼラチン・シルバー・プリント 京都国立近代美術館蔵 From < I Am As I Am> 1999, gelatin silver print, collection of National Museum of Modern Art, Kyoto

『マイセルフ・モナ・アハメド』だけでなく『第三の性』(1991〜1993年)もユーナックの人々を撮影した作品だが、シンの被写体に対する誠実さがこれらの写真には表れている。ステレオタイプや世間の「ニーズ」にほだされず被写体に向き合う姿勢からは、フォトジャーナリストとしての反省も感じられるといえるだろう。『マイセルフ・モナ・アハメド』は書籍化されているが、その出版に際しシンは「声を持たない貧しい人々を撮影することに対して抱いてきたわたしの罪悪感を多少なりとも取り除いてくれた」と書いている。

その後は「私としての私」(1999年)など作家性を強めた作品を発表してきたシンであったが、何より大きな転換点となったのは彼女が「ミュージアム」と呼ぶ作品を生み出したことだろう。

「ミュージアム」という作品は、チーク材でつくられた2メートルほどの高さがある折りたたみ式の展示・制作用装置から構成されている。装置を広げるとグリッド上に配された正方形のフレームが並び、そこには額装したプリントを設置できる。自由にプリントを入れ替えられるばかりでなく、プリントを収納できるスペースもつくられており、同じ素材でつくられたテーブルやスツールも含まれている。これらは展示室でありながら、作品を保管する倉庫でもあり、新しい展示を考案するためのシステムでもある。また、さらに派生するかたちとして、革張りのスーツケースの中に作品が収納された「スーツケース・ミュージアム」と呼ばれるものもある。

通常、美術館やギャラリーで展示を行う場合、一度作品を固定してしまうと動かしづらくなってしまうが、「ミュージアム」ならばいつでも好きなように作品を組み替えられるというわけだ。「ミュージアム」を駆使することで、彼女は従来の展示システムに疑問を呈している。「わたしは自分が生きている現役のアーティストだと主張したい。わたしを現代美術家というなら、それは死んではいないということ。美術館やギャラリーと仕事をするたびに、物事を決めるのはキュレーターで、ここにいるわたしは死んでるのかと思うことがある」。2015年に行われた、評論家アヴィーク・センとの対談においてシンはそう語っている。

シンが「ミュージアム」を思いついたのは、京都の旅館に泊まったときのことだった。旅館の小さな部屋にある家具を畳んだりしまったりすることでひとつの部屋がさまざまな空間に変化する様に、インスピレーションを受けたのだという。その後、本を広げることで展示空間をつくり出す作品として『セント・ア・レター』(2007年)という蛇腹折りの写真集を制作したが、それだけでは飽き足らず、さらに空間のあり方を探っていく上で生まれたのが「ミュージアム」だ。