モノクロ写真の叙情的な表紙から、ロードムービーは始まる。『西から雪はやって来る』(宝島社)は、俳優・東出昌大が一人の人間として、群馬、新潟、山形、青森を訪ねて大自然に息づく生命とそこに生きる人々に出会った8日間の旅を、自身の言葉と写真家・田附勝の写真で綴った写真集。約10年にわたって東北を撮り続けてきた田附をナビゲーターに、東出が未来への手がかりをつかむ答えのない旅を企てたのはデザイナーの町口覚。俳優、デザイナー、写真家の三者がチームとなって挑んだこのプロジェクトは、“感じる”をテーマに同じビジョンを共有しながらもそれぞれの力が拮抗し、従来の俳優写真集とは一線を画す斬新な一冊が生まれた。東出、町口、田附の3人が本作に込めた想いと制作秘話を語る。
インタビュー・文=小林英治
写真=池田宏
―今回のプロジェクトは、どういうきっかけで生まれたのでしょうか。
町口覚(以下“町口”):最初に東出くんの事務所の社長さんから、東出くんの写真集を企画段階から僕に任せたいと連絡をいただきました。でも東出くんには会ったことがなかったから、「いま一番好きな本5冊と、映画5本を教えて下さい」とリクエストをして、どういうことができるかを考え始めました。これは田附勝の力を借りるのが一番面白いんじゃないかと思って相談したら快く受け入れてくれて、話が転がり始めた感じです。最初からすごく自由にやらせてもらえましたね。
―東出さんは自身初の写真集を作るということで、こういうものが作りたいというイメージはありましたか。
東出昌大(以下“東出”):正直にいうと、普段から自分を見て欲しいとあまり思わないので、自分の写真集を出したいと思ったこともなかったんです。ただ、逆にこういうのは嫌だなと思うところはありました。それは作為的な写真を一方的に提示するタイプのものです。今回はそうではなく、「さあ、考えてくれ」と読者に投げ渡すタイプの本。町口さんと田附さんに最初にお会いした時に「この人たちカッコイイな」と思ったし、このような機会も二度とないだろうから、やるだけやってみようと思いました(笑)。
東出昌大
町口:3人で、最初で最後の写真集にしようって話をしていたんだよね。
田附勝(以下“田附”):町口さんから「これまで田附が活動してきたフィールドの中に東出くんを入れてみたらどうだろう」という提案があり、その中で今回の主題「感じる」を彼に実感してもらうことになりました。この3人がチームでやることで、僕が写真で表現してきた「生と死が隣り合わせになった太古の姿が現代に垣間見える東北」を理解してもらうチャンスになるなら、喜んで引き受けようと。ただ、最初で最後の機会だと思いながら引き受けたので、その分しっかりと形にしなきゃいけないと思いました。
―一過性の話題になるものではなく、しっかり残るものにということですね。
町口:そうですね。もう10年ぐらい前ですけど、田附から東北を撮ると聞いて、東北は数多くの優れた先人達が撮ってきているし、相当厄介なモチーフなんじゃないのと話したことがあったんです。それでも田附はずっと撮り続けていて、僕はその仕事をずっと見ていました。今回、東出くんの写真集の話がきたときに、そろそろ田附もある程度自分のサイクルが一巡して、次の段階に入っていく頃合いだなと思ったので、3人でやるのに本当にタイミングが良かった。
田附:タイミングとしてはそうですね。それに僕は常に挑戦していないと嫌なんですが、これは挑戦するに値する仕事だと思ったんです。東出さんと初めて会った時に、チームみんなが同じ方向を向けると思えたのも大きかったです。
© Masaru Tatsuki
町口:3人の出会いだけじゃなくて、実際のロケの天候も含めてすごくタイミングが良かった。これだけすべてが揃うんだっていうくらい。
田附:出発した日には、東京で11月には54年ぶりの初雪が降って、猟に行ったらイノシシがかかって、旅の最後に船を出したらタコが捕れるみたいな、普通はそんなうまい話はないから(笑)。自分が何年もやっているからよくわかるんだけど。それを引き寄せたのは、みんなが同じ方向を向いていたから。僕ら3人だけじゃなく、一緒に行ったスタッフや現場で携わった人たちも含めてね。だからこの写真集も唯一無二のものができたんだと思う。
© Masaru Tatsuki
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写真を「読む」ことによって紡ぎ出された東出の言葉
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