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Roe Ethridge × Fumi Ishino

対談 ロー・エスリッジ×⽯野郁和
意図を超えたときに写るもの

イギリスの出版社MACKより昨年刊行されたRoe Ethridge『Neighbors』と、今年9月に刊行された石野郁和『Rowing a Tetrapod』

イギリスの出版社MACKより昨年刊行されたRoe Ethridge『Neighbors』と、今年9月に刊行された石野郁和『Rowing a Tetrapod』

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今秋にMACK から初の写真集『Rowing a Tetrapod』が刊⾏されたばかりの写真家・⽯野郁和。この写真集の刊⾏をあと押ししたのが、⽯野がイェール⼤学で師事していた写真家 ロー・エスリッジ(Roe Ethridge)だった。写真集の刊⾏を記念して、改めて⽯野が師であるロー・エスリッジにインタビューを敢⾏。写真へアプローチする姿勢、写真集を編集するプロセスについて、個々の作品の奥に潜むストーリーについて訊く。

企画=twelvebooks
編集=Dan Abbe
構成=⼩林祐美⼦

⽯野郁和(以下、石野):あなたのすべての作品を通して、写真の構造の脱構築と再構築を同時に試みている印象を受けました。ご⾃⾝でもそのように解釈していますか?

ロー・エスリッジ(以下、エスリッジ):⾃分ではそのように思いませんが、「何かを解体する」というのは学⽣時代に流⾏った考え⽅でした。私⾃⾝は、写真を撮ることで再構築するというより、何かを保つというほうが近いと思います。ばらばらに壊れたかけらを集めて元の形に戻すのではなく、イメージとの間に感覚的な関係性を持とうとしているのだと思います。

Roe Ethridge『Sacrifice Your Body』(MACK, 2014)

Roe Ethridge『Sacrifice Your Body』(MACK, 2014)

⽯野:芸術写真、商業写真、写真集、展覧会、編集、講義など実に多彩な活動をされていますが、このような多領域にまたがるアプローチはどのようにして⽣み出されたのでしょうか。

エスリッジ:最初は、理知的なアプローチで作品を作りたいと苦戦していた時期がありました。そのためにはテーマを決め、アイデアを出し、そのアイデアをイメージで説明することが必要だと考えていました。しかし、やればやるほど底が浅いと感じるようになりました。それからニューヨークに移って商業写真を始め、『New York Times』でいわゆる静物写真を撮っていましたが、決して得意ではありませんでした。そんなときに、ある美しいストーリーが撮れたのです。⼝紅の撮影なのにモデルの唇が荒れているという、考え得る限りほぼ最悪の状況でした。それがあまりにもあってはならないことだったので、かえって⾮常に⾯⽩かった。モデルがにっこり微笑んだ、なんとも不⾃然な写真を撮りましたが、これはビューティーフォトグラファーが最もしそうにないことです。

Roe Ethridge『Le Luxe』(MACK, 2012)

Roe Ethridge『Le Luxe』(MACK, 2012)

後に、⾃分のスタジオでこの撮影のポラロイドを⾒たときのことを覚えています。スマートにやろうと懸命に取り組んでいた⾃分の作品たちの中で、⼥性誌『Allure』のビューティーコーナーのために撮影し、結局ボツになったこのポラロイドはほかとは⽐べようもないほど輝いていました。何か特別な⼒が働いてこのイメージが⽣まれたことは明らかで、そこには偶然があり、広告と商業の要素があり、⾃分とモデルの間に交わされた⽈くいい難い欲求があった。そうしたことのすべてがこのイメージの中にあると思えました。この写真は後に2000年の「Greater New York」展で展示(MoMA PS1)されることになりますが、当時は誰にも理解されず、⾃分でもこれが⼀体何を意味するのかわかっていませんでした。それでも、⾃分が興味を持っていることの全てがここに集約されていると感じていました。

⽯野:さまざまな世界と関わりをもつためには、技術的な知識を⾝に付けるほか、歴史や批評についても学ぶ必要があると思います。どのようにリサーチをされているのでしょうか。

エスリッジ: “怒りにかられて”でしょうか(笑)。学⽣だった1990年頃は、アメリカ南部のそこら中にある写真ではなく、新しいものを⾒つけなければと必死になっていました。ウィリアム・エグルストンは⼤好きでしたが、コピーすることなどできない。同時にサリー・マンの世界があり、ジョン・マクウィリアムズもいた。だから私は、猛烈な勢いで何か別のものを探していたのです。そのとき、新しいものにインスパイアされたい、理解したいという思いに突き動かされていた私は、主観を排したドイツ写真に出会いました。

Roe Ethridge『Shelter Island』(MACK, 2016)

Roe Ethridge『Shelter Island』(MACK, 2016)

⽯野:デュッセルドルフの写真家たちのことでしょうか。

エスリッジ:そうです。カンディダ・ヘーファーの撮った建物の内部、アンドレアス・グルスキーのランドスケープ、そしてトーマス・ルフ、その系譜の写真家たちです。彼らの作品をむさぼるように⾒ました。勉強熱⼼だったわけではなく、ただ「何か」をどうしても⾒つける必要があったのです。

ピクトリアリズムを発⾒したときも同じように夢中になりました。ニューヨークに引っ越したばかりの頃に純粋美術と応⽤美術の問題に深い興味を持ち、アルフレッド・スティーグリッツやポール・アウターブリッジ・ジュニアがとった感情的なアプローチと、もっと形式的で商業的なクラレンス・ホワイト・スクールは、互いに裏返しの関係にあるのではないかと考えていました。当時、ピクトリアリズムは完全なタブーだったので、彼らの作品を⾒ると「この作品はすぐにイェール⼤学でこき下ろされるんだろうな!」とスリルのようなものを感じました。

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