先ごろ開催された「THE TOKYO ART BOOK FAIR 2016」の新たな試みとした創設された「Steidl Book Award Japan」の受賞者がついに発表された。その名の通り、世界のアートブック界を牽引する名門シュタイデル社の協力のもと、日本を拠点にアートブックの出版に興味を持つ人を対象にしたダミーブックアワード。応募作品の中から、オーナーのゲルハルト・シュタイデルがグランプリ作品を選出。今回は、13作品のショートリストから8名のファイナリストが決定。11月10日(木)に発表されたグランプリ受賞者は、なんと8名全員という結果となった。受賞者は本社へ招待され、滞在し、編集・デザイン・印刷・造本まで、すべての工程を体験する。完成作品は、シュタイデル社の刊行物として世界へ羽ばたく。
アートブックを世に出したい人たちにとっては夢のような賞を創設したシュタイデルの意図と、長年のアートブック制作への矜恃、その哲学を聞いた。
名古麻耶=インタビュー・文
宇田川直寛=写真
「若い頃、著名なフォトグラファーになるのが夢でした。自分で写真を撮っては、アンリ=カルティエ・ブレッソンやウォーカー・エヴァンスといったアーティストの作品と比較してみたものです。そして私は、自分は彼らのような写真家にはなれないと気付いたのです。であるならば、自分で撮る代わりに、こうしたすばらしいアーティストたちのアイデアを本という形で具現化する役割に回った方が、自分の人生はよっぽど幸せだと思い至ったのです」
シュタイデル社のファウンダー、ゲルハルト・シュタイデルは、かつてアートメディア『pdn』のインタビューでこう語っている。その言葉通り、以後の彼の人生―ゆうに約45年もの間―は、そのためだけに費やされてきたといっても過言ではない。ヨーゼフ・ボイスのアシスタント時代には、「よく見るんだ。ストリートやゴミ箱から誰も考えつかないような美しい素材を見つけるんだ」というボイスの言葉に従い、亜鉛板や段ボール、フェルトなど、型破りなメディアにボイスのイメージをプリントし続けた。そして、ボイスの死(1986年)から数年後、シュタイデルは自らの比類なきプリンティング技術を写真家たちにプレゼンし、シュタイドル社を築いていったのだ。
製紙とバインディング以外はすべてひとつ屋根の下で行うというポリシーのもと、シュタイデル社がこれまで出版してきた数千冊にもおよぶアートブック・プロファイルには、ロバート・フランク、ウィリアム・エグルストン、アンドレアス・グルスキー、マーティン・パー、エド・ルシャ、ナン・ゴールディンといった後世に名を残す偉大なる写真家たちが名を連ねる。ときに怒鳴りあうほどのアーティストらとの対話を通じて、シュタイデルはほかの出版社では到底実現しえない、それ自体がアートの一形態となりえる作品集を多数生み出してきた(それは『世界一美しい本を作る男』と題されたドキュメンタリー映画に詳しい)。そして、いまこのときも、シュタイデルと仕事をすることを夢見る数多くのアーティストたちが、ドイツの片田舎ゲッティンゲンにある「シュタイデル・ヴィレッジ」に列をなしている。
2021年3月以前の価格表記は税抜き表示のものがあります。予めご了承ください。