武蔵野美術大学 造形構想専攻 映像・写真コースの菅沼比呂志ゼミによる展覧会「写真、その複数形 ~写真をめぐるいくつもの入口」が、武蔵野美術大学市ヶ谷キャンパス1/Mで開催されている。会期は2026年9月26日から10月4日まで。
本展には、学部4年生から大学院、博士課程まで計22人が参加。21歳から35歳までと年齢層も幅広く、そのうち15人を海外からの留学生が占める。大学で初めて写真を学んだ学生から、デザインなど別領域を経て写真へと進んだ学生、社会人経験後に大学院で学び直す学生まで、それぞれ異なる背景を持つ。
展覧会のタイトルにある「複数形」が示すように、焦点となるのは単一の写真観ではない。プリント、写真集、スクリーン、言葉などさまざまな形式を通して、写真を見るとは何か、写真を介して何を見るのかを22人それぞれの実践から問い直す。完成された答えを提示するのではなく、作品を「句点」「読点」「クエスチョンマーク」「イコール」「ダッシュ」にたとえながら、写真について考えるための複数の「入口」をつくり出すことが展覧会の試みだ。
そのアプローチも多岐にわたる。内藤翼の「FACTA」は、フェイクニュースと物理的に操作された写真を同一紙面上で交差させ、虚構から「現実らしさ」が生成される構造を検証。生成AIをはじめイメージの真正性が揺らぐ現在において、「現実とは何か、リアルとは何か」という問題を写真とメディアの双方から問いかける。
一方、寺井雅也の「注がれた景色」は、街の廃材だったやかんをピンホールカメラへと転換した作品。像が定着される以前の光学現象に着目し、やかんの内部へ反転して投影される風景そのものを鑑賞者が覗き込めるよう構成する。写真が「写真」になる以前の状態へと遡り、メディウムの原理そのものを体験へと変換する試みだ。
ほかにも、故郷や土地の歴史、記憶、都市、家族、身体、時間など、学生たちの関心は広範囲に及ぶ。中国東北部の土地と「満洲」という名称に刻まれた歴史を見つめる葛苡辰の「北満ノ森」や、日本で暮らすなかで自身と場所との距離を考察する郭暁頴の「ひとつにはならない」、幼少期の家族写真を思い出の場所へ投影し、過去と現在を一枚の写真上で交差させる陳泓毅の「記憶の面影」など、写真を「記録」に限定しない実践が並ぶ。
会期終盤にはゲストを迎えたトークイベントも実施。10月3日13時から批評家のきりとりめでる、10月4日13時から写真家の野口里佳が登壇し、学生たちの作品について講評する。
| タイトル | 写真、その複数形 ~写真をめぐるいくつもの入口 |
|---|---|
| 場所 | 武蔵野美術大学市ヶ谷キャンパス1/M(東京都新宿区市谷田町1-4) |
| 会期 | 2026年9月26日(土)~10月4日(日) |
| 時間 | 11:00~19:00(最終日は15:00まで) |
| 休み | 無し |
| 料金 | 無料 |
