A-POC(エイポック)とは、A Piece of Cloth=「一枚の布」の意味。1998年に三宅一生がパリで発表したA-POCは、新しい概念で服作りのプロセスを変革し、時代を見つめながら進化を遂げてきた。そうした思想を受け継ぎながら、異分野や異業種との協業によって新たな可能性を探るA-POC ABLE ISSEY MIYAKE(以下、A-POC ABLE)が、東京・南青山の店舗を移転リニューアルし、9月4日、同じフロム・ファースト・ビル内に、国内最大となる3フロアの旗艦店「A-POC ABLE ISSEY MIYAKE / AOYAMA」をオープンした。
撮影=今津聡子
取材・文=IMA編集部
ファッション写真とは違うアプローチで
新設されたギャラリー空間「A-POC SPACE」は、A-POC ABLEが共鳴するアートやデザイン、テクノロジー、伝統芸能など、さまざまな領域のクリエイションが発信する場所となる。そのオープニングを飾るのが、パリを拠点に活動する写真家・梅本健太による「PORTRAITS:HANDS」展である。
A-POC ABLEと梅本の取り組みは今回が初めてではない。きっかけとなったのは、梅本が長年取り組んできた花のシリーズ《FLŌRA》だった。
梅本の作品に惹かれたA-POC ABLE ISSEY MIYAKEデザイナーの宮前義之は、2022年に一時帰国した梅本と初めて対面する。その後パリでも交流を重ね、2024年には《FLŌRA》を起点に「TYPE-VIII Kenta Umemoto project」が実現した。
梅本が新たに撮り下ろした花のイメージと、A-POC ABLE独自のSteam Stretch技法を掛け合わせ、写真をそのまま衣服に転写するのではなく、互いの表現をぶつけ合いながら未知のアウトプットへと変換していった。
「手を動かしながら、抽象的なイメージを少しずつ形にしていきました。梅本さんとのやりとりはジャズセッションのような感覚でした」と宮前は振り返る。最初から完成形を描くのではなく、それぞれがアイデアを投げ、受け取り、また返す。予定調和ではない瞬発力こそが、協業の醍醐味だったという。
そして今回、宮前が梅本に投げかけたのは、さらにシンプルな依頼だった。「ブランドが大切にしている思想を、ファッションフォトとは異なるアプローチで表現したい」。より普遍的なテーマと向き合うことによって、梅本がそこからどんな表現を生み出すのかを見てみたかった。
《FLŌRA》の次に浮かび上がったキーワードは、「手」のポートレイトだった。
テクノロジーが進化しても「手」が主役

「PORTRAITS:HANDS」展風景
A-POCという言葉から、私たちは最先端のテクノロジーを連想する。コンピュータープログラムによって一枚の布の中に服の構造を織り込み、素材と技術の可能性を拡張してきたその方法論は、確かに未来的だ。しかし宮前は、そのイメージだけが先行することへの違和感も抱いていたという。
「私たちが大切にしていることは、いつも“手”の感覚なのです」
素材に触れ、その感触から何かを感じ、試し、考え、つくる。どれほどテクノロジーが進化しても、その出発点には人間の身体と手がある。それはA-POC ABLEに限らない。伝統工芸、建築、アート——異なる領域で新しいことに挑み続ける人々にも、それぞれの「手」がある。
今回、梅本がカメラを向けたのは、横尾忠則をはじめ、A-POC ABLEと関わりを持ち、同時代を生きるさまざまな分野の表現者たちだ。写されるのは顔と手。そこでは「手が顔であり、顔もまた手である」かのように、一人の人間の存在と、その人が何をつくり、どのように世界と関わってきたのかが二つのポートレイトによって浮かび上がる。
「花に続く何かを考えた時に『人物』が出てきたんです。同時代に生きている人、何かを創造している人」。梅本はそう発想したという。
宮前も即座に共感した。「創作というのは一人では成り立たない。A-POC ABLEはさまざまな方と一緒に考え、手を動かしながらものづくりを続けています。お互いが共鳴することで、また次の創造へとつながっていく。そうした連なりを伝えたいと思った時に、『ポートレイト』『手』というキーワードはふさわしかった。服を着た人を見せるのではなく、そこにいる人と、その人の「手」を主役にしたかったんです。
素材を触って、インスピレーションをつかんで、ものが生まれていくのがものづくりの本質です。分野は違っても、新しいことに挑戦をしている人たちがいる。私自身、そういう人たちから多くのインスピレーションを受けています。そういう人たちの存在や、その「手」から生まれるものを伝えることが大切だと思っています」
彼らが身につけているのはA-POC ABLEの服だが、写真の中でプロダクトが主役になることはない(どころか、ほとんど写っていない写真も多い)。服を見せるためではなく、さまざまな表現者の「手」が連なることでそこには写らないストーリーが立ち現れる。広告的なキャンペーンフォトとは異なる方法で、A-POC ABLEが何を考え、何を大切にしているのかといった思想を伝える試みでもある。
その思想は、プリントにも貫かれている。梅本はデジタルとマニュアルな工程を行き来しながら、意図的にズレや偶発性を取り込む。完全に制御するのではなく、手を介することで生じる予測不能な出来事を受け入れ、そこから新しい質感を探していく。それは、緻密なプログラムとフィジカルな揺らぎを共存させてきたA-POC ABLEのものづくりとも響き合う。

左から宮前義之、梅本健太
「人選は、身近にいる関係性がある人たちから始まりました。多くは表現者です。普遍的なテーマなので、タイムレスに残るものをと考え、私なりに新しい印刷方法を取り入れました。UVプリンターを使用し、一枚一枚手作業でオリジナルのプリントを作っています」。そう語る梅本の作品からは、手、ポートレイトというありきたりな被写体ながら、見たことのないビジュアルが生まれている。

伝えることもデザインの一部
写真とファッション。テクノロジーと手仕事。精密さと偶然性。一見相反するものを分けるのではなく、その間にある領域から新しいものを生み出す。そこに両者の共通する姿勢がある。
そして「PORTRAITS:HANDS」は、新しいA-POC SPACEの最初の展覧会でもある。
宮前がこの場所に期待するのは、完成した商品を届けるだけの店舗ではない。スマートフォンの画面では伝わらない素材の質感やスケールを身体で感じて体験する。さまざまな対話を通じて、その背景にあるストーリーを知る。「一枚の布」の可能性を探究しながら、宇宙や医療、建築、工芸、アートといった異分野の知性と接続する。そこで生まれた会話が、また次のクリエイションへと連なっていく。
「つくることだけではなく、それをどう相手に届けるかまでがデザインの仕事だと思っています。写真を通してどう伝えるかを考えることも、デザインの一部です。ファッションの世界だけを見ていても、新しいものはなかなか生まれない。一枚の布ができるまでにも、その背景にはさまざまな技術や知恵があります。だから写真に限らず、宇宙や医療など、一見ファッションとは遠くにある分野の人たちとも出会い、考えや技術を結びつけてみる。そこから、自分たちだけでは想像できなかったものが生まれることを大切にしています。
このA-POC SPACEはスマホの画面だけでは伝わらないことを、実際にここに来て感じてもらえる場所にしたい。ブランドの背景にある人や技術、ものづくりのプロセスまで含めて、体験してもらいたいんです」。宮前は、服のその先を見ている。
三宅一生もまた、さまざまな領域の表現者たちと交流し、互いに刺激を与えながらクリエイションを育んできた。その精神を受け継ぐように、A-POC SPACEは、人と人、異なる領域が出会い、まだ名前のない何かが生まれるための場所になろうとしている。
衣服とは、人間の身体に最も近い存在である。だからこそ、テクノロジーがどれほど進化しても、その中心にいるのは人間なのだ。新しい場所の最初の物語は、「手」から始まった。
| タイトル | 「PORTRAITS:HANDS by KENTA UMEMOTO」 |
|---|---|
| 場所 | A-POC ABLE ISSEY MIYAKE / AOYAMA「A-POC SPACE」(東京都港区南青山5-3-10 FROM-1st) |
| 会期 | 2026年9月4日(金)〜10月28日(水) |
| 時間 | 11:00〜20:00 |
| 休み | 無休 |
| 料金 | 無料 |
| URL |
梅本健太
パリを拠点として活動している日本人写真家。明治大学在学中に大学の講義で写真と出会い、その後、日本の伝統的な着物の会社や資生堂の化粧品のスティルライフの撮影を始める。ビューティー、ボタニカル、ランドスケープへと興味の対象は広がり、インスピレーションの源泉である日本の浮世絵や漫画の独特な色使いから影響を受け、写真と絵画的な表現を融合させた独自の作風を発展させている。
宮前義之
A-POC ABLE ISSEY MIYAKE デザイナー。1976年東京生まれ。2001年 三宅デザイン事務所に入社し、三宅一生が率いたA-POCの企画チームに参加。その後ISSEY MIYAKEの企画チームに加わり、2011年から2019年までISSEY MIYAKEのデザイナーを務めた。2021年にスタートしたブランドA-POC ABLE ISSEY MIYAKEでは、エンジニアリングチームを率いて、A-POCの更なる研究開発に取り組む。
