『IMA』Vol.35に関連する記事の第三弾は、中国人写真家、ジョ・カンウのインタヴュー。母国では性的マイノリティである自身のアイデンティティを隠し続け、渡米をきっかけにクイアな世界を表現できるようになったカンウのパーソナルでグローバルな物語を紐解く。誌面には収まりきれなかった内容も追記しているので、お見逃しなく!
文=IMA
北京出身で、現在はシカゴを拠点とするジョ・カンウ。同性愛者である自身のアイデンティティを模索しながら、パーソナルな経験をもとに中国とアメリカの類似点、自由な表現と政治による統治の関係性を重層的に可視化する。2019年にAperture Foundation Portfolio Prizeの準グランプリを受賞し、昨年は第35回イエール国際モードフェスティバル写真部門のグランプリを受賞するなど、国内外から注目を集めるジョのルーツとこれからの展望に迫る。
─ 中国で過ごした子ども時代、ご自身のセクシュアルアイデンティティへの気づきについて教えてください。
私は中国の一般的な教育を受けながら、平凡な幼少期を過ごしました。両親も私にごく普通の大人になることを期待していたように思います。私が生まれ育った北京は、中国の中でも特に近代化が進んでいる都市です。中学生の頃からアメリカのテレビ番組や映画を観ていたのですが、あるときから自分が惹かれるのが男性ばかりであることに気付き、両親に隠れてメンズファッション誌や映画雑誌も集めはじめました。私の高校時代は、まだ同性愛者が社会的に受け入れられていなかったので苦労しましたね。
─アメリカで写真を学ぶことになったきっかけは?
写真との出会いは、中学・高校時代に小説やエッセイ、詩などを掲載したオンラインマガジンを友人たちと作ったことでした。私はデザインとテキストに添えるイメージを担当していたんです。高校卒業後は、北京の美術大学で写真を学びましたが、自身の性についてはオープンにできませんでした。アメリカの大学についての良い評判を耳にしていたのもありますが、新しい人生を歩みたかったのもあり、大学年生のときにシカゴ美術館附属美術大学へ編入を決意。そこでやっとカミングアウトできました。
「Temporary Censored Home」
─ 『IMA』vol.35では、北京の実家を両親が不在の合間だけクイアーな空間へと変えたインスタレーション「Temporary Censored Home」を紹介しています。展示を構成する多様なイメージは、どのように選択しましたか?
まずひとつ目の要素は、アメリカの風景とゲイの男性と親密な関係にあるセルフポートレイトを組み合わせた「One Land To Another」というシリーズです。本作は、私の個人的なアメリカの旅を半分ドキュメンタリー、半分フィクションの物語として描き、人種、セクシュアリティ、市民権の交わりを考察しています。アジア人の私を写すことで、LGBTQの中で白人男性のマッチョな同性愛者が主流とされる美学を壊そうと試みています。そして、高校時代に収集していた雑誌類の切り抜きも展示しました。10代のときに私の中にアメリカンドリームを抱かせたメディアと「One Land To Another」を対比させることで、権威が生み出すイメージと人種やセクシュアリティの関係性を個人的体験から分析し、表現しています。そのほかには子ども時代の写真も含め、両親との関係性も表しました。また、さまざまな国で撮影した風景写真も重要な要素です。ロサンゼルスで見た太平洋の水平線、ミュンヘンにおける右翼政党の反対運動、北京の兵士たち、ドナルド・トランプの当選直後にシカゴで行われた行進、ブリュッセルでの反ブレグジットポスターなど、これらの写真は、絶え間ない移動を示しています。世界各地で並行して起こっている出来事に私が介入することで、個人の自由と政治的統治の関係性を考察しました。鑑賞者に移民としての視点を提供し、対立する境界線を解消しようと試みです。
「Temporary Censored Home」
─ どのような制作プロセスで作られたのでしょうか?
ジョ:どの写真をどの部屋に飾るかを考えながら、シカゴの美大にあるプリンターを使って写真を印刷し、カメラと照明を荷物に詰めて北京に帰省しました。実家では両親が仕事に出かけている間に作業を行なったので、彼らが急に戻って来たりしないか心配でしたが、これまで本来の姿を隠さないといけなかった空間を取り戻していく行為には解放感を感じました。少なくとも、自分の記憶と気持ちに改めて向き合い、整理することができたと思います。
─ 中国とアメリカとの関係性は、本作にどのような影響を与えましたか?
ジョ:このプロジェクトを制作したのは、まさに米中の対立が激化していた時期でした。私は長い間、それぞれの国で経験した問題を別々に分析していましたが、ふたつの国には類似点があり、一緒に考察すべきだと気付きました。グローバル化が進む現代においても性の自由な表現が拒絶されているのは、どちらの国も同じです。トランプのネオナショナリズム的な選挙のやり方と好戦的な政治によって人種差別、性差別が広がりましたし、私が受けた中国の教育には民族主義的なイデオロギーが埋め込まれていました。アメリカの帝国主義によるナショナリズム政策と、中国の家父長的な国家主義を比較し、その両者がともに権力を集中させる手段として作用していると実感しました。男性主体の権力が個人と組織、プライベートとパブリック、パーソナルとグローバルを貫いているのです。本作を通して、自身のセクシュアリティと家族関係、アメリカでの個人的な経験、ナショナリズムや家父長制などから受ける抑圧をつなげています。
─ 2019に開始したふたつの展覧会「Parallel Room」、そして「Parallel Journeys」のインスタレーションも秀逸でした。
まず「Parallel Journeys」は、「Temporarily Censored Home」、「One Land To Another」、「Complex Formation」という3つのシリーズを組み合わせた展覧会です。2つのシリーズについては既に触れましたよね。「Complex Formation」は、アメリカとヨーロッパを一緒に旅した母が携帯で撮った写真と3Dアニメーションで構成した動画作品です。私のモノローグと、私と母の間で交わしたアートや文化から受ける影響、アメリカンドリーム、理想の生活、アメリカと中国における安全性、未来の可能性についての会話を入れました。母の写真を考察する際、それらは欧米のマスカルチャーに影響を受けた美への欲望や階級社会、ヘテロノーマティヴィティ(異性を愛することを当たり前とする考え方)を反映しているものだと意識的にとらえるようにしていました。この3つのシリーズは、私たちがどのように家族や社会的規範、願望と向き合っているかを、自分の内側を掘り下げると同時に外側の視点からも観察しています。いくつもの旅を交差させた展覧会において、私と家族の間にある不可視な境界は拡張され、過去と現在、公共と私的な場所、バーチャルとフィジカル、そしてさまざまな価値観を行き来することができる場となりました。
「Parallel Rooms」は、フィラデルフィア・フォト・アーツ・センターで展示したインスタレーションです。数年前、シカゴの自宅で使っていた間仕切りと同じ種類のものに少し手を加え、「Temporarily Censored Home」のプリントを貼り付けることで、北京とシカゴの両方の家を再構成しています。また、「Complex Formation」の最後のシーンには宇宙や崩壊した惑星を彷彿とさせるイメージが写っていて、鑑賞者の方向感覚を惑わす効果があるのですが、それを間仕切りに投影することで展示に没入できるきっかけを演出しました。「Parallel Rooms」では、差異によって生まれる壁、根拠が不確かな秘密、相反するイデオロギー、不安定な帰属意識を具現化することに試みています。
─ 新プロジェクトについて教えてください。
現在は、「Resident Aliens」という「Temporarily Censored Home」の姉妹編をアメリカで制作しています。多くの移民にとって、家が安らぐ場所であるとは限りません。本作では、ビザのステータスに問題を抱える移民たちの家や私物を撮影しています。それらをプリントしてそれぞれの家で一時的なインスタレーションを制作し、その様子を写真に収めました。馴染みのあるものと異質なもの、プライベートとパブリック、帰属と疎外の境界線を曖昧にしたいと考えています。
ジョ・カンウ|Guanyu Xu
1993年に北京で生まれ育ち、2014年に渡米。シカゴ美術館附属美術大学でファインアートを専攻する。現在もシカゴを拠点に活動している。イエール国際モードフェスティバル写真部門、PHOTOFAIRS Shanghai Exposure Award、Kodak Film Photo Awardなど数々の写真賞を受賞。イリノイ大学で講師を務めるなど、教育者としても活動している。