これまで被写体となるシチュエーションを自らの手で創作してきたトーマス・デマンド。2011年に発表した「Model Studies」では、初めて他者が制作した模型を撮影した。『IMA』Vol.12で取り上げた同シリーズの第2弾である「Model Studies (Kōtō-ku)」では建築ユニットSANAAの模型を撮影。そこには完成した建築からは窺い知れない、閃きの瞬間が遺されていた。デマンドの作品を通して、模型が持ち合わせる創造性と、SANAAの視点を覗いてみたい。
文=IMA
トーマス・デマンドは、実在する場所を紙の模型で再現した後に撮影し、作品を制作する作家である。題材となる場所は、過去に大きな事件が起きた現場であったり、歴史的意義のあるスポットであったりする。紙で作られた空間は一見無機質でアノニマスに見えるが、ひとたび背景に存在する事実を知ると、模型の上にはさまざまな文脈が浮かび上がってくる。デマンドは静かに人の知覚を弄び、記憶との関係性を揺るがす。
例えば、石けんの泡が浮いたバスタブの写る「浴室」はただの浴室ではない。それがいまだ解明されていないドイツの政治家が死亡した事件現場であると知ると、ありふれた空間はにわかに不穏な空気を帯びてくる。また、たくさんの操作ボタンが並ぶ「制御室」はなぜか天井が抜け落ちている。しかし、ここが東日本大震災の福島第一原発の制御室だと知ると、納得がいく。次の瞬間、その光景にはさまざまな意味が生まれはじめる。ひとたび知ってしまうと、私たちは最初に対象を知覚した立ち位置には後戻りできない。
新聞などのニュースソースから拾った写真をもとに作られるデマンドの模型は、ほぼ原寸であるというが、そこに人がいることはない。だが、私たちは確実に人のいた気配と所業の痕跡を感じ取る。想像力が知覚に及ぼす恐ろしいまでの影響は誰もが体験したことがあるだろうが、デマンドの作品はその麻薬性をたっぷりと含んでいる。だから目が離せない。
『IMA』Vol.12で紹介した作品「Model Studies: Kōtō-ku」は、デマンドが初めて「他者による模型」を撮影したシリーズの第2弾である。2013年より建築家ユニットのSANAAの事務所に通って撮影したというイメージのすべては、紙と段ボールの織りなす世界だ。
SANAAの模型は、デマンドのこれまでの作品のような実物大の模型ではなく、何十分の1かのスケールのプロトタイプだ。しかもそこにはまだなんの「事件」も起きてはいない。しかし、彼らの作業スペースに散在する山のような建築模型の数々を目にしたデマンドは、同じ紙を用いて模型を作る作家としてそこにさまざまな思考錯誤の痕跡を見つけたという。一枚の紙や段ボールといった平面素材が形を変えた模型のひとつひとつに見られるシェイプ、直線やカーブ、レイヤー、反復、集合……そうしたすべてはSANAAの思想が具現化されたものである。歪みや壊れやすささえも。紙の声を聞き続けてきたデマンドには、まるで模型の妖精があちこちに佇んで、口々に囁いているような光景に見えたに違いない。見える人には見える——デマンドの新しい模型へのアプローチだ。
IMA 2015 Summer Vol.12より転載
トーマス・デマンド|Thomas Demand
1964年、ミュンヘン生まれ。ベルリンとロサンゼルスを拠点に活動し、ハンブルグ美術大学で教鞭をとる。1999年にロンドンのテート・ギャラリー、2005年にニューヨーク近代美術館、2009年にベルリンの新ナショナルギャラリーで大規模な個展を開催。2015年、タカ・イシイギャラリー東京で「Model Studies (Kōtō-ku)」を開催し、同名の写真集をIMA Photobooksより刊行した。
タイトル | トーマス・デマンド『Model Studies: Kōtō-ku』 |
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価格 | 8,800円(税込) |
発行年 | 2015年 |
仕様 | ハードカバー/324×277mm/86ページ/重量:950g |
URL | https://store.imaonline.jp/category/select/cid/10000/pid/5497 |