出版社Loose Jointsを主宰するルイス・チャップリンとサラ・ピエゲー・エスペノン。設立から8年あまり、ジャック・デイビソンやハーレイ・ウィアー、モルテン・ランゲなど新進気鋭の作家の写真集を次々に手がけ、いまやアートブック界でその名を知らない人はいない。今年、ナイジェル・シャフランのモノグラフを出版したことでも話題を呼んだふたりは、いまもっとも勢いのあるインディペンデントパブリッシャーといっても過言ではないだろう。そんなふたりが、長年拠点を構えていたロンドンから南仏の港町、マルセイユに移住したという。一年前にオープンしたばかりのブックショップ兼デザインスタジオEnsembleを訪れ、新たな生活と活動について話を聞いた。
文=安齋瑠納
写真=サム・ユーキルス
―Loose Jointsを設立して8年が経ったこのタイミングでマルセイユに移ったのはなぜですか?
サラ:マルセイユに引っ越してきたのは、ちょうど3年前。昨日(取材を行ったのは7月2日)が移住して3年目の記念日だったんですよ。
ルイス:マルセイユに移住したのは、いろいろと理由がありますが、ひとつはイギリスのEU離脱やロンドンの物価高騰の問題。ほかのヨーロッパの国の印刷所や書店と取引することも多かったですし、なによりロンドンでは、高い家賃を払ってもマルセイユに比べて半分以下のスペースしか借りることができませんでした。そんなタイミングでLoose Jointsが出版社として名前も広まり、確立されてきたと感じたので、精神的にもリラックスしてより良い環境で仕事ができるようにと移住を決めました。それにマルセイユは、サラと一緒に何度も訪れていて大好きな街のひとつでした。開放的で、多様性に富んでいて……。
サラ:私はフランス出身で家族が近くに住んでいたこともあり、マルセイユは馴染みのある場所でした。何よりふたりとも海が大好きなので、仕事終わりや休みの日はずっと海辺で過ごしているんです。
Ensembleでは、希少価値の高いLoose Jointsのリミテッドエディションや作家のプリントも販売する。
―Ensembleという開かれた場所があるのも良いですね。
ルイス:マルセイユに移住してから最初の1年は、パンデミックの影響でずっと家の中で仕事をしていました。そうしたこともあり、この街やここに住む人と繋がれる場所を作りたいという気持ちがより強くなりました。お店を持つことで、お客さんや友人が気軽に立ち寄って写真集を見たり、他愛もない会話を楽しんでくれるのが嬉しいんです。
サラ:写真のコミュニティは大きいですが、同時に伝統的でクラッシックな印象を受けることもあります。私たちは、この場所を通して写真の別の側面を伝えたいと思っています。新しいトピックや写真家を紹介することで、さまざまな視点から会話や議論が生まれる。私たちが写真集の編集者として何を大切にしているかということが、このお店に並んでいる本を見ることで感じられると思います。
普段からたくさんの写真集を手に取っているルイスとサラが厳選したラインナップ。
―お店にはLoose Joints以外の本も並んでいます。
サラ:著名な作家の売れ筋を並べるよりも、アイデンティティ、セクシュアリティ、政治、環境問題など、何かしらのメッセージが込められた本や、いままでにないような驚きを与えてくれる本を選ぶことが多いです。自費出版されたものや若いアーティストの本も積極的に取り扱うようにしています。
ルイス:ブックショップの一角にギャラリースペースを設けているのも同じような理由からです。若手作家にとって実験的なスペースになれば良いと思っています。ティアリア・エリス・リッターの「The Morden Family」というインスタレーションでは、制作中のティアリアのアトリエの壁を再現するように大量のプリントを壁にずらりと並べました。完成形の作品ではなく、どのような環境でこの写真集がつくられたのかという課程をあえて見せるという面白い取り組みでした。
―ブックショップの運営以外にも、世界中のブックフェアに参加したり、本のプロモーションもすべてふたりで行っているとか。
サラ:写真集を完成させるまでが50%で、残りの50%はどのようにディストリビュートし、プロモーションするか。そのふたつが常にセットでなくてはなりません。できるだけ幅広い人に届くように、たとえばファッションメディアなど、写真以外の媒体などでも取り上げてもらえるようにアプローチしています。
ルイス:きちんと世界中に行き渡るようにどの写真集もインディペンデントパブリッシャーとしては多めの部数を刷っています。どんなに良い写真集を作っても流通できなければ意味がないですよね。
―Loose Jointsが出版する写真集のほとんどが作家にとっての処女作ですよね。一緒に取り組む作家はどのようにして決めているのでしょうか?
サラ:毎月、100通くらいのポートフォリオがメールで送られてくるんです。そのすべてに目を通して、可能性がある作家にはコンタクトを取ります。もちろん、すぐに写真集になる場合もあれば、まだ完成には程遠い作品も、少しでも可能性を感じたらフィードバックをして、そこから写真集としてまとめるためのアイディアを一緒に練っていくこともあります。
ルイス:個人的にはすでに完成したダミーブックを受け取ることよりも、フォルダーに入っているたくさんのjpegデータから一緒に写真集の形に作り上げていく方がやりがいを感じます。それに、サラは新しい作家を見つけるのに長けているんですよ。
サラ:いろいろなところにアンテナを張るようにしています。送られてくるポートフォリオ以外にも一緒に取り組みたいと思う作家は常にリサーチをしています。ブックショップでのセレクトの話にも通じますが、まだ発掘されていないけれど、世に出ていくべき作家や作品はたくさんあります。Loose Jointsの役割は、そういった声に耳を傾けて、本という形で世界に広めていくことだと感じています。
―Publishing Perfomanceというレジデンシープロクラムをはじめたのもそういった理由からでしょうか?
ルイス:そうですね。若い作家に制作と出会いの機会を与えることは重要なことだと思います。このプログラムは、Mahler & LeWitt Studioというイタリアでレジデンシープログラムを主宰する団体と共同で立ち上げました。イタリアのスポレートというローマの北にある美しい街で行われるのですが、60〜70年代に現代アメリカのアーティストをはじめとするさまざまな作家が滞在制作をおこなったという歴史のある場所です。
サラ:選ばれたアーティストには、1カ月の滞在制作に加え、その間に私たちがスポレートに出向いてLoose Jointsから出版する写真集の制作も行います。ロンドンのWebber Galleryでの展示も約束されているんですよ。
―展示と写真集、両方のアウトプットができるのはとても贅沢ですね。パフォーマンスをテーマに選んだのはなぜでしょうか?
ルイス:僕たちが出版した写真集にもパフォーマンスとつながりのあるものが多いように、体の動きとカメラの関係性にはかねてから興味を持っていました。今回のレジデンシーの審査員のひとりであるルイス・アルベルト・ロドリゲスもプロのダンサーとして15年間活躍した経歴を持ち、その後、Loose Jointsから『PEOPLE OF THE MUD』というケルト族の伝統的なスポーツの身体性を切り取った写真集を出版しました。今年は、300人ほど応募がありその中から選ばれたのが、インドを拠点とするアビシェーク・ケーデカールの作品です。インドで18世紀から続くタマーシャという放浪部族のドキュメンタリーシリーズになる予定です。
サラ:このレジデンシーは、できる限り毎年続けたいと思っています。次回はまた別のテーマを考えているんですよ。
―レジデンシーの応募者やLoose Jointsから写真集を出したいと思っているアーティストにアドバイスがあれば教えてください。
ルイス:僕たちが大切にしているのは、特定の場所やコミュニティに深く向き合い、写真というツールを使ってそのストーリーをより多くの人へ届けようとする作品。
サラ:写真がもつメッセージに説得力があるかが大切です。クオリティだけでなく、その背景にどんなストーリーがあるのか、そして、それが写真集という形で世界に広がることに意味があるのか。なぜ展示ではなく、写真集として出版する必要があるのかということを常に考えています。
Loose Joints
ルイス・チャップリンとサラ・ピエゲー・エスペノンのふたりが2014年に設立したインディペンデントパブリッシャー。デザイン、編集、プロモーションまで一貫して行うことで、アーティストと密にコミュニケーションをとりながら写真集を制作する。2021年には、マルセイユに拠点を移し、オフィスとギャラリーを併設した書店Ensembleを運営する。
https://loosejoints.biz/
https://ensemble.biz/