15 February 2026

写真集『Hanataba』『Songen』を結ぶ「編集」という創造――グレガー・ウルフ・ニルソンが見つめる全体像

Presented by SIGMA

15 February 2026

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写真集『Hanataba』『Songen』を結ぶ「編集」という創造――グレガー・ウルフ・ニルソンが見つめる全体像 | グレガー・ウルフ・ニルソン

グレガー・ウルフ・ニルソン

ソルベ・スンズボーの『Hanataba』、ジュリア・ヘッタの『Songen』。シグマ財団から刊行された二つの写真集は、まったく異なる表現でありながら、確かな思想によって結ばれている。その中心にいるのが、両作のデザインと編集を手がけたグレガー・ウルフ・ニルソンだ。彼が重視するのは「美しい写真」ではなく、「語るべき物語」と「全体の構想」。写真と本の関係、編集という創造行為、そして写真そのものへの敬意について、グレガーが語る。

ポートレート撮影=森本美絵
取材・文=アイヴァン・ヴァルタニアン

シグマ財団出版プロジェクトの始まり

――ソルベ・スンズボーの『Hanataba』、ジュリア・ヘッタの『Songen』は、どのようにして生まれたのでしょうか。

シグマが財団を立ち上げる際に、シグマと協業関係にあるStockholm Design Labの友人たちから声をかけてもらいました。もちろん、即答で引き受けました。とても光栄でしたし、何より非常に興味深い取り組みだと感じたからです。

これまでにスタートしたのが二つのプロジェクトです。一つは、福島・会津でのレジデンス・プロジェクト。海外の写真家の視点を通して、この土地を見つめ直すことがコンセプトでした。

こちらのプロジェクトに関しては、ジュリア・ヘッタはまさに理想的な写真家でした。彼女は卓越した視点と感性を持っているからです。「会津を訪れ、そこで何をしてもいい。ただ写真を通して人々を驚かせてほしい」と依頼しました。条件はただ一つ、会津という土地を舞台にすること。それ以外に制約は一切ありません。結果がどうなるのか、私自身も大きな期待とともに、驚かせてくれることを楽しみにしていました。

もう一つは、ソルベ・スンズボーとのプロジェクトです。ソルベとも私は長年一緒に仕事をしてきました。彼が花を題材にしたプロジェクトを進めていることは知っていましたが、まだ誰もその全貌を目にしていませんでした。シグマ財団は、この作品を写真集という形で世に届けることに貢献したいと考えたのです。シグマ財団が目指しているのは、写真表現の全領域を包括すること──写真が持つ多様性、その違いそのものを促進していくことだからです。

――ジュリアが訪れた会津という場所には、どのような意味があるのでしょうか。

シグマの工場は会津にあり、この地域の文化と深くつながっています。

地理的に同じ場所を、異なる写真家たちがそれぞれの視点で捉えていくというのは、とても素晴らしいことだと考えました。一つの土地に対して、無数の「眼差し」が向けられるからです。

将来的に、例えばシグマ財団が会津をテーマに20冊目の書籍を制作することになったとしたら、そこにはまったく異なる視点や声が重なり合った、豊かなアーカイブが生まれているはずです。会津という土地をめぐる、多層的で奥行きのある物語が立ち上がってくる、それこそがこのプロジェクトの大きな意義だと感じています。

――ジュリアのレジデンス・プロジェクトについて教えてください。

前述の通り、ジュリアには制作においてほとんど制限を設けませんでした。会津へ向かうまで、彼女自身も何が起こるのか分からない状態でした。

彼女は、ストックホルムでアシスタントを務めていた日本人写真家の谷田貝慎と共に会津を訪れました。会津に行くことが決まった際、ジュリアが慎に電話をして「通訳として一緒に来てくれない?」と頼んだのです。ジュリアは写真を撮りはじめましたが、やがて慎もその中に加えるようになり、結果的に彼はこのレジデンスという物語の中にさらに存在する物語の主人公となっていきました。

帰国後、彼女がその写真を私に見せてくれたとき、私は「これはとても美しい物語だ。ここに慎の声もぜひ加えるべきだ」と感じました。

地理的な視点で見ると、ジュリアと慎の立場は完全に逆転していました。かつては慎がスウェーデンで“よそ者”だった。今度はジュリアが日本で“よそ者”になる。その対比、その関係性の反転が、私はとても興味深いと思ったのです。

――『Songen』ではテキストも重要な要素になっています。どのように構成されたのですか

まず、慎に「ジュリアと初めて出会ったときのこと、そして二人の関係性について書いてほしい」と頼みましたが、最初に届いた原稿では少し丁寧すぎる印象がありました。私はもっと詩的な表現にしたかったのです。

「慎、そんなに気を遣わなくていい。もっと自由に書いてほしい」と伝え、何度かやり取りを重ねました。三度目の原稿で、ようやく表現が解き放たれ、詩的なテキストになりました。

その後、ふと「本人が自分自身について書く形でなくてもいいのではないか」と思ったのです。そこで、この本にとって非常に重要な存在となった作家、ラース・フォルスベリにテキストを託しました。慎が書いた文章を渡し、それを三人称で書き直してもらったのです。ただし、言葉そのものは慎のもの。ラースは、それに新たなかたちを与えました。

ジュリアの写真を見たとき、この作品にはテキストが必要だと確信したのと同時に、慎は単なる被写体ではなく「語り手」として存在するべきだと感じたのです。テキストは、この本において極めて重要な役割を果たしています。文章を読むことで、なぜ彼がそこにいるのかが理解できる。写真とテキストが重なり合うことで、この作品は美しい物語(サーガ)へと昇華しました。この本は一貫して、ジュリアと慎、二人についての物語なのです。

「Songen(尊厳)」というタイトルは私たちが捉えた慎の内面的な価値観からきています。

「美しい写真」より「アイデア」

――それは単なるアートディレクションを超えていますね。

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それが、私の仕事のやり方です。アーティストと密接にコラボレーションすること。私は、ただ美しい本をデザインすることには興味がありません。最も重要なのはコンテンツです。その上で、アートディレクターとして、デザイナーとして、目にも、そして感覚的にも響くかたちを与えるために最善を尽くします。

今は本当に多くの写真集が世に出ています。確かに、良い写真はたくさんありますが、その多くはポートフォリオの延長に留まっているように感じます。しかし、本というメディアには、それ以上のものが求められます。

良い写真が並んでいるだけでは、もはや十分ではありません。今の時代、Instagramを開けば、いくらでも良い写真を見ることができる。けれど、それらはあくまで“良い写真”でしかないのです。

だからこそ重要なのが、編集であり、シークエンスであり、そして全体を貫くアイデアです。長く記憶に残る写真集には、必ずそれがあります。決して、良い写真だけで成り立っているわけではありません。

たとえば、ローリング・ストーンズのアルバムで言えば、『The Best of the Rolling Stones』は名曲だけで構成されていますが、退屈な一枚です。でも、『Black and Blue』は違う。「ベスト盤」は、決して面白くはならないのです。

伝えるべき何かがあること。そこに物語があること。それこそがコンテンツです。それがないのであれば、正直に言って紙の無駄だと思っています。特に現代においてはなおさらです。物語が必要なければ、私たちはiPhoneの画面で一枚ずつ写真を見ていればいいのですから。

――なぜ写真にとって、本という形式が最適なのでしょうか。

写真と本は相性としては完璧です。文字や言葉を除けば、これほど本という形式に適した芸術表現は他にありません。写真は二次元であり、その特性が本と完全に一致しているのです。絵画や彫刻を本に収めても、それはあくまで参照にすぎません。しかし写真集は、時に展覧会以上の体験をもたらすことさえあります。

本を手に取り、一人で向き合い、静かに思索する。そこには、読者と本だけの時間があります。あらゆる感覚を通して、本と向き合うことができるのです。

私が本を制作するとき、目のためだけにデザインすることはありません。臓腑に、そして手に訴えかける。つまり、触感を含めた体験としてデザインします。本は「行為」だからです。ただ眺めるものではなく、所有し、手にするものなのです。

フェアの会場で人々が写真集を見るとき、画像だけを決め手に購入することはありません。実際に本を手に取り、紙に触れ、重さや質感を確かめて「これだ」と感じた本だけを買うのです。

――次は『Hanataba』のデザインについて教えてください。

この本は、できる限り小さくしたいと考えていました。これらの写真を成立させることができる、最小限のサイズです。実際に10種類ほどのフォーマットを試しました。その結果、このサイズに行き着いたのです。写真には、どうしても必要な“大きさ”というものがありますから。判型は黄金比を用いて設計しました。そのため、もともと正方形だった写真は、画面を拡張する必要がありました。

ソルベはその点について、完全に賛同してくれました。「いいね、それでいこう」と。私たちが求めていたのは、この“本としての感触”だったからです。これは、お互いへの信頼と確信があってこそ成立した、とても良い例だと思います。

編集については、花束を作るような感覚で構成しました。花屋に入ると、まず白い花があり、そこに赤い花が加わっていく。色の調和が生まれ、美しいブーケが完成していく。そんな流れです。

当初、この本のタイトルは「Bouquet」でした。しかし、その言葉を調べる中で、日本語で「花束」を意味するHanatabaという言葉に出合ったのです。より美しく、よりユニークだと感じました。まさに偶然が生んだアートですね。時には、こうして運に恵まれることもあります。

さらに、すべての花に名前を与えたいと考えて、こう提案しました。 「18世紀を代表する植物学者、カール・フォン・リンネの“植物分類学”を使おう」と。彼の最も偉大な功績は、属名と種小名からなる二名法による命名体系です。そのリンネの命名法から生まれた名前を全てAIに入力し、新たな名前を生成する。こうして生まれたのは、実在しない花に、実在しない名前を与えるという試みでした。

――本プロジェクトの今後のビジョンを教えてください。

シグマ財団は、写真という表現そのものを祝福する場です。私はそれを、とても美しいことだと思っています。そこでは、写真の多様性が何よりも大切にされる。巨匠たちの作品もあれば、若い世代や新たな才能の表現もある。その両方が共存する場です。活動は、書籍制作に限られるものではありません。展覧会であったり、あるいはその時々で適切で、興味深く、そしてできれば驚きのあるかたちが選ばれていくでしょう。写真の世界において意味を持つのであれば、表現の形式は問いません。

制作する本についても、すべて同じかたちにするつもりはありません。内容に最もふさわしい造本を選び、それぞれ異なる姿を持つことになります。場合によってはホチキス留めでも良い。高価で装丁の凝った本である必要はないのです。タブロイド判でも構わない。

私が自宅で大切にしている本のコレクションを見ても、最終的に心に残るのは、いつも「目にも、そして臓腑にも心地よい」本ばかりです。

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