東京・六本木のTARO NASUでは2022年以来、画廊では4年ぶりとなる池⽥亮司個展「sleeping beauty」が開催中だ。聴覚と視覚の領域を横断しながらアートの可能性を拡⼤し続けている池⽥。電⼦⾳楽の作曲を起点としながらパフォーマンスとインスタレーションを組み合わせ、体験としてのアートを提⽰する作⾵でしられる。
その制作活動に対する評価は年を追うごとに、国内外問わず⾼まっているといえる。近年は、地震により中断を余儀なくされた⾦沢21世紀美術館での特別展⽰の圧倒的な空間構成や、ロンドンの180 Studiosで展⽰された天井を仰ぎ⾒る形式のインスタレーションが巻き起こしたセンセーション、ロンドン、パリで開催された作曲家としてのアコースティック・コンサートの成功などが記憶に新しい。池⽥の活動は質・量ともにかつてない広がりをみせている。
本展では、2022年に発表した「data.gram」の進化形ともいうべき最新映像作品「data.graph」を展⽰する他、哲学的かつ禁欲的な美しさで⼈気を博している平⾯作品「sleeping beauty」を中⼼に、いくつかの新作を展⽰する。⼀つの数列が引き⾦となって、鑑賞者に宇宙の壮⼤なスケールへと誘なうこのシリーズは、鑑賞者が無意識のうちに抑圧していたかもしれない、⾃らをとりまく世界の巨⼤さと畏怖の念を喚起する。映像という仮想世界と平⾯作品の境界を⾃在に⾏き来する、池⽥の最新の思考を具現化した今回の展覧会「sleeping beauty」は、映像作品を含む約18点の作品から構成される予定である。
「展覧会「sleeping beauty」は、把握不能な計算的状態空間と、そこから切り出され可視化されるごくわずかな数的断⽚とのあいだにある、根源的な⾮対称性を扱います。ここで「sleeping beauty」と呼ばれるのは、⽣成されることも、経験されることも、名指されることもないまま眠り続ける、膨⼤な可能状態の総体です。私たちが展⽰空間で出会うのは、その全体のほんの刹那的な断⾯にすぎません。可視性へと⼀時的に引き上げられた、わずかな「⽬覚めた断⽚」だけが現れ、やがて統計的かつ知覚的な忘却のなかへと沈んでいきます。この空間のなかで存在しうるほとんどすべては、永遠に⽣成されず、知覚されず、記録されないままにとどまるのです。
数学的な観点から⾒れば、ここに現れているのは単なるひとつの有限な⽂字列にすぎません。しかしそれは、はるかに巨⼤な状態空間の断⾯として機能しています。そこは、ほとんどすべての要素が名指されることも、計算されることも、⾒られることもない「数の⼤海」です。実数の連続体全体を背景にすれば、⼈間の意識に到達する数の集合は、測度ゼロに等しいほど薄い層にすぎません。この数字列の内部に隠れたパターンが潜んでいるのか、それとも事実上ランダムなのか̶̶そのことを私たちが決定的に知ることはできないのです。
情報理論の観点からすれば、この数列はデータです。それはアルゴリズムによって⽣成可能であり、保存可能であり、原理的には再現可能でもあります。それにもかかわらず、このひとつの数列との出会いは、このスケールで、この空間で、この⾝体を通して⽣起する限り、計算や保存やアーカイブへと完全には還元されません。そこには、時間性と状況性を帯びた経験の次元があり、形式的な記述を超えてなお残り続けるものがあります。
このことは、現代のAIシステムにも通じています。AIは、巨⼤な数値空間と⾼次元の内部表現のなかで作動し、その挙動はパラメータとアルゴリズムによって数学的に定義されています。しかし、そこで⽣起しうる無数の状態のうち、⼈間が実際に触れうるのは、ごく⼀部の⼊⼒と出⼒、そしてそれらが引き起こす情動や判断、決定にすぎません。そうした可能性は、あらかじめ完成されたかたちでそこに蓄えられているのではなく、⼊⼒や⽂脈、計算の過程に応じて、⼀時的に現れては消えていきます。形式的なモデルと、⽣きられた遭遇としての経験とのあいだには、なお埋め尽くされない隔たりが残ります。
この構造は、カントのいう崇⾼――理性が把握しえない過剰に直⾯し、⾃らの有限性を露呈する瞬間――と響き合っています。同時にそれは、リオタールの論じた現代的な崇⾼、すなわち完全な表象の不可能性そのものを前景化することで、表象不可能なものを提⽰しようとする試みにも接続しています。
本展に配された厳格な数的表⾯と最⼩限の視覚的⼿段は、この状態空間を説明するというよりも、その内部における私たち⾃⾝の偶有性を触知可能にします。束の間、いくつかの数字が可読なかたちで⽬覚める。その⼀瞬の可視性によってこそ、眠り続け、⾒られることもなく、私たちの認識と技術の射程を超えてなお広がる圧倒的な残余が、対照として⽴ち現れるのです」(池⽥亮司)
| タイトル | 池⽥亮司 | sleeping beauty |
|---|---|
| 場所 | TARO NASU(東京都港区六本木6-6-9 ピラミデビル4F) |
| 会期 | 5⽉9⽇(⼟)〜6⽉6⽇(⼟) |
| 時間 | 11:00〜19:00 |
| 休み | ⽇・⽉曜日、祝日 |
| 料金 | 無料 |
