写真家が料理を振る舞い、ゲストとのトークを繰り広げる連載第4弾では、写真家の川島小鳥が、花代の食卓に招かれた。お互い写真を発表していく立場として、どのように被写体と関わり、何を誰に委ねていくか―。そこには人生と密接な写真との関係があった。
文=IMA
写真=萬砂圭貴
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築44年の一軒家は、古い建物だからこその細部のしつらえがお気に入り。縁側には点子による書き初めを飾ったり、野菜のへたに水をつけて芽を育てていたり、花代ワールドが広がる。右下の土偶は昨年の個展で、国立競技場の工事で切られた木に棲んでいたセミの供養のため、みんなで作ったという。
写真で関係性を築く真の写真家
花代:小鳥さんは、作品の構成は自分で考えるんですか?
川島:考えますね。自分で途中までやってから、その後デザイナーさんと一緒にやります。撮るのと同じくらい、編集作業も好きなんです。順番決めたり、自分で本を作ったりするのがもともと大好きだったから。
花代:いま私たち、ある計画があって、そのときは小鳥さんの写真は私が編集する!
川島:うそ!?人の写真ならできるんですね(笑)。
花代:人のはできる(笑)。自分のも、絞られていたらできると思う。あの量から1冊にまとめるのができないんです。
川島:でも僕も、お任せでやったこともあります。
花代:この間の『つきのひかり あいのきざし』は、お任せしたと聞きました。
川島:はい、(尾野)真千子さんと一緒に過ごした時間を本当にそのままパックしたので、自分が“編集する”のは違うなと思ったんです。
花代:本当に美しい展覧会でした。真千子さんがこちらに見せる表情に、写真機越しとは思えないくらい裸の正直な姿勢が見えて、異性や友達という観念を超えた、小鳥さんという人の瞬きがとらえることのできる瞬間だと確信しました。
川島:花代さんの好きな被写体は?
花代:私は基本的に恥ずかしくて、点子や家族や友人以外にあんな親密な写真は撮ったことないからなあ。あの写真は真千子さんが心から解放されていて、まるで違う生物を観察しているような目でとらえられているように感じました。
川島:写真でしか、そういう関係性になれないのかもしれないです。
花代:でもそれって、真の写真家だと思う! 私の尊敬する大好きな沢渡朔さんもそうで、彼は人生を写真に捧げてる。小鳥さんも朔さんも女性を自分とは違う美しい物体として撮っていることは同じだけれど、朔さんには女性に対するある種の一方的な見方があって、それに追い詰められることによって生まれる美の瞬間がそこにはある。小鳥さんのまなざしは優しくて存在自体が限りなくニュートラルだから、被写体は動物のように自由に解放される。
川島:二項対立じゃないのかもしれないですね。
花代:私がドイツにいた頃、ヴォルフガング(・ティルマンス)たちと一緒に過ごしていたbassoというコミュニティが自分の居場所で、国籍、セクシャリテイ、思想においてどちらかというと少数派の人たちで構成された共同体だったんだけど、青年期を固定観念にとらわれることなく過ごしてきたことは、いまの自分の糧になっていると思う。小鳥さんと私も自分のあり方に似ている部分があって、だからとっても信頼できるし、安心感があるのだと思う。流石兄弟弟子!
川島:それは嬉しいですね。
きれいな瞬間をその人に見せてあげたい
川島:花代さんは、どういうときにシャッターを切るんですか?
花代:工藤くんが、大阪で一緒にトークショーをしたときに言っていたんだけど、「僕、だいたい撮られるときに気がつくんですけど、花代さんは、まったく気がつかない間に撮っていた。気配が消えているんですよね」って。
川島:いつ気配を消すんですか?
花代:私は消しているつもりはないんだけど、でもあんまり気がつかれたくないかも。一貫して、この人のこのきれいな瞬間を見せてあげたいなって思うときに写真を撮っているかな。自分の思い出なら肉眼で見るのが一番きれいなはずだから、願わくばファインダーを覗きたくないよね。でも私がとどめておかないと、この人は見られないって思うときに撮るのが好きかも。
川島:すごく素敵。「作品を撮るぞ」っていう感じではないのが、消える理由かも。
花代:写真を始めた頃からずっとこの小さな写真機を使っているけれど、最初は人に向けることができなかった。「撮りたいな」と思っても、私がカメラを向けたことでズレが生まれてくる気がして、『ハナヨメ』まではほとんど人が写ってないの。点子が生まれてから、点子はもちろん撮るし、人に向ける勇気が湧いた。勇気というか、図々しさというか。
川島:花代さんは奪う気がまったくない。「素敵だから撮る」っていうのが伝わるんだと思います。『点子』(2016年)を見るといつも胸がいっぱいになります。
2階で飼っている「だんご」は、錦華鳥ではめずらしく人になついている。この日も、川島の頭の上に乗ったりと元気いっぱい。
花代:小鳥さんは、どういうときに撮る?
川島:了解を得てないと撮れないかも。
花代:激写しないタイプ?
川島:ほぼできない。でも『明星』では、ちょっと激写してるかな。カメラは、いつも持ち歩いています。最近はひとつのネガに何カットかある、ふとした瞬間に撮った謎の写真を見直したりしていて。ただ生活の中で撮っていることが面白いと思ったりしています。
花代:フィルム換えのときに、頭の方には光が入っているので、1、2コマ回したりするけど、その無造作のときに、面白い写真が撮れていたりするもんね。あのシリーズで1冊できると思う。小鳥さんは、好んで撮るものってある?
川島:昔は空とか、目線がとっても上にあるものを撮っていたんだけど、最近は目線が平行になっています。現実を受け入れてきたのかな……。
花代:いまは何をやってるの?
川島:3月に熱海で展示をするんです。何でも自分でやるDIY系の展示。「もともとそういうのが大好きだった」って思い返して。熱海の雑居ビルの一室で、すごく面白いスペースなんです。
花代:温泉地で最高。みんなで行こう。私たちの「花と小鳥」プロジェクトも楽しみ。沼田さんの世界が、やっとここで完成する!
川島:確かに!かわいい~
調味料から手をかける、体を慈しむメニュー
自家製の発酵食品や調味料を随所に取り入れ、一晩寝かすことで旨味を引き出す、滋味深い料理たち。
豆のおひたし
岩手県住田町に住む姪っ子たちが、家の庭で育てた豆を、収穫後に手でむいて送ってくれた。それを前の夜から自家製の塩麹などと一緒にガスストーブの上で炊いて浸したもの。だしが染みて、豆の甘さを楽しめる。「ドイツでは、大皿に料理が載っていたので皆で分けてもたくさん食べられたけど、日本に帰ってきて一皿の小ささに驚いた」という花代。ドイツ流に、大きなお皿にたっぷりと盛りつけた。
自家製ぬか漬け
小さいキュウリとカブを一晩ぬか床に漬けた、ぬか漬け。ぬか床は昔から大切にしていて、ちょっとした手みやげとして持って行くことも。届いてから中身がわかる、有機野菜が入った生協の「お楽しみBOX」も利用。切ったカブのヘタは、お皿に入れて水に漬けておき、生えてきた葉っぱはかわいがっている錦華鳥「だんご」のエサにもなる。普通は捨ててしまうヘタや皮も再利用するのが花代流。
ニンニクの柚蒸し
p-houseを運営していたたかちゃん(秋田敬明)から届いた、地元の青森の生ニンニク。畑で収穫した後に、乾燥させていないニンニクは、そのまま生で食べられるくらい新鮮で貴重なもの。庭で採れた柚と一緒にストーブの上でゆっくりコトコト煮ると、ニンニクの香ばしい香りとともに、ホクホクとした甘味が口の中にじんわりと広がる。料理を載せたのは、点子がプレゼントしてくれた大切なお皿。
鶏と旬野菜のポトフ
鶏の胸肉を自家製の塩麹、酵素、豆乳ヨーグルトに一晩漬け、鍋に、カブ、にんじん、タマネギ、新じゃがいも、ネギ、芽キャベツ、赤ネギなどの旬野菜と、庭で採れたハーブや友人からもらった月桂樹と一緒にじっくりと煮込んだポトフ。一晩漬けた鶏肉は、優しい塩味と旨味が染みてとても柔らかく、いろいろな食材から染み出たエキスも栄養満点。具だくさんで心も体も温まる、寒い季節にぴったりの一品。
春菊の胡麻和え
ゆでた春菊にすり胡麻、ハチミツ、醤油で味付けし、最後にザクロを散らした胡麻和え。甘さを足すときも砂糖を使うのではなく、ハチミツを入れるのがポイント。春菊の緑に赤く透き通ったザクロが、視覚的にも愛らしくて美しい。この一軒家の台所が気に入っているのは、ガスコンロの上に小さな窓があるところ。窓からは庭が見え、そこから漏れる光がきれいで、家で料理をする楽しみが増えたという。
カブの梅酢漬け
毎年、梅酢や赤紫蘇酢など、自家製のお酢も作る。カブを薄くスライスして自家製梅酢に浸すと、梅酢の色がカブに染みて、鮮やかな赤色に。ドイツにいた頃は野菜の種類も少なく、気候の違いで塩麹などの発酵食品を作ることも難しかったという。いまは日本の豊富な野菜を旬ごとに味わっている。1年前に渋谷から、生まれ育った実家近くの中野区に引っ越し、自宅で過ごす時間をより大事にするようになった。
トマトとゴーヤの卵炒め
中国から留学中のアシスタントが教えてくれた「トマトのふわふわ卵炒め」に、家で採れて冷凍しておいたゴーヤを入れてアレンジ。トマトを串切りにして、塩と甜菜糖に中国の醤油を加えて揉む。ニンニクと卵を多めの油で炒めて一旦取り出す。今度はトマトをへらでつぶしながら下茹でしたゴーヤと炒め、醤油で味を整える。最後に卵を再び加え、一緒に炒めて完成。気軽に美味しく作れる中華料理の嬉しいメニュー。
豆乳ヨーグルト
豆乳に菌を入れて常温で一晩置いておくと、ヨーグルトに。黒海とカスピ海に挟まれたコーカサス地方のケフィア菌をおすそ分けしてもらってから、毎朝欠かさず食べているという豆乳ヨーグルト。姫林檎を刻んだ上にかけると、砂糖を加えなくても酸味が少なくあっさりと食べられる。自家製の梅酵素をかけて、味のアクセントに。「閻連科先生にもらった」という、くこの実の赤を最後に散らして。
*展示情報などは掲載当時のものです
花代|Hanayo
東京とベルリンを拠点に活躍するアーティスト。写真家、芸妓、ミュージシャン、モデルなど多彩な顔を持つ。自身の日常を幻想的な色彩で切り取る写真やコラージュ、またこうした要素に音楽や立体表現を加えたインスタレーションを発表する。パレ・ド・トーキョーなどでの個展、展覧会多数。写真作品集に『ハナヨメ』(1996)、『MAGMA』(2004)、『ベルリン』(2013)、『点子』(2016)、音楽アルバムに『Gift / 献上』『wooden veil』などがある。
川島小鳥|Kotori Kawashima
1980年生まれ。早稲田大学第一文学部仏文科卒業後、沼田元氣に師事。第42回講談社出版文化賞写真賞 、第40回木村伊兵衛写真賞を受賞。写真集に『BABY BABY』(2007)、『未来ちゃん』(2011)、『明星』(2014)、谷川俊太郎との共著『おやすみ神たち』(2014)、『ファーストアルバム』(2016)、『20歳の頃』(2016)、『道』(2017)、台南ガイドブック 『愛の台南』(2017)、『つきのひかり あいのきざし』(2018)がある。
2021年3月以前の価格表記は税抜き表示のものがあります。予めご了承ください。