PHOTOGRAPHERS’ FILE

連載 シャーロット・コットンのフォトグラファー最前線
FILE 01. マックス・ピンカーズ
(IMA 2013 Autumn Vol.5より転載)

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連載 シャーロット・コットンのフォトグラファー最前線 FILE 01. マックス・ピンカース | Supplementing the Pause with a Distraction

Supplementing the Pause with a Distraction

演出とドキュメントの間にある物語のような真実に観る者を誘い込む

今号から始まる新連載では、想像力に富む独自の方法で現代写真に新たな一石を投じる写真家を、毎回一人ずつ紹介していきます。第1回目では、審査員として招待されたパリのルヴァロワ写真賞で、私たち全員を魅了した若いベルギー人写真家、マックス・ピンカースを取り上げたいと思います。

彼がムンバイで制作した「TheFourth Wall」は、夢の中に迷い込んだような強烈な印象を残すシリーズです。私がこの作品に惹かれる理由のひとつは、彼の写真が作りだす空想世界に観る人がすっと入り込めるよう、意識的に演出が施されているところです。ムンバイのストリートや朽ちた建物内で、見事なライティングと舞台設定が施された物語を作り上げるピンカースの写真は、様式において、フィリップ=ロルカ・ディコルシアが1990年代初頭のロサンゼルスで撮影した「Hustlers」シリーズの系譜にあると言ってもよいでしょう。ディコルシアの手法は、当時もとても革新的でしたし、いまでもアートの文脈におけるドキュメンタリー写真のあり方を問い続けています。

ピンカースは、ゲントのベルギー王立美術アカデミーで、主にドキュメンタリー写真の教育を受けました。しかし、ディコルシアがそうしたように、彼は写真という記録手段が、実は公平でも中立でもないという事実にユニークな方法で向き合います。ディコルシアは、サンタモニカ大通り周辺で照明や大判カメラを準備し、キャスティングした男娼を主人公にした甘美で力強い物語をいくつも作り上げました。作品のタイトルには、被写体の名前や年齢などの基本情報と、ディコルシアがその男娼に支払ったモデル料が記されています。「Hustlers」が大きな影響力を持った要因として、写真家は社会を観察し反応すべきだという、ドキュメンタリー写真における不文律を一見守りながらも、撮影のコンセプトを事前に練り上げることで物語を演出した、その周到な戦略が挙げられるでしょう。

When Pivoting Performers Have A Passive Role

Common Visual Axis

I Can No Longer Sleep


ピンカースは、「The Fourth Wall」において、私たちをムンバイ文化の神髄へと招待します。苦境にあえぐ街を撮影する際に写真家たちは、概してその社会・経済状況を象徴する特定の人々―セックスワーカーや児童労働者など―に視線を向けがちです。ところがピンカースは、それとは全く異なる方法論でこの街に向き合ったのです。彼の写真は、被写体となる人々に寄り添いながら、彼らがいかに独創的な方法で困難な現実を生き抜き、そしてそこから抜け出していくのかを描きだします。大学院卒業を目前に控えたピンカースは、照明やリサーチのアシスタントとして、ヴィクトリア・ゴンザレス=フィギュエラスを引き連れインドに向かいます。当初3カ月の滞在を予定していたものの、一度帰国し、卒業作品を完成させるためにインドへ舞い戻り、さらにもう2カ月滞在しています。

もともとピンカースがムンバイを訪れたのは、ヒンズー語映画産業(ボリウッド)とそれが生みだす物語が、インドの都市に住む人々の生活にどれほど浸透しているのかをテーマにした作品制作を計画していたためでした。インドを旅行する多くの西洋人がムンバイで経験することですが、数年前にピンカースもボリウッド映画のエキストラとしてスカウトされ、日雇いバイトをしたことがきっかけでした。そのとき彼は、「ボリウッドが(インドの)文化を強く定義する存在になっている」ことに気付いたのです。写真集『The Fourth Wall』(写真集を第一の発表手段として考えていました)に掲載されたほとんどの写真は、ムンバイ滞在の後期2カ月間に撮影されたもので、最初の3カ月に撮影されたボリウッドの映画セットや俳優たちの写真は、編集によりほぼすべてカットされました。実際の暮らしや経験が作りだす魔術的ともいえる非現実性、見過ごされがちな奇跡やドラマを語るために、「The Fourth Wall」は映画と現実のとても繊細な境界線上にあるとピンカースは語ります。

Imperial Palace

Tunnel

Installation view, The Fourth Wall, GRADUATION, School of Arts, Ghent, 2012


ピンカースが「The Fourth Wall」で発揮した知性は、発表方法からも見ることができます。写真集は新聞などに使用される薄紙が使われ、それは近年の写真集文化におけるローファイな価値を体現すると同時に、ピンカースの主題でもあるボリウッドの性質をどこか連想させます。「僕にとって、この作品を見てもらう最良の方法が写真集です。現在、写真集は写真にとって最も民主主義的な発表方法であり、写真は本質的にそうあるべきなのです」とピンカース。

ギャラリーでの展示では、いくつかの写真を、独立した大きなライトボックスで額装しています。ライトボックスの特性と存在感を最大限に活かしたインスタレーションの中で、写し出された風景から実際に光が洩れだし、私たちはムンバイという極めて映画的な舞台に誘いだされ、その一部となるのです。

マックス・ピンカーズ|Max Pinckers
BIRTH YEAR: 1988年/PLACE: ブルュッセル(ベルギー)/EDUCATION: ベルギー王立美術アカデミー/AWARD: ルヴァロワ写真賞(2013年)
http://www.maxpinckers.be