カメラを持った犬たちの邂逅

写真家の言葉 ジョセフ・クーデルカ×森山大道
(IMA 2013 Winter vol.6より転載)

23 December 2020

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森山大道×ジョセフ・クーデルカ対談~同い年の2人はカメラを持った2匹の犬? | カメラを持った犬たちの邂逅

2013年11月、ジョセル・クーデルカの回顧展「ジョセフ・クーデルカ展」が東京国立近代美術館にて開催された。この展覧会に合わせて来日したクーデルカと森山大道の対談がIMA誌面で実現。奇しくも同じ1968年に、二人の写真家はその後の人生を左右する作品を結実させた。クーデルカはワルシャワ条約機構軍のプラハ侵攻を撮影し、森山は初の写真集『にっぽん劇場写真帖』を上梓したのである。それから月日が経ち、巨匠と呼ばれるようになったいまも、二人は現場でシャッターを切り続ける。伝説の写真家による貴重な対話をここに再録する。

湯澤和彦=構成
野村佐紀子=写真

「ダイドー、二匹の犬の出会いだ」

挨拶もそこそこに、ジョセフ・クーデルカは愉快そうにいい放った。クーデルカと森山大道、確かに二人とも犬の写真が有名だが、あまりの唐突さに森山は苦笑いを浮かべるばかり。かと思えば、自分の方が数カ月年上だとわかるや「ダイドー、私のためにタバコを買ってきてくれよ」。ジョークがかなり空回りしている。どうやらクーデルカさん、いささか緊張気味?「じゃあ、一緒に一服しようか」と返した森山に「いや、私はタバコは吸わないんです」とあわてて弁解するクーデルカ。でもその瞬間、硬かった場の空気がふっと和んだ。もしかするとすべては、長年たった独りで世界と対峙してきた写真家ならではのウォームアップだったのかもしれない。

現在、東京国立近代美術館で開催されているレトロスペクティヴのために来日したジョセフ・クーデルカは、75歳になるいまも現役であるばかりか、世界から注目を集めている写真家だ。彼の十八番であるパノラマ写真は他の追随を許さない。そんな巨匠の対談相手は、この人しかいないだろう。同じ1938年生まれで、いまも毎日カメラを手に街を歩き、やはり常に世界から熱い視線を注がれている写真家・森山大道。いくつもの共通点のある二人だが、対談をするのは今回が初めてだという。

クーデルカは、森山大道個人写真誌『記録』の最新号を熱心に見ていた。

クーデルカは、森山大道個人写真誌『記録』の最新号を熱心に見ていた。


ジョセフ・クーデルカ(以下、クーデルカ):かつてアンリ・カルティエ=ブレッソンがよくいってたんですよ、「ダンスホールに行ったらダンスをしよう」ってね。だから、ここでは私とダンスをお願いします。私もダンスの仕方はよく知らないけれど。

森山大道(以下、森山):こちらこそよろしく。

クーデルカ:サンキュー。

森山:あなたの写真をこれだけまとめて見たのは今回が初めてだけど、とても素晴らしかった。僕が驚いたのは、最初期の頃からパノラマに取り組んでいたこと。1958年かな、あんなに早くからやっていたんですね。

クーデルカ:正直なところ、私も驚いたんです。私の写真がパノラマで始まって、現在またパノラマに帰結しているということは、今回の展示をまとめてみて、初めて気づいたんですよ。そんなこと、全く意識していなかった。58年当時は、ローライフレックスの6×6で撮った写真の上下を切ってパノラマにしていた。パノラマカメラを使って撮るようになったのは80年代半ばからです。

森山:僕が知る限り、パノラマで撮った写真にはあまりいい写真がないんだけど、あなたのパノラマはお世辞ではなく、ホントに良い。強さがあるし、何より構図がとても素晴らしい。

クーデルカ:ダイドーにそういってもらえると、とてもうれしい。確かにパノラマで良い写真を撮るのはとても難しいんです。使っている人は多いけど、強い写真を撮っている人は少ないように思う。

森山:僕も昔、自分の写真の上下を切ってパノラマにしてみたことがあるんだけれど、自分で誤魔化しが見えてしまってダメだった。でもあなたのパノラマ写真を見ていると、ある確信を持ってパノラマに取り組んでいるだろうことがとてもよくわかる。パノラマで撮るとフラットな写真になりがちなんだけれど、あなたの場合は写されたモノが見事に立ち上がって迫ってくる。こういうパノラマはなかなか見られない。

© Josef Koudelka / Magnum Photos ジョセフ・クーデルカ「エグザイルズ」より オー=ド=セーヌ、フランス(1987年)

© Daido Moriyama 森山大道「三沢の犬」(1971)森山の代表作ともいえる記念碑的写真作品。


相似点と相違点 

クーデルカ:ダイドーにひとつ質問したいんだけどいいかな。

森山:どうぞ。

クーデルカ:私とダイドーは同い年なわけだけれど、二人の写真に似たものは感じますか?また違いを感じるとすれば何ですか?

森山:いきなり本質的で難しい質問だな(苦笑)。今回展示を見て感じたのは、世界へのアプローチの仕方は違うけれど、結果、写真として捉えているものは比較的近しいような気が、僕はしています。

クーデルカ:では相違点はどんなところだと思いますか?

森山:僕はテーマを作らずに写真を撮っているけれど、あなたはある程度テーマを持って写真を撮っている印象がある。そこの違いはあるんだろうと思う。

クーデルカ:でも私も、必ずしも初めからテーマありきで撮っているわけではないんですよ。私は視覚的に訴えかけてくるものには何にでも興味を惹かれるので、そういうものを撮っていくうちに、次第に共通したテーマが見えてくることの方が多い。

森山:なるほど。その視覚的な興味の持ちかたというのが、さっき僕がいった近しさに通じるニュアンスだと思います。

クーデルカ:私にはダイドーと私の違いについて、考えていることがひとつあるんです。ダイドーはどこで生まれ育ったのですか?

森山:大阪です。

クーデルカ:日本のビッグシティのひとつですね。私は、チェコの片田舎の小さな村で生まれたんです。村民が400人くらいのほんの小さな村でした。それにご存じの通り、当時のチェコはソビエトの影響下の全体主義社会でしたから、旅行する自由さえほとんどなかったんです。ですからその村を出てチェコを離れ、自由に旅行ができる身になったときには、できるだけいろいろなところに行きたいと痛切に感じました。そしてその場所にいられる幸運を最大限に享受して、写真を撮ろうと。

森山:とてもよくわかります。

クーデルカ:そして私はチェコを離れた後、16年間、定住することなく、ボヘミアンのような生活を送ったんです。写真界とも距離を置いていたし、あまり人と交わることもなく孤立した生活を送りつつ、写真を撮っていった。つまり、対象とある距離を置いて撮影することで、自分の写真に批評性を持ち込まないようにしたわけです。

その点ダイドーさんは、都会の中でさまざまな人と交わりながら写真を撮ってきたのではないかと思う。作品をすべて見ているわけではないので的外れかもしれませんが、私の写真よりも、もう少し批評性があるように感じました。

森山:批評性ということでいうと、僕の写真には社会に対する批評性のようなものはないんです。ただ、生まれつき持っている外界に対する敵意のようなものが僕の中には確かに存在していて、あなたはそこに感応したんじゃないかな。

クーデルカ:そうです、その通り。私も社会的な批評性という意味でいったのではありません。私もあなたも写真を撮っているわけで、すべてがそうだといっているわけでもありません。

森山:そういうさまざまな違いがある中で、というか、すべての人はほとんどみんな違う要素で成り立っているわけですけれど、視覚的な興味のあり方に僕はあなたとのある共通性を感じたわけです。なぜなら、あなたの写真にとても共感できたから。

© Josef Koudelka / Magnum Photos

© Josef Koudelka / Magnum Photos ジョセフ・クーデルカ「カオス」より ノール=パ=ド=カレー、フランス(1986年)/ウェールズ、イギリス(1997年)/ウェールズ、イギリス(1997年) 近年、ずっと撮り続けているパノラマの三幅対作品。


撮ることと見せること

森山:では、今度は僕の方から質問をひとつ。写真家の役割には大きく分けて、写真を撮ることと写真を見せることという二つの要素があると思う。その二つの要素について、どう考えていますか?

クーデルカ:私にとって写真を見せるということは、ほとんど意味を持っていませんでした。多分ダイドーさんもそうだと思うけれど、どんな写真家にとっても「自分のために写真を撮る」が最初にあるんじゃないでしょうか。私は40年間マグナムに在籍していますが、一度としてメディアや広告のために写真を撮ったことはありません。私は40年間、自分のために写真を撮り続けてきたんです。

1975年に最初の写真集である『ジプシーズ』が出たとき、いまもはっきりと憶えているんですが、私はまるで身売りでもしたかのような、嫌な気分になったものです。なぜなら、それまで私の写真というのは、私が見せたいと思った人や私の友だちにしか見られなかったからなんですよ。それが、お金を持っていれば誰でも、私の写真を見ることができるようになってしまった。もちろんいまは違う考え方をしていますが、当時はそのことに非常に違和感を感じたんです。

森山:ナイーヴだったんですね。ちょっと紋切り型の表現になってしまうけれど、写真を撮るという行為は、まず自己認識をし、そこから世界を認識し、再び自己認識に帰るというサイクルだと思う。でも僕の場合は、いくら個人的な理由によって撮っているとはいっても、人に見てもらうという前提がある。写真は印刷されることによって新たな命を吹き込まれると考えていますから。

クーデルカ:いまならダイドーさんのいうことも理解できます。私は最近、イスラエルとパレスチナについての写真集『WALL』を出版したばかりなんですが、あるイスラエルの詩人に見せたら、「この写真集は、我々が今まで見たことのないものを捉えているから、とても重要だよ」といってくれたんです。もちろん私自身も、この写真集がさまざまな形で多くの人に見られるようになればうれしいと思っています。

森山:「見えないものを写す」というのは、写真が本来持っているポテンシャルだと思うんです。ただ、そのポテンシャルを生かせるかどうかは、まったく別の問題ですね。

クーデルカ:そうですね。そして、この写真集が政治的な理解からではなく、人間と土地の関わり合いを捉えた写真集として人々に受け入れられつつあることも、とてもうれしく感じています。

森山:それは重要なことだと僕も思う。そのことは『WALL』に限らず、あなたの写真すべてに対していえることなんじゃないかな。

クーデルカ:以前『The Concerned Photographer(時代の目撃者 ― コンサーンド・フォトグラファー)』で知られるマグナムのコーネル・キャパと話したときに、私はジプシーの写真を撮っているけれど、彼らに何もしてあげられていないという話をしたんです。そうしたらコーネルは、「いや、君は写真を撮ることで、ジプシーの存在を認めているじゃないか。そのことはジプシーにとって大きな意味があると思う」といってくれました。確かに当時のジプシーは、その存在さえ無視されるような状況でしたからね。

私にとってはジプシーもパレスチナの人もイスラエルの人も、善いところも悪いところも持っている人間です。私はそういう人間そのものを撮りたいんです。

森山:コーネル・キャパのいう通りだと僕も思う。そして、とてもうらやましい。なぜなら、写真家にとって「何と出会うか」はとても大きな問題だから。あなたは写真家として素晴らしい出会いをしているし、それをしっかり受け止めていると思う。

© Daido Moriyama

© Daido Moriyama 写真集『モノクローム』(月曜社)より。 60年代からずっと撮り続けて来た新宿の風景。


変化に対する姿勢について

森山:僕の日常は、デジタルカメラをポケットに入れて、ふらっと街に出て写真を撮るという生活なんですが、あなたは普段、どんな生活をしているんですか?

クーデルカ:この1カ月を説明すると、3週間前までルーマニアにいて、それからパリに戻り、すぐにテキサスへ行って、テキサスから日本に来ました。生活や仕事の拠点はプラハとパリの2カ所ですが、先ほどもいったように、なるべく旅をしていたいという気持ちに変わりはありませんね。

森山:それはかなり忙しいですね。プリントは自分で?

クーデルカ:いえ、プリントはラボに任せています。チェコにいた頃は自分でやっていましたが。実はジプシーの写真は、映画用のフィルムを使って撮影したんです。映画用のフィルムは現像やプリントが難しい上に、時間もかかって。

森山:ああ、それはよくわかる。僕も若い頃、お金がなくて、友だちから映画のフィルムをもらって撮影したことがあるんだけど、映画のフィルムは感度が低いから、時間も手間もかかって大変なんだ。

クーデルカ:それ以来懲りたというのが正直なところです(笑)。

森山:じゃあ、意外に早くからギブアップしたんだね。

クーデルカ:パリに移って数年した頃、あるラボが無償でやってくれると申し出てくれたので、それからはもうずっとそこに任せているんです。とにかく世界を見て回りたかった私にとっては、とてもありがたい申し出でした。

森山:当時のあなたは、野に放たれたばかりの犬だったわけだ。

クーデルカ:そうですね。私が写真を撮り始めたのは大学生のときで、今回のレトロスペクティヴの最初のセクションに展示しているのが、その当時に自分で焼いたプリントです。その後、大学を卒業した私は航空技師になり、6、7年ほど働いたんですが、だんだん航空技師として自分ができることとできないことが見えてきて、それ以上続けたいという気持ちがなくなってしまったんです。

ただ、当時のチェコでは職業を変えることが非常に難しかった。学費を政府に出してもらっていましたから。ですが、私はジプシーの写真を撮り始めていて、幸運にも芸術家組合に参加することができたので、航空技師を辞めて写真に集中できるようになったんです。

これが私が写真家になるまでのいきさつですが、日本ではチェコのようなことはないんでしょうね。

森山:そうですね。環境は大きく違ったでしょうね。

クーデルカ:前置きが長くなってしまいましたが、私は写真家としても、これまでに何度かスタイルを変えてきています。その理由は職業を変えたことと同じで、ある状態で停滞してしまうのが嫌だったからなんです。若い頃、良い写真を撮っていた写真家の多くも、40歳以降は代わり映えしない写真を撮るようになってしまう人が多いじゃないですか。

写真家というのは、技術が変わったときにそのスタイルも変わるものだと思うんです。つまり、新しい技術に挑戦するときにスタイルが変わる。私の場合は最初、25ミリのワイドレンズで撮影していました。25ミリでポートレイトを撮ろうとすると、相当、被写体に寄る必要があった。そうやってジプシーの写真は撮ったんです。でもそれを数年続けた頃、何となく25ミリレンズでの撮り方がわかった気がしてきて、何か新しいことを始めたくなった。それでライカを使い始めたんです。『エグザイルズ』のシリーズは、ほとんどライカの35ミリで撮ったものです。

その後、80年代になって、パノラマカメラに出会ったんです。私はそれまでもずっと風景写真を撮りたいと思っていたんですが、それにふさわしいと思える道具がなかった。でもパノラマカメラと出会ったことでやっと、風景を撮れるようになったんです。それがほぼ30年前ですが、いまだに使っています。ただやはり、このままでいいとは思っていません。

森山:しぶといねぇ。

クーデルカ:これから先にまだ、私にできることがあるんじゃないかと思っています。だから75歳になってデジタルカメラと出会って、私はいま、すごくワクワクしているんです。まさに、「デジタル革命万歳!」です(笑)。

森山:僕もいまはデジタルカメラを使っています。デジタルは新しい表現のドアを開いてくれるよね。

クーデルカ:私もそう思います。例えば昔、画家たちが作品制作に写真を使い始めた時期があって、あのとき私はとてもがっかりしたんです。デイヴィッド・ホックニーを除いて、写真をうまく生かせた画家がいなかったから。でも当時、もしもデジタルカメラがあったなら、もっと違う使い道があったかもしれない。

森山:そうですね。ただ写真と絵画ということでは、アンディ・ウォーホルを抜きにはできない。あなたがいっている意味からは離れてしまうかもしれないけれど。

クーデルカ:確かに、おっしゃる通りです。しかし、今日はダイドーと会えたうれしさで、つい自分のことばかり話してしまった。

森山:いや、とても興味深い話でしたよ。先ほどいっていた、これから先にやれることというのは、すでに何か見えているんですか?

クーデルカ:見えているわけではありません。でも、こちらがオープンな姿勢でいれば、自然と向こうからやってくるものなのではないでしょうか。その点では、デジタルカメラが何かのきっかけになればいいと思っています。

森山:まったく同意見です。僕もたまに次に何をやろうかと考えたりするんですが、それはダメですね。向こうからやってくる、それが実感だと思います。

クーデルカ:同い歳の犬同士として、お互い、これからも闘っていきましょう(笑)。

写真家の言葉 ジョセフ・クーデルカ×森山大道 カメラを持った犬たちの邂逅

森山大道|Daido Moriyama
1938年大阪生まれ。67年に日本写真批評家協会新人賞受賞。国内はもちろん海外での評価が高く、ニューヨーク・メトロポリタン美術館、テートモダンなどで展覧会が多数開催されている。写真集、写真展、著作、受賞歴多数。
http://www.moriyamadaido.com/

ジョセフ・クーデルカ|Josef Koudelka
1938年チェコスロヴァキア、モラビア生まれ。61年プラハ工科大学卒業。68年「プラハ侵攻」を撮影し、匿名で西側に配信。70年にイギリス移住。71年「マグナム」加入(74年正会員)。80年渡仏。『ジプシーズ』(75年)、『エグザイルズ』(88年)など写真集、展覧会多数。ナダール賞ほか受賞歴多数。