私物の写真集から選書してもらい、その魅力について話を聞く連載企画「My Favorite Photobooks」。第7回のゲストは、植本一子。2003年に写真新世紀優秀賞(荒木経惟選)を受賞。2018年に57歳で逝去した夫ECDと二人の娘との日々をまとめた写真集『うれしい生活』を出版したほか、包み隠さず家族との生活を綴った『かなわない』『台風一過』などのエッセイでも知られる。写真家としては、自身の「天然スタジオ」や雑誌、ミュージシャンの宣材写真など活躍は多岐にわたる。約20年にわたって長く大切に想ってきたという3冊の写真集は、写真作家としての一面と、天然スタジオでの活動、さらに鑑賞者としても写真を楽しむ植本のそれぞれの面を象徴している。
文=村上由鶴
写真=趙慧美
テーマ:自分をかたち作る写真集
植本が特に写真集をよく見ていたのは、高校や専門学校に通っていた時だという。今回紹介してくれたのは、いずれもその頃に出会った写真集で、「ここまで自分の中でピンと来る写真はすごく少ない」と話す。「小説よりもノンフィクション、映画よりもドキュメントを見る傾向があります。リアルに近いものが好きなのかな」と打ち明けてくれたように、その好みは写真集のセレクトにも反映されていた。高橋ジュンコの『スクールデイズ』は、高橋が高校の教員として教え子との日々を撮影した作品集。鈴木理策の桜のシリーズ「SAKURA 吉野桜」で構成された写真集『SUZUKI RISAKU: hysteric eight』、そして、スタイリストの伊賀大介がスタイリングした男性をモノクロで真っ直ぐにとらえたMOTOKOによる『First Time』。いずれも写真というフィクションでありながら被写体の本物らしさに肉迫した作品だ。
1冊目は、写真家としての植本の作家性に深く関わる、高橋ジュンコ『スクールデイズ』だ。植本は、2003年に写真新世紀で荒木経惟より優秀賞を授賞。地元・広島での高校時代という限られた青春時代を写真に収めたものだった。植本は、それらの作品へ至る過程で1998年に発売されたこの『スクールデイズ』を見て影響を受けたという。「高校生の貴重な生活を内側から撮ることなら、自分でもできるんじゃないかなとを思いました」。当時は手当たり次第にアサヒカメラなどのカメラ雑誌を読んだりもしたが、それでは漠然としていて自分のものにできないのではと感じていたという。そんな折に、高校時代という時間の貴重さを感じさせる本作が「ピンときた」。「なかなか忙しくて見るタイミングはないけど、実はもう1冊持っています。古本屋さんで安く売っていると救ってしまうんです。手元に持っておいて、写真好きの人にあげようかなと思って」。いま見ると、高校生の制服の着こなし方や髪型、眉毛の細さに、90年代らしさを感じる1冊。また、植本の写真新世紀受賞作と合わせて見ると、高橋が教員として撮影した本作と、現役の高校生として撮影した植本の作品との違いが際立って見えるだろう。
タイトル | 『スクールデイズ』 |
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出版社 | 新潮社 |
発行年 | 1998年 |
仕様 | ソフトカバー |
「ずっと忘れられなくて」と、最近購入したという鈴木理策の『SUZUKI RISAKU: hysteric eight』は、奈良県・吉野山の桜の写真のみで構成された作品集だ。風の中に揺れ動く桜を浅い被写界深度でとらえた清々しい写真が淡々と続く。ピントの合う面とぼやける面の重なりは、満開の桜の木の下で花の隙間から空を見上げる時間と経験を思い出させてくれる。「自分が撮る写真とは全然違うけど、モノとして好きです」。物語や社会性から離れ、桜を見るという経験を連続する写真群で伝える本作について植本は、ヒーリング音楽のようであり、ずっと大好きで聴き続けるアルバムのようだと話す。勉強のためにたくさんの写真集を読んでいた頃に出会って以来、心に残っていた本書は、勉強のためではなくリラックスのために手元に置いているという。植本が「青がきれい」と繰り返しつぶやきながらページをめくる様子が印象的だった。
タイトル | 『SUZUKI RISAKU:hysteric Eight』 |
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出版社 | ヒステリックグラマー |
発行年 | 2003年 |
仕様 | ハードカバー |
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3冊目の『First Time』は、スタイリスト・伊賀大介がスタイリングした男性136人をMOTOKOが撮影したポートレイトの写真集だ。「ポートレイトってこうあるべきというカメラ雑誌的な考え方からすごく遠くて、なんでもないけどかっこいい瞬間を撮っている気がして」。現在ではよく知られている俳優やアーティスト、お笑い芸人などもモデルとして参加しており、若い彼らの姿を見ることができる意味でも貴重だ。雑誌などのグラビアのようにこちら側に微笑みかけている写真は無く、素朴な瞬間がとらえられているが、不思議と力強い魅力を感じる。「私もいいところを撮ろうと思って写真を撮っているけど、その人のいいところがニコニコの笑顔とは限らないですよね。この本は、なんでもない顔も素敵に見える。こういう風に撮ってもいいんだ、ということを教えてくれたような気がします」。シンプルな白バックのポートレイト写真は、なるべくありのままに近いものが好きだと語る植本の「天然スタジオ」の活動にも通じているようだ。
タイトル | 『First time―伊賀大介・MOTOKO』 |
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出版社 | ソニーマガジンズ |
発行年 | 2003年 |
仕様 | ソフトカバー |
植本一子|Ichiko Uemoto
1984年、広島県生まれ。2003年にキヤノン写真新世紀で荒木経惟氏より優秀賞を受賞し、写真家としてのキャリアをスタートさせる。2013年より下北沢に自然光を使った写真館「天然スタジオ」を立ち上げ、家庭の記念撮影をライフワークとしている。広告、雑誌、CDジャケット、PV等幅広く活躍中。写真集に、「うれしい生活」(河出書房新社)。著書に、「かなわない」(タバブックス)、「台風一過」(河出書房新社)などがある。
2021年3月以前の価格表記は税抜き表示のものがあります。予めご了承ください。