2021年のいまなおコロナ禍の収束が見えない中、写真映像に特化した美術館Jeu de Paumeがフランスの文化庁とダックを組み、今年の3月からJeu de Paume Labを発足した。ここではInstagramをプラットフォームに、現在の私たちが最も目の当たりにしている問題「Distance」をテーマに、写真映像作品を紹介する企画が打ち出されている。毎月キュレーターが一人選出され、キュレーターの趣旨に基づいたフランスで活躍する4人の作家の作品を週ごとに紹介する試みだ。
3月は、Jeu de Paume所属のキュレーター、ピア・ビューイングとマルタ・ポンサが「Abris temporaires(一時的な避難所)」というテーマを掲げ、トマ・ジョリオン、グレゴワー・エロイ、マルゴ・バルザック=ロドリゲス、レミ・ゲランの4人がこの問いに返答した。行動や人との関係性を制限される新たなパラダイムの中に組み込まれ、見えない未来の前で毎日を過ごしている。予測がつかない状況の中で、作家たちは非日常的な日常を観察しながら作品を通し、自分のビジョンを提示する。
トマ・ジョリオンは、過去に制作した自らの作品を見直し、この閉塞的な日常を「Les voyages immobiles(動かない旅行)」として解釈する。昨年のロックダウン中、家に閉じ込められた私たちは、外との繋がりを求めたが、外界と唯一繋がっている場所は窓だった。現実的ではない状況にいきなり放り込まれた私たちの心理状況を、架空の場所ともいえない不思議な部屋や塞がった窓のイメージが象徴しているといっても過言ではないだろう。
グレゴワー・エロイは、ロックダウンすることのできない人たちに会いに行った。そこはアルプス山脈の真只中に位置し、移民が通り過ぎていく場所だった。厳しい自然の中で行き来する移民とその人たちを助けるボランティアと世界の医療団を、吹雪く山の中で撮影を続けたという。
マルゴ・バルザック=ロドリゲスは、2020年3月レバノンの首都ベイルートに住む大叔母を訪ねに旅立つ予定だったが、ロックダウンによって旅行は延期になってしまった。フランスの南西部で約2カ月もの隔離生活を余儀なくされ、非日常となった自らの生活を撮影し続けた。2018年に過ごしたレバノンで撮影した作品とのつながりを持たせるために、ミディアムフォーマットで統一。
レミ・ゲランは2019年6月より、北フランスの沿岸部を中心に調査をしながら撮影を続けている。現在はカレ市のある特定の2箇所の地区について撮影を行う。ひとつは海に面した地域、もうひとつは街の工業地帯、商業住居地域。両方ともこのパンデミックによって影響を受けている。ロックダウンや夜間外出制限により大きな打撃を受けた地域を中心に昨年3月から約1年をかけて撮影を行った。
4月は美術批評家であり、キュレーター、編集者でもあるラファエル・ブリュネルが担当。ブリュネルは、「I’m alive(私は生きている)」というとても短くて潔いメッセージの電報を40年間打ち続けた河原温の作品をヒントに、このコロナ禍で起こっているイメージ表現における現象を読み解く。生きているという証が、地球上を網羅する電話線のコミュニケーションシステムによって、作家自身の肉体、メッセージを受け取るオペレーターのジェスチャー、メッセージを受け取る読み手を離れた場所でつなげている。現代においてインターネットを駆使し、イメージを発表するパフォーマンスの前衛とも言える作品群だ。2020年はパンデミックによって公共の発表スペースを失った結果、インターネットの普及によりソーシャルメディアが、美術館やアートセンター、劇場と同等に、パブリックスペースとして見なされ始めた。しかしながら、観客は私的な居住空間で、他の観客の存在なしに作品を鑑賞するという、客観的にとらえると不思議な状況に置かれている。この新しい公共スペースは、どこからがどこまでが外の世界で、個人の空間となるのか、境界線は曖昧である。ブリュネルはこの「ぼやけた境界線」の定義に着目し、4人の作家を選出した。
ギヨーム・コンスタンタンは、今回、2008年から制作する「Everyday Ghosts」シリーズを公開。私たちの生活に見られる、掴みどころのない亡霊のようでもあり、どこかポエティックにも見える立体的なフォームを気の赴くままに切り取り、自らのインスタアカウントにアップする。次から次へとアップされる画像によってひとつのイメージはすぐに消費されていく。時にはウイルスのように広まり、ときには幽霊のようにすぐ消える。コンスタンタンは、出ては消えていくイメージが、SNS上で、どのように浮上し続けられるのかを考察している。
ミモザ・エシャーは1986年生まれ。植物、生物学によって育まれた感性は、サイエンスフィクション、ポップカルチャーにも大きく影響を受ける。作品を制作するにあたり、有機物の変化する性質、時間と共に変貌していく過程にポイントを置く。ハイブリッドエコシステムから生まれるものにインスパイアーされ、例えば自然物と人工物、人間と人間以外の人間、また個人と集団が重なり合って構築される要素に着目する。異質のもの同士が混ざり、生み出された作品は、何とも言えない不思議なビジョンを創造している。
セバスチャン・レミの作品は、他人とのコラボレーション自由に取り入れつつ持ち前の器用さを生かし、インタラクティブな部分がうまく組み合わされている。最初にまず、自分で決めた被写体に基づいてリサーチを行う。ひきこもり、多様化するアイデンティー、空っぽになった美術館など、いまの社会状況と強くこだまする題材を選んでいる。文学やテキスト、美術や映画、ネットに常在するデータから題材を汲み出し、異なった種類やカテゴリーの主題を混ぜ合わせ、複数の声を持ったストーリーを形成する。今回は3Dモデルソフトを使用することで、実際には存在することのない架空の空間を作り上げた。要素としては、作家のアパートに実在する机やベッド、テレビなどの個人の所有物と、実在するとある展覧会会場、つまり公共の場所のエレメントが重なり合い、私的空間と外の世界との境が不透明になり、どこであるかわからない、謎めいた空間に導かれる。
大学で学んだ社会学を軸にイメージを作るモナ・ヴァリションは、インターネット上に常在するデータや個人がアップした映像や、SNS上にあるイメージを使用し、ひとつの出来事を自らが解釈し、まとめることで作品を作る。ヴァリションはInstagramのハッシュタグ機能で埋もれているイメージを見つけ出し、表面に出ない関係性をあぶり出す。有名な黄色いチョッキのデモ行進と、フランスのラップグループPNLが行ったバスでのアルバム発売記念イベントで通過した場所が偶然に一致していることを発見するなど、つながっていないと思われる出来事がどこかのポイントで交わり、接点を持ち合わせていることを提示する。
コロナ禍における写真の表現方法を模索し、現代社会のあり方に呼応するような多様なテーマで挑む、Instagram上の実験室。毎月趣向が凝らされた作品群と出会えるのでぜひチェックしてみよう。
文=糟谷恭子
タイトル | 「Jeu de Paume Lab」 |
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