Interview
Yoshihiko Ueda

上田義彦インタヴュー
赤い林檎との親密な残像を求めて

AREA

東京

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上田義彦

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これまで、人物、花、家族、標本、屋久島の原生林など、幅広い被写体を膨大に撮影してきた上田義彦。2015年には、35年間の写真家活動の集大成として、仕事と作品を写真集『A Life with Camera』という形で、その世界観をひとつにまとめあげたのも記憶に新しい。一貫して、世界に向かって真摯に対峙しながら、被写体のまとう目には見えない気配や、被写体を取り巻く全体性を印画紙に写し取ろうと試みてきたが、彼が今回心奪われたのは、北関東の村で出会った素朴な林檎の木だった。

インタヴュー・構成=小林英治
写真=高橋宗正

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林檎の木 6(部分)2017 © Yoshihiko Ueda, Courtesy of Tomio Koyama Gallery

記憶を頼りに歩いて探した林檎の木

―今回の作品「林檎の木」は、2013年に群馬県川場村で開催された「川場町ネイチャーフォトフェスティバル」に審査員として訪れたことがきっかけということですね。

はい。川場村の駅からタクシーで会場に向かう途中、ぼんやりと外を見ていたら、林檎の赤い色が目に入ってきて、瞬間的に撮りたいと思いました。ちょうどいい光が当たっていて、ワクワクするような嬉しい色でした。カメラを持っていなかったので、記憶にだけ残ったのですが、その記憶が、東京に戻ってからもことあるごとに出てくる。これは撮らないといけない、という気持ちがどんどん膨らんでいきました。

―そういうことは過去にもあったんでしょうか?

たびたびありますね。それは撮り逃したときにものすごく強く残る。まあ、病気のようなものだと思います。今回も毎年林檎の時期になると、例えばスーパーで林檎を見て綺麗だなと思った瞬間にも思い出す。あ、そうだと。それで一昨年に、来年(2016年)は必ず撮ろうと決めて、最初に訪れた時期と同じ11月に川場村へ行きました。

―タクシーで通り過ぎた場所は覚えていたんですか?

それが川場村のどの場所なのか、全くわからなかった。林檎の印象はすごく強いのですが、場所については曖昧な記憶しかなくて、古い蔵が見えてから次の瞬間に林檎が見えたことだけ、覚えていました。それで、役場の方にお会いしてそう伝えたら、「このあたりは林檎畑が多いから、そういう風景はよくあります」と(笑)。それで役場の方に良さそうなところに連れていってもらいました。ただ、連れて行かれたところは、いわゆる生産農家で、林檎の実はたくさんついているものの、木も若くて、僕としては感じるものがありませんでした。

―川場村の林檎畑ならどこでもいいわけじゃなかったんですね。

はい。生産農家の林檎園を撮ることになると、すごく難しいなと、瞬間的に思いました。喜びのようなものが湧いてこないし、これでは撮る理由がないなと。日光もちゃんと当たって赤い林檎が実っているのに何も感じないというのは、場所の問題でもあると思いました。それで、役場の方とはそこで別れて、助手と3人で8×10のカメラを担いで歩いて探すことにしました。

上田義彦

―上田さんの記憶の中には確かにある場所、ですね。

かなり歩きまわったと思います。そうすると、だんだん勘のようなものが働き始めて、ある道を歩いていたら、何の根拠もないのですが、この道じゃないかなと思い始めた。さらに歩いていくと、蔵が見えてきて、まさにタクシーから見た場所にたどり着きました。嬉しかったですね。そこは、いわゆる生産農家ではあるのですが、整然と木が並べて植えてあるのではなく、ランダムに大きい木が植わっていました。

―そのとき見た林檎の木にも、数年前にタクシーから見たときと同じ感動がありましたか?

ありましたね。それは木の生命力だと思うのです。農家の方に挨拶に行ったとき、このあたりで一番古い木だという話をしていましたから、栽培のために育てられたのではなくて、昔からあった木なのだと思います。そういう古い自然な木がもつ生命力であったり、時間であったり、姿というものを、見た瞬間に、意識しないレベルで受け止めている。

―撮影には何度か行かれたんでしょうか。

3回くらい続けて行きました。その日は泊まって、翌日も撮影。戻って現像、プリントしてから、改めてもう一度行きました。

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