2月9日(金)~25日(日)まで東京都写真美術館で開催されている第10回恵比寿映像祭「インヴィジブル」。同映像祭に作品を出展するアーティスト、ラファエル・ローゼンダールは「インターネットアートの代表的存在」として知られている。さまざまインタラクションをウェブ上で発表しながらも、近年はレンチキュラープリントやタペストリーなどフィジカルな作品の制作を続ける彼は、マテリアルを変えながら何を表現しようとしているのか。日々変わりゆくインターネットを「オープンなスタジオ」として作品を作るラファエル・ローゼンダールの語る、アイデアとテクノロジー、インターネットの関係性とは。
構成・文=石神俊大
写真=細倉真弓
―2000年代から2010年代にかけてウェブサイト作品を精力的に制作されていますが、そもそもなぜインターネット上で作品を作ろうと思ったのでしょうか?
若い頃は、ドローイングや写真、彫刻、絵画などさまざまなことを試していましたが、写真集のように、拡散して作品をたくさんの人に届けるということにもずっと関心がありました。また、パンクのカルチャーやDIY的な美学からも影響を受けていました。インターネットが出てきたとき、コピー機よりもはるかに優れた流通方法だなと感じました。この新しいマテリアルの可能性を探求するのは非常に刺激的でしたし、美術史からも自由になれたような気がしました。
http://www.intotime.com/
Into time .com 2010 ©︎ Rafaël Rozendaal, Courtesy of Takuro Someya Contemporary Art,
ウェブサイトは一種のガスみたいなもので、ある空間を充満して埋めていくようなものだと考えています。一旦ウェブサイトを作ったら、たくさんの人たちにアクセスできる状態のままでいて欲しいと思っています。ひとつひとつの作品は、特定のドメイン名を持ったウェブサイトであり、作品を購入すると、そのコレクターにはドメイン名の所有権が譲渡されます。購入したあとも誰かに買われた後もウェブサイト自体は公開されたままの状態で、サイトにコレクターの名前が付与されるのです。
─今回の恵比寿映像祭では、レンチキュラーレンズを活用した平面作品「Into Time」と、インターネットがもとになった映像作品「Abstract Browsing」を出展されていますが、「Abstract Browsing」はウェブサイト作品の延長にあるものですね。
インターネットの初期、データの転送量を抑えるためにイメージを表示せずにウェブサイトを見ていた時代がありました。当時、私は逆に、テキストの方を消してみたら面白いのではないかと思ったのです。その流れで作ったのが「Abstract Browsing .net」というGoogle Chromeのプラグインです。このプラグインを有効にすると、ウェブサイトのコンテンツがすべて抽象的な色彩に置き換えられます。ウェブサイトがどういう構造で組み立てられているかがよくわかると思います。僕自身がインターネット中毒だったのもあり、自分の閲覧履歴を記録していったのがきっかけで、今回のような映像作品が生まれました。
─レンチキュラー作品は、これまで作られていたウェブサイト作品とは少し趣向が異なっているようにも思います。
きっかけは偶然で、ある時グループ展の招待状にレンチキュラープリントを使いました。出来上がった招待状のビデオをインスタグラムに乗せると、以前私のウェブサイトを購入してくれたコレクターの方から「もっと大きな作品を作るなら出資するよ」という提案がありました。このタイプの作品は、ウェブサイトとは違い、作品を見られる人が限られてしまうので制作しようか迷いましたが、好奇心の方がその迷いを上回り、作ることにしました。私のウェブサイト作品のようなアニメーション的な動きを作るには40フレームほどが必要ですが、レンチキュラーは4フレームだけで構成されており、動きはぎこちなくなってしまいます。でも、フレームとフレームの間が非常に曖昧で、その曖昧さが新たなコンポジションを生むのです。このように私のレンチキュラー作品ではある意味メディアの欠点を強みとして利用しています。
ウェブサイト作品では、スクリプトを使ってさまざまな動きを研究し、動きや色、構成をシンプルなかたちで探求してきました。制作を続けるにつれ、作品はどんどん抽象的なものになり、その先にレンチキュラーとの出会いがあるので、作品としてはつながっています。また制作方法も、プログラミングとよく似ています。作品は非常にシンプルな4つの画面で構成されていますが、レンチキュラーレンズはその画面同士を混ぜ合わせ、無限のイメージを生み出しています。絵画と動画の間を揺れ動いているようでもあり、とても刺激的でした。作品のもとになったイメージも、ウェブサイト作品で探求してきた構成を活用しています。同じアイデアを異なるマテリアルにアウトプットをすることでどんな変化が起こるのかに興味があります。
into Time 15 05 02 2015, 163cm× 122.5cm, Lenticular print with wooden frame ©︎ Rafaël Rozendaal, Courtesy of Takuro Someya Contemporary Art, Photo: Ken Kato
─レンチキュラー作品の制作過程で印象に残っていることはありますか?
レンチキュラーを使うのは非常にお金がかかる上、出来上がりの予測がつきません。暗い部屋で絵を描くことと似ていますね。4つのイメージを業者にわたすのですが、完成したものを見るときはいつも驚きがあります。私にとってこの4つのイメージは4つのプログラミングコードのようなものです。
そもそも鑑賞者に作品の見え方を委ねることに関心があるので、レンチキュラーの予測不可能性は魅力的でした。作品のなかから自分でコントロールできる要素を排除したいんです。ときには鑑賞者が作品を変えられるインタラクティブな作品も作りますが、レンチキュラー作品も同じような性格をもっています。また「Abstract Browsing」においても構成を決めているのは私ではなくウェブサイトです。
─レンチキュラーのほか、近年はタペストリーなどさまざまなマテリアルの作品も増えていますね。
新しいマテリアルはいつも好奇心をもたらしてくれます。レンチキュラーとの出会いは偶然でしたが、タペストリーはコンピューターの研究を重ねるなかで見つけたものです。どちらもグリッドから作られているという点で、タペストリーはコンピューターのスクリーンと非常に似ているのです。タペストリー作品のシリーズ「Abstract Browsing tapestries」では、プラグイン「Abstract Browsing .net」で集めた膨大な画像から、画家という視点で作品に使用する構成を選定しています。人間と機械のハイブリッドとしてイメージが出来上がるのが面白いですね。
アイデア面では、ウェブサイトのシリーズを作り続けるなかで「静謐さ」が自分にとって重要なものになってきました。だから映像作品もよりシンプルでゆっくりしたものになっていきました。鉄を使ったオブジェの作品シリーズ「Shadow objects」を作り始めたのもその時期です。
Abstract Browsing 17 01 05(Twitter)2017, 200cm×144 cm, Tapestry ©︎ Rafaël Rozendaal, Courtesy of Takuro Someya Contemporary Art, Photo: Ken Kato
─現在、十和田市現代美術館でも個展「ラファエル・ローゼンダール:ジェネロシティ 寛容さの美学」を開催されていますが、それぞれの会場の展示作品は異なるのでしょうか?
十和田市現代美術館での個展は、自分にとって初の美術館個展です。プロジェクション作品のほか、新作のタペストリーや俳句作品もあります。十和田での個展と恵比寿映像祭で展示している作品は異なりますが、作品同士は相互的なにつながりを持っています。恵比寿映像祭でレンチキュラー作品を展示しようと思ったのは、いわゆる映像=ムービングイメージと絵画の中間にあると考えているからです。
ラファエル・ローゼンダール 第10回恵比寿映像祭「インヴィジブル」展示より 提供:東京都写真美術館 撮影:大島健一郎
─3DプリンティングやVR/ARなど最新のテクノロジーに関心はありますか?
興味深いマテリアルがたくさんありますが、新たな発明すべてが私の作品にはまるわけではありません。例えばVRがいま話題ですが、あれは3Dテレビのようなもので、ストーリーテリングの体験を豊かにしてくれるわけではないと思います。大きなスクリーンの前でゲームをすればVRゴーグルをつけるのと同じくらい没入的な体験は得られますからね。
最近はポッドキャストに注目していて、友人のジェレミー・ベイリーと配信を行っています。ポッドキャストは一見ラジオのように時代遅れのテクノロジーに思えますが、私にとってはこれもARみたいなものです。街を歩きながら、耳では違う世界を体験しているわけですから。いつでも新しいものは追いかけていますし興味をもつようにはしていますが、だからこそ取捨選択をしなければいけない。私自身はメインストリームなテクノロジーの方が好きですね。
─かつてブラウザは「額縁」のような機能を果たしていたと思うのですが、現在はスマートフォンによるブラウジングが主流になり、その「額縁」らしさも変化しています。その変化はご自身の作品にどんな影響をおよぼしているでしょうか?
ウェブサイトは空間に合わせてその形を変えていくものなので、スマートフォンサイズでも建物サイズでも展示できます。私はどんなコンテクストでも機能する作品を作りたいと思っています。絵画は時間が経つと色あせてしまうこともありますが、私のウェブサイト作品はテクノロジーの進化につれてよりよくなっていくと思います。
─スマートフォンのようなインターフェースだけでなく、この10年でSNSも普及し、私たちとインターネットの接し方も大きく変わりましたよね。
私自身はSNSを見すぎないように、閲覧を制限するプラグインをブラウザに入れていますね。iPhoneにSNSのアプリも入れていません。とはいえ、私はネット中毒なので、自分でプラグインを切ってしまうこともあるのですが(笑)。ただ、「静けさ」は創造にとって非常に重要なものだと思っています。いまや静けさを見つけることが難しくなっていますよね。それは「ファストフード」とも似ています。人間は基本的に好奇心が強いしですし、お腹も減ってしまうので、「ファストフード」や「ファストインフォメーション」に囲まれていると、過剰摂取してしまいます。
─さらに近年は、インターネットが商業的・政治的な空間になっていることが批判されるなど、インターネットのあり方そのものも変化しつつあります。その変化を感じることはありますか?
当初インターネットはもっとポジティブなもので、大いなる可能性を感じていました。ただ、いまでも若いミュージシャンや映像作家の中には、インターネットを通じて初めて作品を発表する人も多いですよね。私自身は、アーティストが制作のプロセスを共有できるような、オープンスタジオとしてのインターネットを気に入っています。インターネットをスタジオとして使っていれば、自宅からスタジオまでの移動時間は数秒ですし、家賃もかかりませんから(笑)。その分制作に時間を割けるし、美味しいものを食べられる。基本的に、日常を楽しみながら生きていきたいですね。
自分の作品についていえば、「Abstract Browsing .net」は、インターネットの変化がウェブサイトの視覚的な構造にどのような影響を与えるのかを追いかけていけるのが非常に面白いと思っています。倫理的な面についてはあまり関心がなく、知覚的な部分に興味があるので。ウェブサイトは人間と機械のハイブリッドな存在なので、その変化を視覚的に分析していきたいですね。
タイトル | 第10回恵比寿映像祭「インヴィジブル」 |
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会期 | 2018年2月9日(金)~2月25日(日) |
会場 | 東京都写真美術館、日仏会館、ザ・ガーデンルーム、恵比寿ガーデンプレイス センター広場、地域連携各所ほか |
時間 | 10:00〜20:00(最終日は18:00まで) |
料金 | 無料*定員制のプログラムは有料 |
URL |
タイトル | ラファエル・ローゼンダール「GENEROSITY 寛容さの美学」 |
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会期 | 2018年2月10日(土)〜5月20日(日)*予定 |
会場 | 十和田市現代美術館(青森県) |
時間 | 9:00〜17:00(入館は閉館の30分前まで) |
休館日 | 月曜(月曜が祝日の場合その翌日) |
料金 | 【企画展+常設展セット券】1,000円【企画展のみ】600円【高校生以下】無料 |
URL | http://towadaartcenter.com/exhibitions/rafael-rozendaal-generosity/ |
ラファエル・ローゼンダール|Rafaël Rozendaal
1980年生まれ、オランダ出身のビジュアルアーティスト。ニューヨーク在住。インターネット空間で制作された作品や、レンチキュラーを使った作品など様々な領域で作品を制作している。ヴェネツィア・ビエンナーレをはじめとする世界的な国際展への出品やニューヨーク、タイムズ・スクエアの電光掲示板を使ったインスタレーションなど世界中で作品を発表し高い評価を得ている。近年の主な展示に「New Gameplay」(ナム・ジュン・パイク・アートセンター、ソウル、2016–2017)、「茨城県北芸術祭」(茨城、2016)など。
2021年3月以前の価格表記は税抜き表示のものがあります。予めご了承ください。