人気写真家のジェイミー・ホークスワースが、13年間にわたり撮り続けた母国イギリスの写真をまとめた『The British Isles』がMACKよりリリースされた。イギリスが政治、社会的に大きく揺れた時期に撮影されているが、ホークスワースの穏やかな視線がとらえた、美しい風景や文化的背景や人種、年齢もさまざまな人々のポートレイトは、イギリスのもうひとつの記録といえるだろう。どのようにして『The British Isles』が生まれたのか、本人に話を聞いてみた。
インタヴュー・文=ダイアン・スミス
「もし10年前にどれだけイギリスが素晴らしく、多様性に満ちているか見せることにしようと頭に浮かんだとしても、自宅のキッチンからも出ることができなかったでしょう、荷が重すぎますから。でも今回の作品では、とても純粋な気持ちで楽しみながらイギリスを探求することができました」
新しい写真集『The British Isles』に収録されたポートレイト、風景、何気ない瞬間を写した写真は、ホークスワースが時間を見つけてはイギリス中を旅して撮ってきたものだ。撮影は2007年から2020年にかけて行われており、信用危機からブレグジットを経て新型コロナの蔓延に至る、イギリスの歴史において混乱を極めた時期に重なる。欧州連合からの離脱をめぐる国民投票、そしてブレグジットはイギリスに極度な分断を生じさせ、移民や市民権、国粋主義など、一触即発の終わりなき議論が続いている。しかし、ホークスワースのイメージからそれらを感じることはない。『The British Isles』は、ある特定の時代と場所を見つめる穏やかな視線だ。
じめじめとした風景の上にかかる虹、賑わう繁華街、建物にできた陽だまり、綿菓子を載せた昔ながらの乳母車、一切れのパンや水溜り。そして、駅で笑顔を浮かべるスタイリッシュな高齢の女性、凧揚げをするユダヤ系の少年、背の高い髪型をした黒人男性のふたり、目を細めてカメラを見る、バスを待つスーツ姿の白人中年男性など、年齢もさまざまで、多様な民族的背景やアイデンティティを持った人々の写真が並ぶ。写真集の最後には、作家自身のブーツを撮った写真が収められている。
結果的に多彩な被写体をとらえることになったのは、撮影時にも編集時にもホークスワースが意識していたことではない。ただ単に沢山の人たちを撮影していたら、自然とそうなったのだという。また、イギリスに対する、あるいはいかなることに対する問題意識や意見も持たずに制作していたそうだ。『The British Isles』には序論やエッセイもなく、写真のキャプションすらない。「それぞれのポートレイトには被写体を包む空気があり、そこには観た人がそれぞれの印象を抱く開放感があると思います。私は、人の写真を撮ること、何に出会うかわからないままどこかに出かけることが本当に好きなんです。たいていの場合、駅の掲示板で見つけた良さそうな場所を選び、目的地を決めています」。
随分主観的に聞こえるとしたら、実際そうなのだろう。ホークスワースは大きな成功を収めていながら、自身について、そして作品について大袈裟な主張をすることはない。2007年から2020年はさまざまな出来事のあった重要な時期だと彼も認めるが、それはたまたま彼が写真を続けてきた時期と重なっただけだった。プレストン大学で法医学を専攻していた2007年に、ホークスワースは写真を始めた。『The British Isles』には最初期の作品、彼が通学時にアジア系の子どもたちを撮影した3枚の白黒写真も含まれている。ピンボケしているこれらの写真は、「Mamiya RB67を手持ちで撮影したんですよ」と彼は笑いながら話す。
その後13年にわたり、JW AndersonやLoeweといったファッションブランド、雑誌『Vogue』や『Fantastic Man』などのクライアントを抱え、アムステルダムのハウス・マルセイユ写真美術館やブルックリンのレッドフック・ラボ、東京のタカ・イシイ・ギャラリー、イギリスのヘップワース・ウェイクフィールドで展示を行うなど、華々しいキャリアを歩んでいく。2019年には、アメリカの小説家ジョーン・ディディオンと共作で作品集を出版した。『The British Isles』に収められた最近の写真に、2020年、パンデミックによる初のロックダウン中にイギリス版『Vogue』のために撮り下ろしたものがある。病棟看護師のユーニス・オウコ、電車の運転士ナルグイス・ホースフォード、小売店主ジャティン・パテルとその家族など、エッセンシャルワーカーを撮影している。
『The British Isles』を見ても、それらの写真がコミッションワークであることには気づかないだろう。本書に納められた作品の多くはパーソナルなものだが、コミッション作品が浮くこともない。彼自身が重要だと思う依頼しか受けていないので、コミッションワークにもパーソナルワークと同じ向き合い方で臨むのだという。
『The British Isles』に収録されたコミッションワークには、雑誌『The Gentlewoman』のために環境保護活動家イザベラ・トゥリーを撮影した写真もあり、振り返った彼女の頭上に虹がかかっている。そのほかにも、2011年、雑誌『Man About Town』のためにスタイリストのベンジャミン・ブルーノとともに撮影した、コバルトブルーの服に身を包んだ少女の写真もある。それは本書において唯一のファッション写真である。被写体をストリートでスカウトした写真は、その後ファッションの仕事が増えたきっかけになったという理由から、彼はこの写真も写真集に入れることにした。
アイスクリームを持った子どもを撮っていても、秋の樹木を撮っていても、ホークスワースのイメージはなぜか彼らしさを失わない。それは、若い頃にロンドンで師事した写真家ダン・バーン=フォルティから教わったことのひとつだという。ふたりの作風は大きく異なるものの、ホークスワースは、バーン=フォルティがシェフや首相のポートレイトであれ、ヨーグルトでもバナナでもなんに対しても向き合い、常にユーモラスでひねくれた世界観を保っていることに感銘を受けたそうだ。
「ダンは誰か、あるいは何かが抱える居心地の悪さをしっかりと受け入れます。それからは私も、暮らしの中の奇妙で面白おかしいものごとに向き合うようになりました。普通は素通りしてしまうようなものの持つ、静かなシュールさに惹かれるようになったのです」
ホークスワースの独自のスタイルは、彼が若い頃に下したある選択に起因するものでもある。2000年代、写真家の多くはデジタルに移行し、ノートパソコンを使って撮影中の写真をほかの人が確認できるようにしていた。その頃のホークスワースは卒業したばかりで仕事を探していたが、それでもそのやり方は自分には向いていないと結論づけた。「幸運なことに妥協せずにすみました」と彼は中判フィルムだけを使い続け、写真も常に自身でプリントした。それは現在も続いており、そして一年の大半を『The British Isle』に収めたられた写真の制作に費やしてきた。
ホークスワースは、フィルムに拘ったことで仕事を失ったが、それがかえって彼を奮い立たせた。仕事がないということは、パーソナルな作品を作る時間が増えるということだと自分にいい聞かせ、彼はひと月プレストンに戻り、いまやすっかり有名になったプレストン・バスステーションの写真シリーズを撮影し、2010年に『Preston is my Paris』というzineとしてまとめ、その後2017年にはDashwood booksから作品集として出版された。もしアシスタントして職を得ていたら、とてもイライラして自分の作品を作る余裕もなく、週末にちょっとした撮影旅行をするくらいだっただろうという。現代の風景とポートレイトを見開きに並べた本シリーズは名刺がわりとなり、彼は尊敬する人々にこれらの作品をメールで送っていた。2015年にMiu Miuから、その年のリゾート・コレクションの広告キャンペーンのために、同じような組み合わせで撮影して欲しいと依頼される。
コミッションワークで忙しくなっても彼はパーソナルな作品を続け、ロケ先でも自分の写真を撮る時間を見繕い、そして8月丸ごとひと月、そして9月末を、パーソナルワークの撮影のためにあてた。コミッションの多くとは異なり、彼はそれらの旅に自分ひとりで出かけることができた。『The British Isles』に収録した写真のほとんどは、MamiyaとPentax、三脚とバッグを肩にかけひとりで撮影に出かけたときに撮ったものだ。「これらの写真を見ていると、何もないところに自分ひとりがいると感じた懐かしい感覚を思い出します。それは素晴らしい感覚でした」。
その撮影過程はのどか聞こえるし、実際そうであったのだが、時には過酷な状況にも遭遇した。スコットランド北岸のはるか向こうにあるアンスト島に旅したとき、ホークスワースはまず電車で、それから船に二度乗り、また電車に乗って、その後1時間歩き続け、いったい自分は何をしているのだろうとひとりごちた。誰ひとり撮影する人を見つけられずにただ歩き続けるだけの旅もあり、そんなときはだんだんと俯きがちになってしまう。しかしそれが最良の結果をもたらすこともあり、足元に興味深い水たまりを見つけたり、あるいは顔を上げたときに突如現れた素晴らしい風景を目にしたりした。
「ニューキャッスルでは、ずっと歩き続けていても誰ひとり見つけられず、完全に気落ちして壁に寄りかかって座り込んでしまいました。顔をあげると、女性と綿あめをたくさんぶら下げた乳母車が目に入ったんです。それは本当に風変わりでとても不思議なイメージをとらえることができました。それで、自分のやっていることを思い出したのです」
パーソナルワークは撮影後にひとまず箱に入れ、より急を要する仕事に手をつけることで、写真にフォーカスしていた。しかしあるとき友人から撮りためた写真を使って何もしないのかと尋ねられ、それがちょうど新型コロナウイルスの蔓延と重なったことで、突然彼はそれらの写真と暗室で過ごす時間を手に入れる。結果的に500枚のポートレイトやその他の写真が出来上がり、当初はそれをどう組み合わせるか悩み、撮影順という正統な並びにはしたくないと思っていた。最終的に彼は、旅と同じような感覚を取り入れることにした。なんでも受け入れて、その瞬間に留まり、そして純粋に見ること。大きなプロジェクトにするとか、イギリスに対する批評だとか、余計なことは考えないようにした。
「旅に出かけたときに感じるのは、全てに驚きが潜んでいるということ。それはカメラがくれた言い訳のようなもので、普段は完全に見過ごしてしまうものを見ることができるのです」
タイトル | |
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出版社 | MACK |
出版年 | 2021年 |
仕様 | ハードカバー/220mm×260mm/304ページ |
URL | https://twelve-books.com/products/the-british-isles-by-jamie-hawkesworth |
ジェイミー・ホークスワース|Jamie Hawkesworth
1987年イギリス・サフォーク州生まれ。2009年セントラル・ランカシャー大学写真学科卒業。イギリス北部のプレストンにあるバスターミナルで行き交う人々を撮影した「Preston Bus Station」は代表作のひとつ。J.W.Anderson、LOEWE、Alexander McQUEEN、miu miuなど数々のファッションブランドをクライアントに持つほか、エディトリアルワークも数多く手がける。主な個展に「A Short Pleasurable Journey Part Two」Clearkenwell(ロンドン、2019年)、「Landscape with Tree」Huis Marseille(アムステルダム、2017年)、「A Short Pleasurable Journey」Red Hook Labs(ニューヨーク、2016年)など。