24 August 2022

アルルのダミーブック賞が作品と再び向き合うきっかけに、鈴木萌最新作『SOKOHI』

24 August 2022

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アルルのダミーブック賞が作品と再び向き合うきっかけに、鈴木萌最新作『SOKOHI』 | 鈴木萌

ビジュアルアーティスト、鈴木萌の作品集『SOKOHI』。緑内障を患った父親から託されたノートやアーカイブ写真を起点に、徐々に視力を失っていく父親を記録する中で生まれた本作は、昨年、アルル国際写真フェスティバルのダミーブック賞を受賞。今夏、アルル国際写真フェスティバルとLUMA財団のサポートのもと、フランスを拠点とするChose Communeから新装版が出版された。ダミーブック賞の受賞を受けて、まっさらな状態から再構築したという本作。アルルでのブックローンチを終えて帰国したばかりの鈴木にその意図を聞いた。

文=安齋瑠納
撮影=渡邊りお


アルル国際写真フェスティバルでのリアルな反応

―はじめてアルルを訪れていかがでしたか?

とにかく圧倒されました。昨年は、残念ながら訪れることができなかったのですが、その間に連絡を取り合っていた人と街でばったり会うことが多く、歩いていてもなかなか目的地に辿り着かなくて……。その場でお互いの作品を見せ合って、テーブルがなければ床に作品を広げて、みんなアグレッシブにプレゼンしてくれるんです。私も制作中の作品をいろいろな人に見てもらう良い機会になりました。

―情報交換の場としても有意義なフェスティバルですよね。完成した本へのリアクションはどうでしたか?

ダミーブック賞を受賞した際のアーティストエディションから、今回のChose Commune版は装丁もシークエンスも大幅に変えています。もとのダミーブックを知っている方はその部分に興味を持ってくださる方がほとんどで「どうして変えたの?」といった質問をたくさん受けました。同時に、初めてこの本を手に取る方からは、ポジティブなフィードバックが多く一安心です。

鈴木萌『SOKOHI』(Chose Commune、2022年) タイトルの「SOKOHI(底翳)」とは、なんらかの眼内部の異常により視覚障害をきたす目の疾患の俗称として江戸時代から使われてきた言葉。

鈴木萌『SOKOHI』(Chose Commune、2022年) タイトルの「SOKOHI(底翳)」とは、なんらかの眼内部の異常により視覚障害をきたす目の疾患の俗称として江戸時代から使われてきた言葉。

鈴木萌『SOKOHI』(Chose Commune、2022年) タイトルの「SOKOHI(底翳)」とは、なんらかの眼内部の異常により視覚障害をきたす目の疾患の俗称として江戸時代から使われてきた言葉。

鈴木萌『SOKOHI』(Chose Commune、2022年) タイトルの「SOKOHI(底翳)」とは、なんらかの眼内部の異常により視覚障害をきたす目の疾患の俗称として江戸時代から使われてきた言葉。

鈴木萌『SOKOHI』(Chose Commune、2022年) タイトルの「SOKOHI(底翳)」とは、なんらかの眼内部の異常により視覚障害をきたす目の疾患の俗称として江戸時代から使われてきた言葉。


父の緑内障発症をきっかけに生まれたプロジェクト

―ダミーブックから大きな変化がありつつも、プロジェクトの核はしっかりと引き継がれていると感じます。新装版を出版するにあたって、いま一度このプロジェクトについて教えてください。

私の父が16年前に緑内障と診断され、病状が進行した2018年に一緒に暮らし始めたことがきっかけではじまったプロジェクトです。同居してまず感じたのは、私が想像していたよりも目が見えていなかったということ。父にはこの世界がどんなふうに見えているのだろうか…。そんな疑問を持ちはじめた矢先、父が「目の見えない自分には意味のないものだから」と編集者時代に書き溜めていたノートや幼少期から撮り溜めていた写真をくれたんです。そこで、これらのアーカイブも用いながら何かしらのプロジェクトが出来ないかと本の構想を練り始めました。

―当初から本というフォーマットにすることは決まっていたのですか?

この作品に限らず、最終形態は本にしてまとめるという活動を続けてきたので、それ以外の形式は考えていませんでした。ダミーブックは、Reminders Photography Strongholdで行われたワークショップに参加し、後藤由美さんやヤン・ラッセルによるダイレクションのもと完成させました。もともと学生時代に培った知識を活かして製本を教えていたという背景もあり、いろいろと凝った装丁を考えていたのですが、「まずは見た目よりも芯のあるストーリーを作り上げるべき」というアドバイスをもらい、膨大な数のアーカイブや自分の写真からセレクトし、シークエンスを組み立てる作業から始めました。

76部限定で出版されたアーティストエディション。©︎ Moe Suzuki

76部限定で出版されたアーティストエディション。©︎ Moe Suzuki

76部限定で出版されたアーティストエディション。©︎ Moe Suzuki

76部限定で出版されたアーティストエディション。©︎ Moe Suzuki

―そうして完成したのが、ダミーブックアワードを受賞したアーティストエディションですね。

このエディションは、父が最後に使っていたリングノートを模した仕様になっており、L版の写真をそのまま貼ったり、ノートの抜粋を入れてみたり、見えなくなっていく過程を表現するために、穴を開けるという加工を施しました。「輪郭がぼやけてそこに人がいるのはわかるんだけど、誰かまではわからない」というような父の証言を聞いて、イメージを膨らませながら、それらを再現するようにビジュアルを作り上げていきました。最初は、父の視覚の標本のような構成だったのですが、途中で、普通に見えていたものがある日を起点に見えなくなるという時間の流れを意識したシークエンスを思いつき、前半と後半ではっきりと役割を分けることにしました。前半は、見えていた時間をアーカイブ写真やノートの抜き出しで表現し、後半は、見えなくなってからの父の視覚をイメージしながら撮り下ろした写真。ふたつの時間軸でみせるというアイディアに辿り着くまでには、かなり試行錯誤しました。

昨年のKYOTOGRAPHIE (KG+Select)で開催されたインスタレーション。©︎ Moe Suzuki

昨年のKYOTOGRAPHIE (KG+Select)で開催されたインスタレーション。©︎ Moe Suzuki

昨年のKYOTOGRAPHIE (KG+Select)で開催されたインスタレーション。©︎ Moe Suzuki


アーティストエディションから新装版制作への道のり

―新装版では、そこからさらにアップデートが施されています。どのような意図があったのでしょうか?

ダミーブック賞を受賞し、新装版の制作に取り掛かる前にKYOTOGRAPHIEでインスタレーションを行う機会がありました。そこでは、父の目の‘見えなさ’を表現するために、穴に遮られてインスタレーションの全体像が見えないというような表現をしました。しかし、この展示を作り上げた後から、父の目が見えないという事実に固執しすぎていたのではないか、と考えるようになりました。父の目は見えていないけれど、何も見てないかというとそれは嘘になる。目では見ないけれど、他の感覚を使って確かに見ている。私が見ているものと父が見ているものが違うということを強調するのではなく、それぞれの方法で見ていることを伝えるのが大切だと。

―アーティストエディションでは、見えない状態へ向かっていくある種の恐怖心も感じ取れました。新装版では、そういった要素はありつつも、不思議と‘明るい’印象を受けました。

新装版の制作を始める頃には、父も少しずつ見えないことを受け入れて前向きに動き出していました。次第に私の中で感じる父の’見えなさ’に対する感情と父の前向きな感情を交錯させた本にしたいと思うようになりました。最近は、スマートフォンで音声操作ができ、父も再び撮影をするようになったので、父が撮影した写真もセレクトに織り交ぜることにしました。

―写真のセレクトもがらりと変わっていますね。

病気を患う前と後、すなわち「見える」「見えない」の境界線ははっきりと持たせたまま、シークエンスやセレクトに関してはまっさらな状態から、全く新しい本を作るような気持ちで取り組みました。マルセイユを拠点とするChose Communeチームと遠隔で何度もやりとりをして……。また、父が何かを見るときに拡大機を使用するのですが、写真や文字が拡大されたときにその一部のみが誇張して映し出されるといったイメージを活かすため、写真はすべて断ち落としで、ダイナミックにレイアウトしています。そういったデザインへの落とし込みも含め、さまざまなアイディアをChose Communeチームと出し合って完成させました。

―さまざまな出版社がある中でChose Communeを選ばれたのはなぜですか?

アルルのダミーブック賞を受賞している作品は、歴史的、社会的な作品が多く、そのように大きな器の作品は多くの出版社で扱いやすいテーマだそうです。しかし、私の作品は個人的な家族の話だったので、私的なテーマと丁寧に向き合ってくれる出版社が良いとという観点からも、いくつか候補があった中からアルル国際写真フェスティバルのディレクター、クリストフ・ワイズナーや展示プロダクションマネージャーのセシル・ネデレックがChose Communeを勧めてくれました。

ドイツの学生たちに向けて行ったトークイベントの様子。©︎ Moe Suzuki

ドイツの学生たちに向けて行ったトークイベントの様子。©︎ Moe Suzuki

アルル国際写真フェスティバルのChose Communeのブースにて『SOKOHI』をお披露目した。

アルル国際写真フェスティバルのChose Communeのブースにて『SOKOHI』をお披露目した。 ©︎ Chose Commune


―出版社が決まるまでのサポートも行ってくれるんですね。

はい。現地に滞在している場合は、受賞した次の日からいろいろな出版社の方とミーティングをすることもあるそうです。実際に出版社が決まるまでは、フェスティバルのディレクター陣にいろいろとアドバイスをもらいました。今年は、オーディエンスとしてダミーブック賞を見にいきましたが、装丁から作り込み方まで、私が想像する写真集を超える作品がたくさんあり、負けてられないなと感じました。現地では、ドイツから訪れていた写真学生と話す機会や、大小さまざまな出版社を主宰する人にも会いました。彼らの話を聞いているともっと自由に楽しく、形にとらわれずに写真集や出版社を作って良いんだと気付かされました。そういった会話が、自分のプロジェクトのモチベーションへも繋がっている気がします。

―次のプロジェクトは進行中なのでしょうか?

現在制作中なのは、沖縄を題材とした作品です。米軍基地から漏れている化学物質が水を汚染し、沖縄の景観や人々の水に対する意識が少しずつ変わり始めているという問題を取り上げています。『SOKOHI』を通して、いままで当たり前にあったことが、何かをきっかけになくなったり、変わっていくという時間の流れに興味を抱くようになりました。そういった意味では、この沖縄の問題も同じ。来年には形にしたいと思っています。

タイトル

『SOKOHI』

出版社

Chose Commune

出版年

2022年

価格

6,050円

仕様

ソフトカバー/182mm×257mm/150ページ

URL

https://twelve-books.com/products/sokohi-by-moe-suzuki

鈴木萌|Moe Suzuki
1984年東京生まれ。London College of Communications, University of the Arts London写真科を卒業後、グラフィックデザイナー、イラストレーターなどの経験を経て2011年帰国。以降、製本技術を習得し、写真、アーカイブ、イラストを織り交ぜたアーティストブック制作、及び他アーティストに製本コンサルティングを行う。2019年Reminders Photography Stronghold主催のワークショップ「Photobook as Object」に参加し、アーティストブック『底翳』の制作を開始。2020年に完成した同作品が国際的に高い評価を受ける。2021年にアルル国際写真フェスティバルのダミーブック賞を受賞し、今年Chose Communeから『SOKOHI』を出版。

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