3 February 2023

原美樹子×倉石信乃 対談
「生活者のまなざしがとらえた小さな神話」

3 February 2023

Share

原美樹子×倉石信乃 対談「生活者のまなざしがとらえた小さな神話」 | 原美樹子×倉石信乃対談

2022年、写真家、原美樹子による1996年から2021年までの未発表写真を収録した『Small Myths』がChose Communeより刊行された。妻でもあり、母でもある原は生活者の視点を持ち、日常生活の中で目の前を通り過ぎる人々の一瞬をとらえる。原によるささやかな言葉も綴られた本書は、誰にでも起きているであろう瑣末な出来事を「小さな神話」としてまとめた1冊である。ここでは、刊行記念の個展を開催した吉祥寺の写真集専門店book obscuraの店主である黒﨑由衣が進行役を務め、長年原の写真を見てきた倉石信乃との対談を通して、社会も写真も大きな変化を遂げた25年間も変わらぬ姿勢で写真を撮り続けた原の魅力に迫る。

写真=小山和淳
聞き手=黒﨑由衣(book obscura)
文=IMA

言語化できないものと向き合う

―今回原さんが対談相手に倉石さんを選ばれた理由を教えてください。

原美樹子(以下、原):倉石さんは、1996年に初個展「Is As It」を開催する前から私の写真を見ていただく機会があった方なんです。当時、倉石さんが勤めていた横浜美術館で「ロバート・フランク:ムーヴィング・アウト」展(1995年)のために来日したロバート・フランクさんに学生たちの写真を見てもらえるワークショップがあったので、私も参加してモノクロのスナップを倉石さんにも見ていただきました。その後、東京綜合写真専門学校でも、いまの6×6のスタイルになる前の、645判のイコンタ(スーパーイコンタ530)で撮っていた写真を見てもらいました。

倉石信乃(以下、倉石):東京綜合写真専門学校で拝見した写真は、カラーでしたか?

原:当時は、写真学校から出されたスナップの課題にすごく行き詰まっていた時期でした。もっとスナップという枠から自由になりたいと試行錯誤していた過程で、モノクロからカラーに切り替え、初めてプリントしたものを持って行きました。

倉石:ロバート・フランクのワークショップで原さんが話した内容は詳しく覚えていないんですけど、屈折して、通り道を曲がって、また曲がって……と袋小路にどんどん入っていくような話で翻訳が困難だったことを覚えています。「この人は、そういう言語化できないことを抱え込んで作っているんだな」というのが、原さんの第一印象でした。次にカラー写真を拝見したときは、屈曲という言葉が写真自体にあてはまりながら、同時にどこかきっぱりとした印象もありました。言葉による説明も似た部分がありますが、写真は基本的には屈折することを許さない、真っ直ぐに決定しなければならない表現媒体というところがある。写真集『Small Myths』では、そういうことについての文章を書かれていますよね?

原:はい、そうです。

倉石:友達がロータリーで猫を見つけたときのことを書かれているテキストの中で、認知した瞬間に「どうしよう」という言葉が出てくるまでのプロセスにはいろいろ紆余曲折があるはずです。しかし決定はしなければならない。それで「どうしよう」という発言と、シャッターを押すことは同じだという内容の文章ですよね? 少し乱暴に聞こえてしまうかもしれませんが、そこには原さんの思考がよく表れていると思いますし、昔から全く変わっていないところです。実は、写真ってそういうことしかできないような気がしています。原さんの作品は、原点を思わせてくれる写真だと思います。

原美樹子×倉石信乃対談

―写真集『Small Myths』の巻末に、1998年に開催された個展「Agnus Dei」のために書かれた言葉を掲載されていますが、それ以外のテキストは、新規で書き下ろしたものなのでしょうか?

原:そうです。言葉を絞り出すのは、いつも辛いですね。初期から、作品と直接かかわりのないテキストを展示の度に書いたりしていました。その後、美術館から展覧会のためにステートメントを求められたり、インタヴューを受けたりして答えざるを得ないなかで、テーマとかメッセージは特になく、というか写真でテーマやメッセージを伝えようとしているのとは少し違うことを自分でもはっきり認識するようになりました。写真が先で、言葉はずっと後から出てくるんです。

原美樹子×倉石信乃対談


ずっと変わらない「北極星」のような写真

原:使っているカメラが、ファインダーを見ながら撮影してもフレーミングが曖昧だったので、試行錯誤をしているうちにノーファインダーで撮るようになりました。意図しない偶然性に頼ろうとして始めたわけではないのですが、結果的にそうなったみたいなところがあります。自分が撮っているのか、カメラが撮っているのかという境界線が曖昧で、とらえられない部分が残ったまま撮影をするやり方がだんだん定着していったんです。

たまに二眼レフで撮影するときも、ファインダーを覗くこともあれば、覗かないこともあります。無理だとは思うんですけど、覗かないことで、自分の思考や事前に思い描いたビジョンみたいなものから解放されるといいなと思うんです。その余地に、見る人の視点が入り込めるようになればいいなと。展示搬入の際、黒﨑さんは私の写真は主語がないと話されてましたが、初めから主語を無くそうとしていたわけではなく、やっていくうちにそうなっただけなんです。

写真集『Small Myths』より

写真集『Small Myths』より

倉石:それは、写真にとってひとつの理想的なあり方なのかもしれないと感じます。時代に合わせてシリーズ化したり、テーマを決めてカタログのような作り方をしたりせず、世の中が変わっても変わらない原さんの写真は、北極星みたいですね(笑)。

原美樹子×倉石信乃対談

―スナップショットは、1996年からの25年で数々の作家たちが発表し、進化してきましたが、原さんの中で変わった点はありますか?

原:世の中もすごく変化しましたし、自分の生活の変化もありました。子育てが大変だった頃にデジタルの進化が進み、新しい技術を吸収する余裕がなかったっていうのもあったかもしれないですけど、多分それだけではないですね。変わりたくない、留まっていたいという思いもありました。変わりゆく街に向かう自分が変わると、その変化の様子がわからなくなるじゃないですか? いつ写真家を辞めてもおかしくないタイミングがたくさんあった中で、自分自身を維持するためにも、同じことを繰り返していた部分もあると思います。

倉石:自分がこれから歳を重ねていくということと、このスナップの領域を撮り続けることについてはどう考えていますか?

原:初めから意図していたわけではないんですけど、自分で意識していないものが写り込む面白さを拾い集めることをずっと続けられているのは、無意識的な何かが支えていたような気がします。それは年齢を重ねても変わらないような気がします。スナップショットは、とらえどころのないところを知る手がかりとしての作業なのかもしれません。

原美樹子×倉石信乃対談


ひとりごとが紡ぐ「小さな神話」

―無意識の話は、「小さな神話」を意味する『Small Myths』という写真集のタイトルにも結びついていますか?

原:もともとテーマやコンセプトが無いものを撮っているので、タイトルをつけるのはいつも最後。残った宿題みたいに苦慮しながら考えるんですけど、見た人をなるべく束縛しないような、そこに引っ張られないようなものにしたいと思っています。写っているものは具体的ではありながら、物語であるようで、ひとつの物語に回収されないというか。なぜ「神話」という言葉が出てきたか分からないのですが、確かめられないのになぜかそこにあるようなイメージでしょうか。もしかしたら、無意識と繋がってくるかもしれません。それを探るけど、自分のやってきたことはささやかなもので大きな神話ではない。また、大きな神話では語れない時代になってきているのかもしれないというのもあります。

倉石:いいタイトルだと思います。原さんの写真の中では、常に何かが起こっていて出来事性みたいなものを感じます。人間が出てくる写真の場合だと「姿勢」というのがとても重要で、例えば、赤ん坊がまっすぐに立っている写真がありますよね? この宗教的な感じがする一枚も、出来事そのものだと思うんです。

原:それはたまたまだし、多分誰にでも起こっていることです。

写真集『Small Myths』より

写真集『Small Myths』より

倉石:だから複数の小さな神話がたくさん起こっている、ということなのかな。本とプリントの主従関係において、原さんの写真のオリジナルとは何でしょうか? 写真集が絶対っていう人もいるし、展示作品をオリジナルととらえる人もいますよね。

原:こうやって本になったことはすごく良かったと思うんですけど、出版を目指して撮っていたわけではありません。展覧会に向けてということでもなく、基本的には誰が見るかも分からない、誰かに頼まれたわけでもないものを撮り続けてきました。ひとりごとをぶつぶついうように……。

倉石:そのひとりごとの中にオリジナルがあるのでしょうか。最終的な到達点がいろいろな形になったりするけど、それは結果であって、目的としているわけではないということですね。

原:オリジナルはどこにあるんでしょうね(笑)。本と展示のどちらが重要かは答えにくいです。具体的な話になりますが、今回の制作過程は、フランスの出版社の方とメールのやりとりだけで本を仕上げねばなりませんでした。自分で一番見ているのは自分で焼いた8×10なので、目がプリントに慣れているせいか、スキャンされた画像をモニターで見ることには少し苦労しました。自分が焼いた作業用のプリントがもしかしたらオリジナルに近いのかもしれません。それが一番重要なものという意味ではないですが。

原美樹子×倉石信乃対談


生活者の視点が切り開くスナップのあり方

―25年間の集大成として『Small Myths』は、どのようなインパクトを与えると思いますか?

原:集大成という意識はあまりありません。自分の物語というよりは、見た人の記憶の断片に呼応するものになったらいいなと思います。

倉石:四半世紀前と現在とでは、それぞれの時代に流行みたいなのがあって。『i-D』の記事では原さんの『Small Myths』を90年代のガーリーフォトと比較していましたが、個人的にはもう少し長いスナップ写真の歴史的なスパンの中で考えたいと思います。ウォーカー・エヴァンズが地下鉄の乗客を撮ること、あるいはロバート・フランクが『The Americans』の中で日常や家族を撮るといったような、写真が長い歴史の中で獲得していったさまざまな要素が原さんの写真の中には含まれています。
先ほど原さんの写真は「変わらない」といいましたが、その変わらなさの中に実は非常に複雑な要素がたくさん入っていて、それらが原さんの中で咀嚼され、更新されている。家族や身の回りにある自然など誰もが考えるべきことを、言葉や理屈ではなく写真という意味の余白のあるものの中でしっかり伝えているところが素晴らしい。「小さな神話」である原さんの作品は、世の中にたくさんある日常を撮った写真とちょっと違います。赤裸々に日常を暴露するのではなく、ちょっとズラすというか……。日常性に対するアプローチの角度が違いますし、見つめている時間の質が充実している。生活者のフラットな視線も感じます。だからこそご自身のお子さんを撮っても、比較的等価に扱われている。つまり「特別な何か」として家族を撮らないという点においては、ものすごく冷静な感じがしますし、もう少し言葉を強めると残酷というような面もあるかもしれません。


ひとつの行為に没入してカメラの存在に気づいていない人が写っている写真が多いですが、視線がカメラの方に来ているものも少し選んでいますよね。写真集を作るとき、または展覧会を構成するときに、この視線の問題をどういうふうに考えていますか?

原:今回の本のセレクションは出版社の好みも反映されていますが、カメラ目線のものは割合少なく、撮られていることに気づいてない人の写真を選ぶ傾向にあるように思います。昨今、肖像権について多くいわれるようになり、自分も後ろめたさを感じないわけではないんですけど、倉石さんの書かれた本にも支えられながら、どうにか続けています。

倉石:写真に撮られることに気づかない状態で写される人がもたらすものや、そこから人間についての理解が拡がっていくといったたいへん難解でもあり複雑でもあることが、原さんの写真には意図的ではなく、それらがずっと基本的な問題になっています。ロバート・フランクの『The Americans』では、見られていることを忘れている状態と、見られていることに気づいているか、少なくとも視線がカメラの方を向いている状態の構造が両方あります。写真の中で、その二つを絶えず考えることが必要だと改めて思います。

写真集『Small Myths』より

写真集『Small Myths』より

原:両方の視線があることで複雑になりますね。見られていることを忘れている状態についてですが、確かに私がシャッターを押してはいますが、撮影者である私が見たとは限らないような、他人も見ているかもしれないような状態を作り出すことができればと思います。必ずしも原美樹子でなくてもいいというか。とはいえ、なかなか苦しい時代になってきています。

―その問題は、この25年間におけるストリートスナップで変わったことのひとつですね。今後も原さんは変わらない姿勢で写真に向き合っていくのでしょうか?

原:自分の作品を見返すと、ただやみくもだった初期作品の方が良かったりします。人に説明するために捻り出して言葉にしていくと、その言葉が過剰に自分に返ってきて、それが枠になっていく苦しさみたいなものをすごく感じているんです。そのタイミングで、もう一度最初から自分の作品を見返して写真集を刊行する機会を得ることができました。まだこの枠をどうしたらいいのか模索していますが、今回の写真集が次の布石になるのかなと思います。

原美樹子×倉石信乃対談

原美樹子|Mikiko Hara
1967年、富山県生まれ。1990年に慶應義塾大学文学部卒業後、東京綜合写真専門学校研究科にて写真を学ぶ。現在は神奈川県川崎市在住。2007年にニューヨークで個展を開催した以降、ゲティ美術館、サンフランシスコ近代美術館などで作品が展示、収蔵されている。2017年には写真集『Change』にて第42回木村伊兵衛写真賞を受賞。そのほかの出版物に、『Hysteric Thirteen: Hara Mikiko』(ヒステリックグラマー、2005年)、『These are Days』(オシリス、2014年)などがある。

倉石信乃|Shino Kuraishi
1963年生まれ。明治大学教授。1988から2007年にかけて横浜美術館学芸員としてマン・レイ展、ロバート・フランク展、中平卓馬展などを担当。1998年、重森弘淹写真評論賞、2011年、日本写真協会賞学芸賞を受賞。主な著書に『スナップショット—写真の輝き』(2010年)、『反写真論』(1999年)、『東日本大震災10年  あかし the testaments』(共著、2021年)などがある。『沖縄写真家シリーズ[琉球烈像]』(全9巻、2010-12年)を仲里効と監修。2001年、シアターカンパニーARICA創立に参加、コンセプト・テクストを担当。

▼書籍情報
タイトル

『Small Myths』

出版社

Chose Commune

発行年

2022年

価格

8,250円

仕様

ソフトカバー/230mm×270mm/104ページ

URL

SMALL MYTHS by Mikiko Hara

https://bookobscura.com/items/6379f3c0f80f1e2d2cbc52f2

▼展覧会情報
タイトル

「Small Myths: Selection from the new photobook by Mikiko Hara」

会期

2022年1月12日(木)~2023年2月6日(月)

会場

book obscura(東京都)

時間

12:00~19:00

定休日

火水曜

URL

https://bookobscura.com/news/6379ec2d4aed195167a8e945

Share

Share

SNS