22 September 2023

蓮沼執太×池谷陸×田中せり
「unpeople」
音楽と写真、デザインが奏でるものとは?

AREA

東京都

22 September 2023

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蓮沼執太×池谷陸×田中せり「unpeople」音楽と写真、デザインが奏でるものとは? | 蓮沼執太×池谷陸×田中せり「unpeople」という名の、音楽と写真、デザインが奏でるものとは?

昨年9月より始まった蓮沼執太による配信シングルリリースのプロジェクトが、アルバム『unpeople』としてまとめられ、この10月にリリースされる。インストゥルメントアルバムとしては15年ぶりだ。写真家・池谷陸、グラフィックデザイナー・田中せりと共にプロジェクトを展開し、現在、3人による同名の展示が恵比寿・POSTで開催されている。それぞれの表現領域でもってして、複数の時間軸を有した特別版LPボックスと、そして展示空間がつくりあげられた。「unpeople」――人間不在を感じさせるキーワードから出発した、1年にわたる3人の協働について聞いた。

文=浅見旬
写真=YUSHI KAKU

「unpeple」という言葉からのスタート

―最初のリリースは昨年9月ですが、プロジェクトはいつ頃からはじまったのでしょうか?

田中せり(以下、田中):昨年の4月頃です。執太さんと一緒に長野にいるときに、話をいただいたのが最初ですよね。

蓮沼執太(以下、蓮沼):そっか、春くらいからか。その頃、新しい音源を出したいと思いながらも、いわゆる「一からアルバムつくるんだ!」というモチベーションではない、そんな状況でした。それまで5年くらいかけてつくり溜めていた未完成曲を、いい加減に日の目をみさせてやりたい。そんな相談をせりちゃんにしたのが、たぶん最初。そこから、「unpeople」という言葉をきっかけに、コンセプトを組み立ててくれた。

田中:「unpeople」と聞いたとき、コロナ禍による緊急事態宣言下に、家にこもって窓の変化だけをずっと見て過ごしていた時間を思い出しました。人間の営みは止まっているけれど、お構いなしに庭には新芽がどんどん吹いて、植物は生い茂る。あれこそ「unpeople」な景色だなと。そういった景色に、当時救われてもいました。人間不在だけれど、確かに人間がいたであろう気配。人がいると、どうしてもそれを中心に見てしまいますが、いっそ排除して、そうして見えるものや環境の変化を定点観測してはどうかと提案しました。配信も、まとめて発表するのではなく月に一度くらいのペースと聞いて、日記のようにリリースしましょうと。

蓮沼:まとめる自信がなかったので(笑)。

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田中:そういった経緯から、プロジェクトの中心となるようなイメージはつくらず、ずっと変化し続けるビジュアルをつくっていくことにしました。陸くんに声をかけたのは、どこだっただろう、軽井沢かどこか、人のいない抜け殻のような家の写真を撮っているシリーズをかねてから見ていて、まさに「unpeople」はこういうことだなと思っていたんです。

池谷陸(以下、池谷):軽井沢の別荘地ですね。別荘を、ただそのままに撮っていました。時間の経過について言及した写真でもあったので、「unpeople」の写真群はそこから地続きなんです。今回の撮影は、蓮沼さんの音源を聴く前に行われたこともあり、楽曲に合わせるというよりは「時間の経過」を意識しながら、1年間窓や影を撮っていました。とはいえ、個人的には、コーネリアスが参加している曲(*6曲目「Selves」)に顕著ですが、写真と音源がハマってくる感じ、写真が音楽に同調していく経験がありました。ちょっとしたことなので伝わりづらいですが、撮影者としては新鮮でした。

―アルバムをつくるにあたって、音楽家のみならず、デザイナー、フォトグラファーと協働してというのは、あまり例を見ないです。

蓮沼:やっぱり音ってどれだけ具体的に鳴らされても、抽象。要は目に見えないので、認識するときにビジュアルがあればそこへ寄り添ってくれます。

シングルの配信を終えていま振り返ると、どの曲もタイプが全然違うのだけれど、せりちゃんのフレームとコンセプトのおかげで統一感がもたらされました。普通、アルバムをつくるときには、背景に走る軸があるものですが、今回はそれがないので……と、こうやって話せば話すほど、2人がいなかったら、アルバムにまとまってなかったなと思います。1人だったら途中でめげちゃってた。


デザインの力でさらに拡張される、音楽と写真が共鳴する世界

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―田中さんが手掛けた特別版LPボックスには、レコード、ライナーノーツのほかに写真集や大きなクロス、落ち葉まで入っています。どんなイメージで制作されたのでしょうか?

田中:ピクニックのようなイメージがあって、最初にそれを絵に描きましたね。地面に布が敷いてあって、その上にピザ箱のようなLPボックスが置いてある。1年間の配信シングルのアートワークではずっと部屋の中から外の景色を眺めていたので、今度は出来上がったアルバムを持って外に出かけて欲しいなと。執太さんの楽曲にはフィールドレコーディングも含まれているので、屋外で流したら、実際の環境音もミックスされそうで、それはおもしろいなって。目線を落として、周りに落ちている葉っぱを記念に採取するような、そんなキットになったらいいなって。

蓮沼:ぼくは、このロゴタイポグラフィもすごく気に入っていて。

田中:これ、影なんです。この影を生んでいる主体は存在させず、影をびよっと伸ばして「unpeople」。人間は不在だけれど、その影だけ抽出してつくりました。

蓮沼:(レコード中心部に貼られた円形シールを見ながら)A面からB面になるとちょっと伸びて、C面になるといよいよ認識がしづらくなって、D面はもはや読めない(笑)。はじめて見たとき、こんなことできるんだ!と驚きました。素晴らしいです。

ちなみに、封入されている葉っぱは、窓を撮影させてもらった友人の実家から分けてもらったものも入っているのですが、撮影でお伺いしたとき、ちょうどお母様がすごく丁寧に葉っぱを集めていて、聞けば、葉っぱを順番に腐らせ、コンポストして、その後に土に還すのだと話してくれました。そうした自然が再生してゆくプロセスを目の当たりにして、これは「unpeople」が描こうとしている時間の経過についてのことだし、場所性も含まれていて、LPボックスに加えることになりました。

田中:写真集が縦開きになっているのは、日めくりカレンダーのイメージです。毎日がずっと繰り返される、そういったことが伝えられる綴じ方はなんだろうと考えたときに、カレンダーのめくり方を連想するような「天綴じ」がいいなって。レイアウトとしては、定点観測ができるように同じ場所で撮影したカットは、同じ位置になるような構成にしました。

池谷:同じ場所を淡々と撮った写真で時間経過を表現しようとすると、1日がかりで同じ場所に居座らないといけないのですが、それもなかなか難しいので、撮れるタイミングを見つけたらロケハン中でもとにかく撮るようにしていました。カットによっては、朝の光を撮影した一ヶ月後に、昼の様子を撮影するなんてことも。もしくは逆に、朝方から撮影して、昼、晩と撮ったのを、写真集のなかでは、昼、晩、朝、の時系列に並べかえられているものもあります。

田中:それを一日に見立ててしまうのが、写真のおもしろさですよね。人は、カットとカットの間を勝手に想像して、繋いで、見てしまいます。


現在も作品の一部へと昇華する空間

流し台の底に敷かれた真鍮の板には、会期中、蛇口から水が滴り続け、錆を促進させるために時折塩もまかれる。展示へ訪れる時期によって真鍮板は表情を変え、1ヶ月の会期のなかでさまざまな像を結ぶ。

―特別版LPボックスは、上部が型抜きされてそれ自体窓のような建付けで、窓の写真が見えるのが印象的でした。そして、会場のPOSTの展示空間にも、実物の窓がありましたね。壁に閉じ込められていたものを、十数年ぶりに掘り起こしたと聞きました。

蓮沼:3人でこの展示をつくるとき、「現在性」をどういう風に生み出すかは意識的に考えていました。そこで、もし窓があるならぜひ出してほしいとお願いしました。空間に窓があることで、そこから光や音が、刻々と変化することへ気付くきっかけになればいいなと。会場には、陸くんの撮影時に隣でフィールドレコーディングをしていたものと、アルバム14曲からそれぞれ1トラックずつ抜いたものが流れています。それは、まだ音楽になっていない音の状態で、人がいると気づかないくらいのボリュームに抑えています。

あと、会場の角にある流し台では、わざと水が落ちるようにして、静かだと、ポンポンポンと聞こえると思います。流し台の底には真鍮の板を敷いていて、排水口を塞いで水が貯まっている。すると真鍮なので、会期中にどんどん錆びが進行していく。気づかないくらいささやかに、複数の時間の進行が会場内に流れています。

池谷:POSTの、会場としてのポテンシャルをすべて引き出せましたね。小さな天窓も、大きな窓も、流し台も、外からの音も。制作中、写真を撮りに行くのも基本は一人で、ほとんどの作業も一人なのであまり意識していなかったんですが、こうしてLPボックスに収まったり、展示空間で蓮沼さんの音と混ざっているのをみると、上手くまとまってるなって。搬入した昨日になって、ようやく気づきました。

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―LPボックスの中には、レコードのまわる時間軸、ロゴタイポグラフィによって日の傾き、そして池谷さんの写真の中の時間があります。展示空間にも、窓から音や光で1日単位の時間と、真鍮の板が会期単位の時間を表していたりなど、「unpeople」はどこを切り取っても、複数の時間軸が交差していますね。楽曲内でも意識されているのでしょうか。

蓮沼:作家としては、複数の時間と空間を音盤のなかに詰めていますね。具体的な音楽の時間軸が別々に進行していたりと、作曲法としても取り入れています。なるべくひとつの時間じゃなくて、複数を行ったり来たりするようなものであると、なおいいです。

―このアルバムは、「純粋に自分のための音楽」という触れ込みもありました。

蓮沼:当たり前なのですが、音楽は人のためにつくることが多く、おそらく18世紀かそれより前からずっとそうだったと思います。けれど今回はそうではなくて、ただ自分のために音楽をつくりたいと思い、自分のためにつくりました。「この作品は僕のです!」と言えるものが欲しいと思って、もう言い訳もできないようなものが必要だなって。これも、僕の時間軸では現在地ですね。

―では、これまでの音源とは少し体重の置きどころが違うんでしょうか?

蓮沼:そうですね。例えば音楽家を招いて協働しようとすると、2人でやったとして、その人と僕とでつくるから手応えも半分なんです。プロダクションを担っていたとしても、やっぱり半分。そうじゃなくて今回は100%です。すっきりと純粋に、100%これは自分の音楽だと言い切れるものをつくり上げるのは、現代では意外と難しいんじゃないかな。実際、僕もこれまでつくれていなくて、2人のおかげでやっとブレずにできました。

池谷:半分になるというよりは、むしろプラスプラスになっていくイメージでした。個々で、僕は写真をやるし、せりさんはデザインを、蓮沼さんは音楽を。被らないかたちで三者が進んでいったので、割るというよりかは、足して、掛けていったような手応えがあります。

―とても有機的な関係性です。

蓮沼:まさにコラボレーションっていう感じです。かつ純度が高い。そんな協働作業ができて、幸せですね。

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タイトル

蓮沼執太、池谷陸、田中せり「unpeople」

会期

2023年9月1日(金)〜10月1日(日)

会場

POST(東京都)

時間

11:00〜19:00

休館日

月曜

入場料

無料

イベント

9月22日(金)18:00~19:00:建築家の青木淳さんをゲストに迎えてトークを開催予定。ご予約はこちら

URL

http://post-books.info/news/2023/9/1/exhibition-shutahasunuma-unpeople

蓮沼執太|Shuta Hasunuma
1983年、東京都⽣まれ。2010年に結成した「蓮沼執太フィル」を率いた国内外でのコンサート公演をはじめ、映画、演劇、ダンス、CM楽曲、⾳楽プロデュースなど、多様に⾳楽を制作。また「作曲」という⼿法を応⽤した物質的な表現を⽤いて、展覧会やプロジェクトを⾏う。主な個展に「Compositions」(Pioneer Works、2018)、『 ~ ing』(資⽣堂ギャラリー、2018)など。主なグループ展に「FACES」(SCAI PIRAMIDE、2021)がある。第69回芸術選奨⽂部科学⼤⾂新⼈賞 受賞。

池谷陸|Riku Ikeya
2000年、東京都生まれ。広告や雑誌、ファッションブランドルックブック撮影はじめ、アーティストとのコラボレーションワークなど幅広く活動。これまでの展示に「untitled」(daitokai、2017)、「Everything is Connected at」(Shibuya Hikarie、2018)、「Everything is Connected 2 – CHOICE」(COMPLEX BOOST、2019)、「ADRIFT」(SENDAI AKIUSHA、2019」、「New Connectivity」(Haku Gallery Kyoto、2021)、「A walk of a Seeker」(TERRACE SQUARE 2021)がある。

田中せり|Seri Tanaka
1987年、茨城県生まれ。2010年武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科卒業。企業のロゴデザインやブランドのアートディレクション、美術館の仕事などに携わる。主な仕事に、日本酒せんきん、小海町高原美術館、SCAI THE BATHHOUSE、本屋青旗のロゴデザイン、展覧会「アナザーエナジー」(森美術館、2021)や「カラーフィールド」(DIC川村記念美術館、2022)の宣伝美術などがある。そのほか、写真と印刷機を扱った偶発的な表現を試みるパーソナルワークの発表、展示も行う。

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