バンド「WONK」でキーボーディストとして活躍する一方で、映画のサウンドトラックなどを手がける作曲家としても活動する音楽家・江﨑文武。彼はまたライカをメインにカメラ、そして写真を愛好していることでも、よく知られている。写真との出合いから、音楽表現との関連、数々のカメラ遍歴など、江﨑と写真との関係について、さまざまな話を聞いた。
撮影=澤野よい奈
取材・文=菅原幸裕
─まず、カメラに関心を持たれたのはいつごろでしょうか。
小学校から大学まで、大叔父と毎年旅行に行っていたのですが、彼は写真が趣味で、ずっと家族の様子を撮影していました。中判から35mm、コンパクトまで数台のカメラを持ってきていたこともあって、その様子を見ていて、カメラや写真は楽しそうだなと思っていたんです。初めて自分のカメラを買ったのは高校生の時。ライカのデジタルカメラD-LUX7がオークションサイトで安くなっていたのを見つけて、お年玉を使って競り落としたのが最初です。
その後大学生になって、ソニーのNEXやパナソニックのLUMIXシリーズを使ったり、大学の美術学部の授業でキヤノンのEOSシリーズを借りて使ったりしました。一眼レフのデジタルカメラを使って動画を撮ることが、学生でもやりやすくなっていましたから。
20代後半になって、レンズ一体型のデジタルカメラ、コンデジが欲しくなって、フジフィルムのX100Fを手に入れました。しばらく使っていたら、コンパクトなフィルムカメラにも興味が湧いてきて。
─撮っていた写真、画像的に何か理由があったのですか。
フジのデジタルカメラで撮ると、フィルムの色のような画像に仕上がるじゃないですか。だったら実際にフィルムで撮ってみたいと思ったんです。それ以前に「写ルンです」などを使ったことがありましたが、フィルムカメラを意識したのはその時からです。そして買ったのがコンタックスのT3。今も使っています。
─フィルムで最初に撮ったとき、どのように感じましたか?
当初はこんなに撮れないのかと思いましたね(笑)。その一方で、正しい露出でバチッと決まったときの心地よさというか、記憶への残り方みたいなものが、デジタルの画像よりも強く感じました。音楽でも、ハイレゾのレコーディングで、これが一番いい音だというものよりも、宅録音源のレコード(ヴァイナル)の方が、記憶に残るといったことがあります。人の感覚や感性に訴えるということにおいては、とにかく解像度が高ければいいわけではないというのは、何となく思っていたことでした。
─T3の後のカメラ遍歴はどのようになっていったのでしょうか。
実はT3と同時期に意を決してライカのM10Dを入手したこともあって、ライカM4を使ってみたのですが、ちょっと状態が良くありませんでした。そこで30歳の誕生日にライカMPを新品で購入して、今に至るという感じです。最近ではリコーのGRⅢxと、2ヶ月ほど前にはライカQ3も入手しました。
左からライカMPとライカM10-D。
─今はデジタルとフィルム、両方使っている感じですか。
そうなんです、デジタルとフィルムを行ったり来たりしていますね。Q3は久しぶりに動画を撮りたいと思って、選びました。動画用だったらもっと適したカメラがあるのでしょうが、そこまで本格的ではなく、旅先でちょっと撮るようなイメージです。夜出かけたり、スタジオのときは大体デジタルですね。自然光が入らない場所へはデジタルを持っていきます。ほぼ自然光の日だなというときにはフィルムカメラを持つ感じです。
─撮影しているものは、カメラ遍歴の中で変わってきましたか。
それこそ大叔父の影響で、当初は旅先で風景を撮ったり、家族を撮ったりしていたのですが、だんだんバンド活動が本格化すると、全国いろいろなところに行くようになって、ツアーの様子、メンバーのオフショットみたいなものを撮ることが多くなりました。その後バンド活動を通じて、写真家の方と会うことが増えてきて、写真家ってかっこいいなって思い始めて。
─かっこいい?
憧れますね。音楽を作る際、視覚芸術からインスピレーションを得ることが多いので、いつでも手に取れるように写真集が置いてあります。それらを見ながら、似た感じで撮ってみたりもします。例えば今日は形状に絞って撮ってみようとか、ヴォルフガング・ティルマンスの『CONCORDE』を見て飛行機だけに絞ってみようとか、先人がやっている表現をちょっとなぞってみる。そうして撮ったものは本当に趣味として、どこにも出してはいないのですが。
─江﨑さんはアート作品から着想した音楽や、サウンドトラック(劇伴)を多く手がけられていますが、ヴィジュアルから影響を受けて創作することは多いのでしょうか?
元々映画音楽を聴いて、作曲家になりたいと思ったのがスタートでした。その後参加したバンドがヒットしたので、バンドの人という認識が広がっていったわけですが。始まりが映画音楽だったので、写真や映像を見て、そこに音楽で風景を足していくようなことがすごく楽しいですね。視覚と聴覚は結びついたものとして、自分の中ではずっとあるという感じです。
─視覚芸術ということでしたら、写真以外に絵画などもあります。写真にご興味を持たれた心理を、どのようにお考えになりますか。
絵画からインスピレーションを受けることも多々ありますが、絵には基礎的な技術の鍛錬が求められるのに対して、写真はシャッターを押せば、なにかしら形になるように見えるので、ハードルが低く感じられたところはあります。ただ実際に撮影してみると、プリントなども含めて、写真家ってすごい、と改めて思います。あと、絵画がまっさらなキャンバスに自分で想像して描いていくものだとするならば、写真はそうではなく、すでにあるものの見方を変える行為だということが、自分としてはすごくかっこよく感じます。
─それは音楽で言ったらサンプリング、または変奏みたいなことでしょうか。
本当にそうです。こんなにかっこいいものの見方があったという感じは、まさにサンプリングですね。そしてそのことは自分が音楽を作る際の、さらには何か物を作ることの本質である気がしていて。音楽はゼロから作っているように見えますけど、ドレミファソラシドという音階が発明され、この和音が美しいという発見があった上で作られているので、割と既にあるものから選び取る仕事とも思っていて。その点において、音楽と写真は相通ずるところがある気がしています。
コンタックスT3、リコーGRⅢx、ライカQ3やレンズをひとまとめに収納している。
─デジタルとフィルムでライカをお使いですが、レンズはどんなものを選ばれていますか。
レンズはひたすら試しました。ひとつ前のズミルックスの1.4と、初代のズミクロンの50mmと35mmの3本が残った感じです。あと、ズミクロン35mmの8枚玉は、元々シルバーでしたが、ブラックにペイントしています。
─ライカはブラックボディ派ですか。
M4はシルバーでしたが、ブラックのMPが特に気に入っていて。使い込むことで、黒に金色の真鍮地が出てくるのがピアノと似ていて、いいなと思って。ブラックへの愛着の理由はそこですね。ピアノっぽいな、と。
部屋にはお気に入りの写真家たちの作品集が。
─好きな写真家はいらっしゃいますか。
定番ではありますが、ソール・ライターは好きですね。あとはヴィヴィアン・マイヤー。なんかこっそり撮っている人たちが結構好きですね。またサイ・トゥオンブリーの写真作品もすごくいいなと思っています。それと、ジャック・デイヴィソンはすごく好きです。かっこいいですよね、年齢も近いですし。彼は映像も撮りますよね。いつか一緒に仕事をしてみたいと思う人の1人です。
─日本の写真家はいかがでしょうか。
先日、『秒速5センチメートル』でご一緒した奥山由之さんの写真はいろいろ見てきました。また先日は、最近映像を手がけることが多い林響太朗さんの個展を拝見しました。あと、上田義彦さんの静かな感じの写真は好きですね。それと、もう少し美術に寄った存在ですが、Nerholさんの作品も好きです。
江﨑文武(えざき・あやたけ)プロフィール
音楽家。1992年 福岡市生まれ。映画『秒速5センチメートル(実写版)』『#真相をお話しします』『ホムンクルス』などの音楽を手がけるほか、WONKのキーボーディストとしても活動。King Gnu、Vaundy、米津玄師らの作品にレコーディングで参加。NHK FM「江﨑文武のBorderless Music Dig!!」のパーソナリティを務めるほか、文學界「音のとびらを開けて」、西日本新聞「音聞」にて連載執筆中。