5 December 2025

都市と静物が交差する“二重の視界”―サラ・ファン・ライ&ダヴィット・ファン・デル・レーウinterview

5 December 2025

Share

都市と静物が交差する“二重の視界”―サラ・ファン・ライ&ダヴィット・ファン・デル・レーウinterview | 251115_IMA_0951_fin

オランダを拠点に活動するサラ・ファン・ライとダヴィット・ファン・デル・レーウ。千葉県立美術館で開催中の「オランダ×千葉 撮る、物語る―サラ・ファン・ライ&ダヴィット・ファン・デル・レーウ×清水裕貴」では、コロナ禍のニューヨークで撮影された「Metropolitan Melancholia」と、室内で光と静物を組み合わせた「Still Life」を、2人にとって初めての大規模展示として紹介している。今回のシリーズが生まれた背景と、私生活でもパートナーである2人が共有する「二重の視界」について訊いた。

撮影=大久保歩
取材・文=川鍋明日香

──展では写真集として発表した「Metropolitan Melancholia」シリーズを、初めて展覧会というかたちで紹介していますね。

251115_IMA_1003_fin

「Metropolitan Melancholia」シリーズ。本展は、千葉県立美術館で初の写真展となる

ファン・ライ:そうなんです。「Metropolitan Melancholia」はコロナ禍がきっかけで始まったプロジェクトでした。外に出られなかった時期、私たちは本や映画を通してニューヨークのことばかり考えていたんです。

2021年にメキシコ経由でようやく渡米すると、街は映画で見続けてきた魅力と、コロナ禍で傷ついた静けさの両方を抱えていて、その空気に強く心を動かされました。2回の滞在で撮影し、帰国後に編集する中で、シリーズとしての輪郭が見えてきたんです。

タイトルに都市名を入れなかったのは、この都市が抱える感情がニューヨーク固有のものではないと感じたから。例えば、大都市に暮らすときに生まれる不安や孤独は、どの街にもあるものだと思います。その空気感、まさにメランコリアを表現したかったんです。

ファン・デル・レーウ:撮影を続けるうちに、自分たちも都市を“神話化”しているのではないかと感じました。映画や写真がつくる夢のイメージが、現実の街とのあいだにかすかなズレを生む。その緊張も、このシリーズの大事な部分になっています。

──ニューヨークの街を舞台としながらも、どこかパラレルワールドを見ているような不思議な錯覚に陥りました。一緒に展示されている「Still Life」もコロナ中に始まったプロジェクトですよね。


251115_IMA_1022_fin

「Still Life」シリーズ。彼らのプリントは、オランダの印刷所で仕上げる。繊細な色や影の階調を表現するため、光沢紙よりもマット紙が用いられる


ファン・ライ:そのとおりです。「Still Life」は都市の内側にある“静かな部屋”のような世界。外に出られない日々が続く中で、家の中の光や影、反射の変化に自然と目が向くようになりました。花やガラス、壁の影などを組み合わせていくと、室内なのにどこか外の風景を見ているような深さが生まれることがあって、その瞬間を確かめるように撮ったシリーズです。

ファン・デル・レーウ:「Still Life」も展示することを提案してくれたのは美術館でした。都市の写真と静物を並べると、静けさと緊張感が互いに支え合うようで素晴らしい展示になっていると思います。

──色と陰影が印象的ですが、カメラこだわりあるのでしょうか?

ファン・ライカメラは特に決めていなくて、iPhone、デジタル、アナログ、トイカメラまで、本当に色々使います。私は覗き込み式のモニターで撮るのが好きで、デジタルのボディに古いレンズを付けることもあります。

ニューヨークでSigmaのカメラ・BFのプロトタイプをテストさせてもらったこともありました。モニターで確認しながら撮れるのでとても扱いやすかったですし、見た目もとてもクールなのでいろいろな人に話しかけられるきっかけにもなりましたよ。

sd_8

Sigma BFによる作品集Shot on BFに参加した2人の作品

ファン・デル・レーウ:いくつか持ち歩いて、場面や光に合うものを自然に使い分けます。

ファン・ライ:でも一番大切にしているのは、目の前の光景をどう感じているか。その切り取り方なんです。

──そう考えると、意図的に作られた「Still Life」のヴィジュアルと並んでも違和感がないほど、「Metropolitan Melancholia」もまたグラフィカルな魅力をもっています。ある程度の演出も入っているのでしょうか?

ファン・デル・レーウ:偶然訪れる一瞬を素早く撮ることもあれば、光が揃うのをしばらく待つこともあります。けれど、どちらの場合もその場で起きている現実だけを撮っています。

ファン・ライ:誤解されやすいのですが、演出は一切していません。人に動いてもらうことは頼まないし、合成や二重露光も使わない。それでも二つのシリーズに共通した質感があるのは、私たちが“二重の視界”を持っているからだと思います。

──二重の視界、と

ファン・ライ:現実を見つつ、同時に別のレイヤーも感じているということです。私たちは14年来のパートナーですが、惹かれ合った理由のひとつは、その“見え方”が似ていたことでした。夕日のような分かりやすい美しさより、道に落ちた影やガラス越しの反射に心が動く。私たちそれぞれにカメラを持たせて、1人ずつ同じ空間を歩かせたら、きっとほぼ同じ場所を撮影して帰ってくると思いますよ(笑)。

展示会場風景

展示会場風景

展示会場風景

──そこまで視点が似ているお2一緒に作品をつくる理由は? 

ファン・ライ:感性は近いけれど、個性は微妙に違います。長く作品を見てきた人にはどちらが撮った写真かわかることもあるんです。そこが、一緒に制作する面白さでもあります。

ファン・デル・レーウ:撮影の感性が似ていても、常に同じ意見になるわけではありません。むしろ編集段階では、かなり率直に批評し合います。「この写真は別のカットと似ている」「これは強くない」と正直に言い合える。そこには遠慮がありません。ときには一方が新しい方向へ引っ張り、もう一方が疑問を投げかける。その往復が、作品の幅を自然に広げてくれます。

──最後に、展示を見る人へメッセージをお願いします。

ファン・デル・レーウ:この展示では、作品の意味を“説明”するより、見てくれる人の心の中で自由に物語が生まれてほしいと思っています。そのため、写真にはタイトルや説明をほとんどつけていません。人によってまったく違う感情が現れるのが、僕たちの作品の面白いところだと思っています。

ファン・ライ:そういえば、このあと日本を少し旅して、次のプロジェクトの一部を撮る予定です。「Metropolitan Melancholia」の第二章のような位置づけになると思います。次のシリーズでも都市名は用いないつもりです。特定の場所ではなく、そこで生まれる感覚そのものに焦点を当てたいから。今回の展示を見てくれた方にも、“自分が都市で感じてきたこと”と作品が自然につながる瞬間が訪れたら、とても嬉しいですね。

サラ・ファン・ライ&ダヴィット・ファン・デル・レーウ プロフィール
オランダ出身。アムステルダムとパリを拠点に活動する。 2人はパートナーであり、ユニットとしても個人としても活動し、考え抜かれたフレーミングと構図によって、シュルレアリスムの系譜に通じる作品を創り出す。ファッションブランドやエディトリアルのコミッションワークも手がける。2023年に2人の初の写真集『Metropolitan Melancholia』をKOMINEKより出版。同年にファン・ライによるルイ・ヴィトン フォトブックシリーズ『ファッション・アイ ソウル』も刊行。2025年12月より、ファン・ライにとって初となる美術館での個展をパリのヨーロッパ写真美術館で開催。

タイトル

オランダ×千葉 撮る、物語る―サラ・ファン・ライ&ダヴィット・ファン・デル・レーウ×清水裕貴

協賛

株式会社シグマ

場所

千葉県立美術館(千葉県千葉市中央区中央港1-10-1)

会期

11月15日(土)~1月18日(日)

時間

9:00~16:30(入場16:00まで)

休み

月曜日(祝日の場合翌平日)、12月28日(日)~1月4日(日)

料金

一般1000円、高大生500円
※中学生以下・65歳以上・障害者手帳所持者と介護者1名無料

URL

オランダ×千葉 撮る、物語るーサラ・ファン・ライ&ダヴィット・ファン・デル・レーウ×清水裕貴

Share

Share

SNS