Photographers' Field Work

写真家のフィールドワーク vol.4
生命の気配が消えた「王国」へ:出村雅俊が撮る、誰も知らない鳥取砂丘の冬

出村雅俊

鳥取砂丘に冬が来る。しかし、この当たりまえの出来事を目にする人は少ない。そこに住む人を除いては。出村雅俊は鳥取に生まれ、鳥取に住み、鳥取を撮り続ける写真家である。定点観測と呼ぶべき彼の営みが捉えるのは、ゆっくりと始まりひっそりと消えていく、誰の記憶に残ることもない数々の風景である。思えば植田正治、塩谷定好など名だたる鳥取の写真家たちもまた、同地から出て写真を撮ることはほとんど無かった。100年にわたる「定点観測者の系譜」に連なる異才が見つめる鳥取の現在とは—。写真家の思考をたどる「写真家のフィールドノート」第4弾は、砂丘の冬を撮影したシリーズ「王国」を中心に綴られる出村雅俊のフォトエッセイ。

文・写真=出村雅俊
企画・編集=若山満大


生まれ育った鳥取で、写真を撮っている。

鳥取を撮ることに自覚的になったのはいまから10年ほど前だが、それまでは、この土地があまり好きではなかった。閉塞的で窮屈な場所。でも、自分の置かれている環境や立場を考えると、鳥取で何を撮ればいいのか考えていくしかなかった。鳥取を撮ろうと漠然と意識しはじめていた頃の作品が「Translation」である。自分が抱いていた鬱屈した感情を、鳥取の風景に重ね合わせるように撮った。山陰地方は曇りや雨の日が多い。そんな天気が続くと、気持ちもさらに重くなる。薄暗い空の下では、自分の気持ちと呼応するような陰鬱な風景を現実に目にすることもできる。

車で市街地を離れ、県中部の山地から、兵庫県との県境に近い海岸まで、人が立ち入らないような山奥や林、海辺への探訪を繰り返した。そういう場所に行くと、猪が荒らした痕跡や、イタチなどの動物の死骸、手入れされることのない異様な姿の樹木などに出会う。次々に視界に入ってくる形や模様が、自分の感情を「翻訳」してくれた。撮影は曇りや雨の日に限定し、日の出前の早朝や日暮れ時に重点的に撮るようにした。暗くなってあたりが見えなくなるまで、歩きながら撮影をしたこともあった。


2012年から2016年にかけて、真冬の鳥取砂丘をテーマに「王国」という作品に取り組んだ。この時から鳥取を撮る使命感がはっきりと芽生えた。鳥取砂丘は鳥取市の日本海沿岸に位置し、南北2.4km、東西16kmという日本最大級のスケールをもつ。国内外から毎年多くの観光客が訪れるメジャースポットであり、シンボル的な存在でもある。一面の砂、青空、海、観光客、夕日、ラクダ、風紋などが一般的なイメージだろう。加えて、鳥取砂丘は植田正治をはじめ、数多くの写真家や写真愛好家が作品の舞台にしてきた場所である。プロ・アマ問わず、鳥取で一番撮られるスポットだと言っていい。彼らに今まで撮られていない砂丘の姿、自分が鳥取に住んでいるからこそ撮れる鳥取砂丘の姿は何だろうかと模索した。それが真冬の砂丘だった。


積雪や降雪の日に撮影することに決め、5年間砂丘に通った。吹雪の日の砂丘は非常に風が強く、露出している顔や耳が痛い。どんなに防寒していても雪でずぶ濡れになり、カメラも濡れる。絶えずレンズを拭きながら撮影した。積雪の多い日は太ももぐらいまで埋まる。時折ホワイトアウトが起こると前後左右が見えなくなり、自分がいまどこにいるのか分からなくなる。帰り道を見失い、半泣きになったこともある。

猛烈に吹雪く中に一人でいると、とてつもない不安や恐怖に包まれる。吹雪の砂丘には生命の気配がない。自分以外の生命が感じられず、地響きのような風の音しか聞こえない。でも、奥に進んで、これまでに見えなかった光景を見つけたいという思いに衝き動かされる。風が弱まると、砂丘の輪郭が惑星のように現れたり、吹雪で隠されていた木々の姿が見えてきたりする。それはまるで異国の地に立っているようで、鳥取にいる実感がなくなる体験だった。そこには観光地としての鳥取砂丘の面影はなかった。人間の社会とは無関係な、異世界が広がっているように感じた。


「王国」と並行して2014年に撮り始めたのが国道9号線の沿線風景である。国道9号線は京都府から山口県を結ぶ幹線道路で、その中の鳥取市から米子市までの区間を撮影した。なかでも鳥取市青谷町~東伯郡湯梨浜町、東伯郡琴浦町~西伯郡大山町を重点的に撮った。かつては鳥取県の東西を結ぶ主要な幹線道路だったが、新しく整備された自動車専用道路の利用者が増加し、衰退していった道である。やがて撤去されて、無くなってしまうであろうもの、かすかにでも人の気配が感じられるものを写真に収めた。

3年間、同じ道を何回も通って撮影した。コンビニや各種店舗、家屋、工場など、かつて人の出入りがあった場所が次第に無人化し、いつの間にか消えている。沿線にあったガソリンスタンドもあっという間に取り壊された。朽ちていく風景を一掃するようにソーラーパネルが出現し、増殖している地域もある。その違和感は尋常ではない。


はじめは車で走りながら目に入るものを撮っていたが、次第に徒歩で周辺を散策しながら撮影するようになった。あたりを繰り返し歩いていると、はじめは気付かなかったり見過ごしていたりした被写体が見えてくるようになる。廃屋と化した家が多い地域に、未だ存続する小さな神社。崩れていこうとする建物の微かな変化。草や木に侵食されながらも、ずっと残っている建物もある。かつてそこで働いていた人、住んでいた人、通っていた人。その人たちの痕跡が、日差しや雨風に晒されている。ボロボロになりながらも耐えて残っているさまは、まるで自然と人工物(建造物)の陣取り合戦である。早くこの風景を撮っておかなければと気持ちがはやった。

鳥取を撮ろうと決心する前は、鳥取なんて何もない、被写体として魅力のない町だと決めつけていた。けれども、実際に10年近く撮り続けると、土地の魅力を探すおもしろさがわかるようになった。ひとつの場所を、繰り返し見つめることの重要性も学んだ。

写真が、鳥取と向き合うことを教えてくれた。

出村雅俊|Masatoshi Demura
1980年鳥取県生まれ。写真家。鳥取市在住。砂丘や国道9号線など、生まれ育った鳥取の風景をモチーフに写真を撮る。人口減少による都市の劣化、観光地ゆえの画一化したイメージなど、鳥取にまつわる社会的・歴史的主題に取材した作品を手がける。近年の主な個展として「王国」(2017年8月、ギャラリーそら・鳥取市)などがある。
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