30 April 2021

写真界のレジェンドを追ったドキュメンタリー映画『過去はいつも新しく、未来はつねに懐かしい 写真家 森山大道』レヴュー

30 April 2021

Share

写真界のレジェンドを追ったドキュメンタリー映画『過去はいつも新しく、未来はつねに懐かしい 写真家 森山大道』レヴュー | 過去はいつも新しく、未来はつねに懐かしい 写真家 森山大道

写真ファン待望の映画『過去はいつも新しく、未来はつねに懐かしい 写真家 森山大道』がついに公開。東京の路上を歩きながら何枚も何枚も撮影する姿、1968年に刊行されたデビュー作『にっぽん劇場写真帖』を再構築し、決定版を出版するまでの過程、盟友・中平卓馬に対する想い、レジェンドの素顔が紐解かれる本作は見逃せない。

文=牧口じゅん

その人の写真を見るといつも、日常の中に潜む特別な輝きに気づかされる。いつも見ている風景、どこにでもある景色のはずなのに、その人によって切り取られると、異様なまでの存在感を放ち始める。彼の視点を通して見る四角い世界は、そのサイズよりもはるかに広く深く、現実以上の興奮に満ちている。

デビューから、30年以上たったいまもアートシーンを騒がせ続けていることは、作品冒頭に登場するパリフォトでの一幕を見れば明らかだ。森山大道の世界を垣間見たいと熱望するファンのいかに多いことか。

映画『過去はいつも新しく、未来はつねに懐かしい 写真家 森山大道』は、そんな彼の写真人生の原点をたどるドキュメンタリーだ。約50年前に発売され、長らく絶版となっていた処女作『にっぽん劇場写真帖』(1968年刊)を再構成し決定版を制作する過程を追う。多くの良質な写真集を生み出してきた編集者の神林豊と、造本家の町口覚による肝いりの一大プロジェクトである。


映画が撮影されたのは2018年。当時その人は80歳。変わることなく精力的に撮影を続ける姿を見られるのはファンにとってこの上ない喜びだろう。照明も三脚もなし。コンパクトカメラ一台で、ふらりと散歩しているかのような軽やかさで、目にとまったものを次々に捉えていく。撮影する度に液晶の画面を確認するその表情は、無邪気そのもの。正直なところ、こんなにも普通に、こんなにもコツコツと、こんなにも飽きもせず、と思うほど。その姿は、まるで写真少年のようだ。

デビュー当時から現在に至るまで、その人の写真が持つ魅力は変わらない。荒れた粒子、ブレた被写体、ボケたピントは、刹那的で常に流れゆく、決して止まることのない「いま」という瞬間を、制止したひとコマに凝縮している。決まりきった美、安定した画角、意図が明確な図柄からは決して生まれない「見る者次第」の得体の知れなさに、心はざわつき、思いもよらない感情が、鑑賞者の内側でむくりと起き上がり始めるのだ。


そんな作風の起点ともなった処女作を、復刻するではなく、再構成するのだという。その人の50年にわたる写真人生が、人間としての歴史が、記憶が、刻み込まれた写真は、すでに初版の時とは違っているということなのかもしれない。過去、そしてそこから見た未来である現在が、有機的に絡み合い、新しい「いま」を形作っているようでもある。

その人が切り取っているのは、時代の空気でもあるからだろう。面白いのは、再編集を行っていく中で、「いつ、どこで、どう撮影したか」という問いが、写真家自身の様々な記憶を呼び覚ましていく点だ。過去の作品に向き合うことで、さまざまな感情の封印が解かれていく。まるでその頃の空気や気配が、写真から流れ出すかのように。

写真界のレジェンドを追ったドキュメンタリー映画『過去はいつも新しく、未来はつねに懐かしい 写真家 森山大道』レヴュー


もっとも印象的なのは、25歳頃に知り合ったという盟友・中平卓馬とのエピソードだ。二人で写真界に殴り込みをかけたこと。アート談義に花を咲かせたこと。中平はゴダール派で、その人はフェリー二派だったこと。そして同志の死を機に考えたこと。友への思いが、その人にとって写真家としての錨のようなものであると知ることを知り胸が熱くなった。

写真とは何かと考えて撮れなくなったことがあるというのも驚きだったし、自らプラクティカルだというように、道具へのこだわりのなさ(あるのは表現へのこだわりなのか)も、妙にあっさりしていて清々しい。フィルムとデジタルの違いについて語る若者には、「お気に入りの印画紙がなくなったからデジタルへ移行した」と当たり前のように返答する。「写りゃいい」「カメラはコピー機に過ぎない。だからいい」といい放つ、心地よいほどの執着のなさにもとても惹かれた。その意外なまでの軽やかさこそ、その人の写真から感じるかっこよさであり、人々が熱狂する森山大道らしさの源泉なのだろうと気づかされた。

写真界のレジェンドを追ったドキュメンタリー映画『過去はいつも新しく、未来はつねに懐かしい 写真家 森山大道』レヴュー


映画を観ていていつも思うのは、良い作品はスクリーンの四角い世界の外で何が起きているかを想像させてくれるということ。その人の写真もまさにそうだ。完成されているけれど、完結していないドラマ性を、四角い世界の中で強く感じさせてくれる。気になるのは、どうやって撮ったかでは決してないのだ。

冒頭と終盤で、印刷に使われる紙の原材料である原木を雪原で伐採するシーンが登場する。監督は「偶然なのか必然なのか、伐採される原木は、だいたい50年くらい前に植林されたものらしい」と話している。「つまり、50年前に植林された木が印刷用紙に生まれ変わることと、50年前に発表された写真集が決定版として生まれ変わることが、パラレルになっている。あくまでも結果論ではあるのですが、そのことに気づいたときは鳥肌が立つくらい興奮して、魔法にかけられたような気分になりました」と。

もしかすると本人は、こんなマジカルな出来事さえもごく自然に受け止め、「そういうこともあるかもしれない」とだけぽつりというのかも知れない。


そこにあるものを、誇張せず、矮小もせず、ありのままを面白がる。そんな写真家魂と、穏やかな人柄、巨匠然としていない温かみに触れ、これほど素敵な作家と同じ時代を生きていることは何と特別なことだろう。本作は、森山大道をよく知る人にはあらためて、そして彼をよく知らない人には初めて、そのことを気づかせてくれる一作となるに違いない。

タイトル

『過去はいつも新しく、未来はつねに懐かしい 写真家 森山大道』

公開

2021年4月30日(金)*公開スケジュールは公式HPを参照

会場

新宿武蔵野館、渋谷ホワイトシネクイントほか全国順次公開

URL

https://daido-documentary2020.com/

牧口じゅん|June Makiguchi
フリーランス映画ライター。共同通信社、映画祭事務局、WEBメディア・カフェグルーヴ勤務を経て独立。映画専門サイト、女性誌などを中心にインタビュー記事や、作品に登場するファッションや食、音楽、アートなど、ライフスタイルにまつわる話題を盛り込んだコラムを執筆。

Share

Share

SNS