8 December 2023

「即興 ホンマタカシ」展レビュー
「針穴の風景」ミヤギフトシ

8 December 2023

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「即興 ホンマタカシ」展レヴュー「針穴の風景」ミヤギフトシ | 「即興 ホンマタカシ」展 展示風景 撮影:髙橋健治

「即興 ホンマタカシ」展 展示風景 撮影:髙橋健治

「即興 ホンマタカシ」展は、部屋をカメラオブスクラに見立てて国内外の建築物などを撮影した〈THE NARCISSISTIC CITY〉と、同じ手法で富士山のある風景を撮影した〈Thirty-Six Views of Mount Fuji〉という二つのシリーズを中心とした構成となっている。英単語や数字などを含む抽象的なイメージに始まり、国内外の建築物、そして円形の鏡が複数吊るされたインスタレーション作品《Seeing Itself》の先に、富士山のある風景がいくつか展示されている。緩やかに区切られたスペースが回廊状に繋がる展示空間の中心には写真作品やピアノなどが置かれた暗い空間があり、閲覧者は展示空間に数箇所設けられた丸い穴――窓、といってもいいかもしれない――から中を覗く。部屋内部のほか、反対側に設置された穴の向こうの様子も伺うことができる前半の構成に存在する緊張感、暗い中心部がもたらす微かな不安、そして《Seeing Itself》に映り込む自らの反射を見て感じる所在なさを経て、〈Thirty-Six Views of Mount Fuji〉の部屋で安心感を覚えたことが印象に残っている。(〈THE NARCISSISTIC CITY〉にも感じたが、それよりも強く)風景の写真を目の前にしているのではなく、風景の中にいるような感覚が生まれた。

「即興 ホンマタカシ」展 展示風景 撮影:髙橋健治

「即興 ホンマタカシ」展 展示風景 撮影:髙橋健治

「即興 ホンマタカシ」展 展示風景 撮影:髙橋健治

「即興 ホンマタカシ」展 展示風景 撮影:髙橋健治

「即興 ホンマタカシ」展 展示風景 撮影:髙橋健治


その感覚には、覚えがあった。「即興 ホンマタカシ」展のオープンと時期をあわあせるかたちで、私とホンマのコラボレーション作品を展示する、「Before 9pm」と題した小さな展覧会を渋谷の書店ユトレヒトでも開催した。カメラオブスクラ――壁に設けた小さなピンホールからの光が、反対側の壁に部屋の外のイメージを映し出す――によって生み出された「即興 ホンマタカシ」展のイメージと呼応するように、私がピンホールカメラでホンマのポートレイトを撮影し、その写真を展示することになった。レンズ交換式のデジタルカメラも、ボディキャップに穴を開けるなどして簡単にピンホールカメラにすることができるらしい。カメラオブスクラよりもだいぶ小規模ながら、イメージが生まれる仕組みは同様だ(現代のカメラも原理は同じと言えるのだけれども)。ピンホールの撮影は初めてだったので、撮影本番までに練習も兼ねて写真や動画を撮っていた。そんな中、故郷の海を動画で撮影していた時、ピンホールを通ってモニターに映る、見知ったはずの風景のあり方に新鮮な驚きを抱いていた。

ユトレヒトで開催された「Before 9pm」展 展示風景

ユトレヒトで開催された「Before 9pm」展 展示風景


モニターのフレーム内に収まった映像をこちら側から見ている、という前提が消えていくように思えた。目の前に存在する風景が、針穴を通ることでもうひとつの風景になり、カメラという箱の中に広がっている。自分が当たり前のように続けてきた、見る・撮影するという行為とは違う、例えば日食の時に普段とは違う形の木漏れ日を浴びているような、カメラの内部に現れた風景の広がりの中に自分もいるように思えた。それは写真の原初的な手法がもたらすノスタルジアとは異なる、新しい風景の体験だった。もしかしたらカメラ・オブスクラに見立てた暗い部屋に現れる、富士山のある風景の中に身を置いた時の感覚に近いのかもしれない、と想像する。そしてそれを、〈Thirty-Six Views of Mount Fuji〉の展示室で感じている自分がいた。感光にかかる時間の長さも関係しているのかもしれないが、風景の移ろいに身を置いている、写真を見ているのではなく風景を体験しているという実感のようなものがあった。

「即興 ホンマタカシ」展 展示風景 撮影:髙橋健治

「即興 ホンマタカシ」展 展示風景 撮影:髙橋健治

「即興 ホンマタカシ」展 展示風景 撮影:髙橋健治

「即興 ホンマタカシ」展 展示風景 撮影:髙橋健治

沖縄で生まれ育った私にとって、富士山は地球の裏側にあるかのような、その存在を確かなものとして感じることができない「外側の風景」であり続けた。目の前にその風景を見ても、固定されたイメージに対峙しているようで、本当に存在している気がしない。だからこそ〈Thirty-Six Views of Mount Fuji〉の風景、その中に自分がいるという実感はとても新鮮だった。この居心地の良さはなんだろう。本作の制作にあたって、ホンマ自身が現地に赴くことは少なく、アシスタントがビジネスホテルの部屋などにカメラオブスクラを仕立て、ホンマは遠隔で指示を出していたらしい。作家と製作者の存在やその区切りは極めて薄く曖昧だ。対象への過剰な思い入れや埋められない隔たりの代わりに、デタッチメントがもたらす平坦な寛容さが広がっている。 物語性のない、しかし物語の気配に満ちた、ただの風景だ。だからこそ私は、あるひとつの風景としてそれを体験し、自分の身を置くことができたのだろう。小さな針穴(1)がもたらしたそれらの風景は、見ること・写真に残すことという、自分にとってすっかり自明のものとなった行為の再考を寡黙に促してくれる。そしてそれこそ、当たり前すぎて忘れてしまった、写真の根源的な作用であるはずなのだろう。

(1)私自身が同時期に刺繍作品の制作を行っていたこともあり、布に針を刺して(穴を開けて)糸を通し、ゆっくりとイメージを作り上げてゆく刺繍という営みと、針で開けた穴によっておぼろげな風景が流れてゆくピンホールを用いた映像撮影が自分の中で重なってゆく感覚があったが、それはもしかしたらあまりにもこじつけが過ぎるかもしれない。

タイトル

「即興 ホンマタカシ」

会期

2023年10月6日(金)~2024年1月21日(日)

会場

東京都写真美術館 2階展示室(東京都)

時間

10:00~18:00(木金曜は20:00まで、図書室を除く) 

休館日

月曜(月曜が祝休日の場合は開館し、翌平日休館)、年末年始(12/29-1/1)

料金:

【一般】700(560)円【学生】560(440)円【中高生・65歳以上】350(280)円*( )は有料入場者20名以上の団体、映画鑑賞券ご提示者、各種カード会員割引料金 

URL

https://topmuseum.jp/contents/exhibition/index-4540.html

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