私物の写真集のなかから3冊を選書してもらい、設定したテーマやセレクトした1冊ごとの魅力について本人に話を聞く連載企画「My Favorite Photobooks」。第8回は、クライアントワークから個人制作に至るまで、めざましい活動を繰り広げるアートディレクター/グラフィックデザイナーの脇田あすかを訪ねた。昨年、浅田政志の写真集『浅田撮影局』にデザイナーとして携わった際、「家族写真」というジャンルについて考えをめぐらせる契機が訪れた。同書のアートディレクターを務めた祖父江慎とともに、編集の仕方について思案を重ね、「写真作品としてどう昇華させるか」が勘所となることを導き出したという。この経験を踏まえ、単なる記録でも子煩悩でもない、作品として強度のある家族写真の作品群を選りすぐってくれた。
文=錦多希子
写真=大久保歩、趙慧美
テーマ:「家族」のあり方における多様性を感じさせる写真集
脇田の家族はとても仲が良い一方で、互いに個として尊重しあえる関係だそう。最近、幼少期に撮ってもらっていた写真やビデオを見返す機会があり、家族の愛を感じたと話してくれた。嬉々とした様子で手元に並べた写真集は、いずれも手馴染みのいいサイズであり、かつ赤の配色が印象的だが、「家族写真」というテーマにおいても共通項を見出せる。ソノダノアが娘・もくれんを被写体に撮影した写真と、娘の自筆したことばによって織りなされる『ケンカじょうとういつでもそばに』。花代が娘・点子を乳幼児期から10代にかけて撮り続けた写真とことば、また沢渡朔が点子をとらえた写真によって丹念に編まれた『点子』。写真家でありながらポストカードコレクターとしても名高いマーティン・パーの『FROM OUR HOUSE TO YOUR HOUSE』。作中の家族の姿を見て、一体何を思うのだろうか。
真っ先に手に取ったのはこの本。「刊行直後に買って以来、私の中でずっとトップにあります。一枚一枚の写真がすごい好き。単純にこの親子のファンなのかもしれません。かわいいなぁ、いつか会ってみたいなぁ」。冷蔵庫の扉を開けてよじ登る姿。手書きで綴られる、意味深な詩の数々。とても小学生とは思えないほど、大人びて映る。「色彩は鮮やかなものが多いのだけど、全体の雰囲気として和やかなものではなく、どこか一種の寂しさを感じます。“結局は家族も個人なんだ”と思えるというか」。そもそもの出逢いは、ノアさんのTwitterアカウントからの投稿が目に留まり、ドキッとしたのがはじまりだった。脇田自身も普段からSNSを活用しており、びっくりする出来事に遭遇すると、すかさず投稿してしまう。卒業制作以降継続して発表している『HAPPENING』もしかり、どこかに書き留めて共有する習慣があるのは、「それをなかったことにしたくない」という想いがあるからだ。些細な物事をそっと掬い取る豊かな感性は、観るものをハッとさせるような作品を生み出す源となっているのだろう。
タイトル | 『ケンカじょうとういつでもそばに』 |
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出版社 | KADOKAWA |
発行年 | 2019年 |
仕様 | ソフトカバー |
URL |
本作もまた、母である花代が娘を撮る。「こちらも、ちょっと距離があるように思えますね。先の『ケンカじょうとういつでもそばに』と『点子』は、装丁などぱっと見の佇まいは全然違うけれど、私にとって精神性の部分では近いかなと感じています」。職業柄、二種の箔押しや三方金といった製本仕様も見逃せないようで、完成度の高さを絶賛する。「撮りためていた期間の長さもあると思いますが、長く保存されたり、丁寧に扱われて欲しいという想いが伝わってきます」。沢渡朔の写真が登場するのもごく自然で、延長線上に存在しているのがすごいと漏らす。そして、随所に挟み込まれた言葉にもまなざしを向ける。「写真ももちろん好きですが、写真家においての言葉、それがとても大事だと思います。どんな言葉が添えられているかで、まったく印象が変わってしまう。必ずあとがきにも目を通しますが、写真作品をみてから読むのがマナーかな。言葉はすごく強いから、あまりひっぱられないようにしなきゃなと思う一方で、やっぱり伝わるものがある。パーソナルな部分がわかったほうが、そのひとの作品を観やすいというのはありますよね。当人の視点を知ると、作品の見方も変わってくるのかなって思います」。
タイトル | 『点子』 |
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出版社 | Case Publihing |
発行年 | 2016年 |
仕様 | ハードカバー |
URL |
親子の関係性から一転して登場するのは、ひと昔前のアルバムを彷彿させる装丁の『FROM OUR HOUSE TO YOUR HOUSE』。収録されたグリーティングカードはいずれも、マーティン・パーの錚々たるポストカードコレクションの一部で、どうやらアメリカの典型的な家族がクリスマスやホリデーに贈ったものらしい。彼のユーモラスなセンスが、どうして脇田に揺さぶりをかけたのか?それを紐解くには、学生時代に訪れたブルックリンの古道具屋「Junk」での体験に遡る。倉庫のような空間に、家具から切手に至るまでありとあらゆるものが置かれた店内。テーブルの上に置かれた大きな箱のなかには、無名の、ごくありふれた家族のグリーティングカードや写真プリントがたくさん収められていたのだという。いたく感動し、衝撃を受けたこの経験は、自身の作品「HAPPENING」にも影響を与えた。「写真って“記録”じゃないですか。もともとはこういう、家族とか身近な物事を残しておくものなんだと改めて感じて。原点だと思います。私自身も一番最初に触れた写真って、家族写真だっただろうし。この、ピュアでハッピーな感じが愛しいですね」。
タイトル | 『FROM OUR HOUSE TO YOUR HOUSE』 |
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出版社 | Dewi Lewis Publishing |
発行年 | 2002年 |
仕様 | ハードカバー |
URL | https://www.martinparrfoundation.org/product/from-our-house-to-your-house/ |
脇田あすか|Asuka Wakida
1993年生まれ、愛知県出身。東京藝術大学デザイン科大学院を卒業後、コズフィッシュに所属。展覧会や書籍のデザインに携わりながら、豊かな生活をおくることにつとめる。主な仕事にPARCOの広告、雑誌『装苑』のデザイン、ドラえもん50周年ポスターなどを手がける。また、個人でもアートブックなどの作品の制作・発表を続けており、2019年には、自身の日々の記録とそれにまつわる人物たちのイラストが1日分ずつ見開きにまとめられた作品集『HAPPENING』を出版。
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