マルチプルなアーティストでファッションデザイナー、そして写真家でもあるエディ・スリマン。彼の写真展「Sun of Sound」が、上海の「Almine Rech」にて開催中だ。彼の展覧会開催は2014年にパリのピエール・ベルジェ=イヴ・サンローラン財団で開催された写真展「Sonic」から実に7年ぶりで、中国では初の個展となる。
文=唐詩
翻訳=サウザー美帆
モード界に衝撃を与え続ける孤高のデザイナーとして知られるエディ・スリマンは1968年にパリで生まれ、初めてカメラを手にしたのは11歳。以来、モノクロ写真の虜となり、暗室での現像に熱中する。同時にファッションの世界にも興味を持ち、16歳の時に「似合う服が自分にない」という理由から独学で服をつくり始めた。ルーブル美術学校を卒業後、ジョゼ・レヴィ、イヴ・サンローランなどを経て、2000年にディオール オムのクリエイティブ・ディレクターに就任。それまでのデザインを一新した革新的なコレクションは、最早伝説だ。が、2007年には写真への渇望から、ディオール オムを離れフォトグラファーに転身。ロサンゼルスに移り住み、同時に写真ブログ「Hedi Slimane’s Diary」を開設。これは今も更新している。一方で、ベルリン、モスクワ、パリ、ニューヨーク、ロンドンなどで撮影した10年間の作品をまとめた4冊セットの『Anthology of A Decade』(2011年)をはじめ、数多くの写真集も出版。写真への情熱をさまざまな形で表現し続けている。
エディ・スリマン
2012年、彼は再びモードの世界に戻り、イヴ・サンローランのクリエイティブ・ディレクターに就任するが、2016年に再びアートの世界に没入。その二年後にはセリーヌの現アーティスティック、クリエイティブ&イメージディレクターに就任。とにかく毎シーズン賛否両論で常に話題を呼ぶが、自身のクリエイションについて語ることは少ない。が、そのスタイルの根本には、彼がリスペクトするロックミュージシャンたちからの多大な影響があるというのは周知の事実で、それは写真でも同じだ。
ストリートのナイトライフ、ユースカルチャー、アンダーグラウンドバー、ライブミュージック、中でも特にオルタナティブ・ロックや無名のインディーズバンドに傾倒し、若いアーティストたちを意欲的に撮影。その写真によって注目されるようになった若いパフォーマーもいる。
「本当の意味での自由がそこにある」と彼は常々語っているが、2月8日にオンラインで公開された、「TEEN KNIGHT POEM」をテーマとしたセリーヌ オム2021年秋冬メンズコレクションでも、ロックへの憧憬は健在だった。フランス・ロワール地方のシャンボール城を舞台とした13分のショートフィルムで、彼はクロスオーバー・アーティストとしてのセンスを遺憾なく発揮。映像、音楽、ファッションを融合した見事なコレクションが内包するのは、反抗的なティーンネイジャー、高貴な血が流れる騎士、クラシカルなラッフルカラーやマント、性別が曖昧なデザイン、THE LOOMによるコールドウェイヴ的なサウンドなど、そのすべてが今のエディ・スリマン自身を体現したものだった。
セリーヌ オム2021年秋冬メンズコレクション「TEEN KNIGHT POEM」
中国のネットユーザーの中には、「エディ・スリマンのファッションは現代の若者にとっての媚薬」と信奉する者も多いが、このエクストリームなコレクション発表の余韻も冷めやらぬうちに、今回、中国初の写真展が開催されたのは絶妙なタイミングともいえる。ここで彼のスピリチュアルなルーツを、よりリアルに感じることができるからだ。
エディ・スリマンの創造性を俯瞰できる中国での初個展
音楽シーンに焦点を当てた作品の数々を展示する本展は、2つの空間から構成されている。展示空間に入る前に、静謐なギター音とともにまず目に飛び込んでくるのは、2011年にブリュッセルのアルミネ・レッシュでの展覧会「FRAGMENTS AMERICANA」で展示されたサウンドインスタレーションだ。ここで一瞬にしてエディ・スリマンの世界に誘い込まれる。
エディ・スリマンのサウンドインスタレーション Photo: Alessendro Wang Courtesy of Almine Rech
音楽は彼の美学の礎であり、ファッションは彼が敬愛するミュージシャンへのトリビュート。2020年にVOGUE誌のインタビューで、彼はこのように語っている。「音楽が完璧でなければショーのトーンは決まらない。音楽とモデルのラインナップがショーのスタイル、その信頼性とリアリティを決定する。耳で聞いたこと、目で見たことは一部に過ぎない。それらをすべて合わせて全体を成す。映画やミュージックビデオのように、ショーでは音とビジュアルを完全に一致させる」
11分59秒のギター演奏を軸にしたこのインスタレーションも同様だ。それはこの小さな展示をじっくり見るのに最低限必要な時間の長さでもある。
このインスタレーションを中心に写真作品が展示され、展覧会のタイトルが示すように、このマシンは太陽のような存在としてそこにある。「音楽の持つ自由な感覚に自分は常にインスパイアされ続けている。ポップカルチャーにおいて、これほど大きなインパクトを持つものを他に知らない」という彼の言葉を、音と写真が織りなす心象風景がクリアに代弁しているかのようだった。
この展覧会のリリースで、上海撮影芸術センターのディレクター、カレン・スミスは、イギリスの詩人で音楽プロデューサーでもあるジョージ・ザ・ポエットの、「音楽をつくることは大きな夢を見ることに似ている」という言葉を用いて、スリマンが切り取るアーティストとオーディエンスの高揚した表情、そこから溢れ出る興奮と震えの魅力について言及しているが、それをストレートに実感させる作品もある。そのひとつがサウンドインスタレーションの横にある、初期の作品からなる小さな“ライブハウス”的なコーナーだ。
アルミニウムに印刷され、床からスタンド式に展示されている「CRASH 01」(2007)、21世紀の英国ロックの寵児ピート・ドハーティを追った「London, Birth of a Cult」(2005)からの2点、ベルリンの街で刹那の輝きを見せる若者たちを撮った「Berlin Untitled」(2003)からの3点。溢れ出るシズル感、反骨精神をさらけ出すミュージシャン。その周りを取り巻くロックシーン。動あるいは静のディテールが漂わすある種の熱狂が、鑑賞者の心にじんわりと迫ってくる。
もうひとつの展示スペースでまず目にするのは鏡の彫刻「Portrait of a performer, 2006」。これはチューリッヒで行われた同名の個展で展示されたもの。そして数々のポートレイト。エイミー・ワインハウス、ルー・リード、ザ・ガーデン、ピーター・ドハーティ、キース・リチャーズ、ジョン・ライドンなどの音楽界の著名アーティストたちだ。しかし彼らの名前は表示されていない。その焦点は明らかにスターの顔を超えた先にある。
「気取りのない、その人の人生の一瞬を切り取ったようなシンプルな写真が好き」と彼は語っているが、そこにあるのはまさに「a performer/一人のパフォーマー」のある一瞬。見る者にとってそれはある意味、写し鏡のような存在で、そこは人々が自分を重ね合わせ、自分を見つめ直すというショーの一部にもなる。
白壁にモノクロ写真というシンプルなディスプレイの空間では、フロアにヒョウ柄のカーペットが使われ、展示空間にモードのトーンが添えられていた点にも目を引かれた。かつては俳優やモデル、上流階級の女性が身に付けていたヒョウ柄がメンズファッションに取り入れられ始めたのは70年代。それはロックカルチャーが隆興し、若者たちが性別の曖昧さ、反抗心、非常識、過度な服装の自由などを崇拝し始めた時代でもある。ロック全盛期へのオマージュが、このヒョウ柄のフロアにも表現されているのだろうか。
「みんながメモを取ったり考えを書き留めたりするように、私は写真を撮る」と語るように、写真は彼にとって生活の一部分だ。この展覧会で鑑賞者は、エディ・スリマンの目(=レンズ)を通して見た世界を見るが、そこには確固としたロジックなどはなく、例えば散歩の途中にふと出会う光景のようなナチュラルな感触がある。鑑賞者は彼が何を感じているのか推測しながら、自分自身の思索や解釈に耽溺する。彼が常にこだわる「自由」がそこにある。
中国での初個展はとても小規模な回顧展ではあるが、モードとアートの世界を行き来するエディ・スリマンの創作の源を理解するには、十分に凝縮された内容だ。
タイトル | 「SUN OF SOUND」 |
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会期 | 2021年3月19日(金)~4月30日(金) |
会場 | ALMINE RECH(上海) |
時間 | 10:00~19:00 |
休廊日 | 日月曜 |
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