7 May 2021

New Voice ニューヨークの若手写真家ファイル
#07 ファラ・アル・カシミ

7 May 2021

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ニューヨークの若手写真家ファイル #07 ファラ・アル・カシミ | ファラ・アル・カシミ

写真専門書店Dashwood Booksに勤め、出版レーベルSession Pressを主宰する須々田美和が、いま注目すべきニューヨークの新進作家たちの魅力をひもとく連載。世界中から集められた写真集やZINEが一堂に揃う同店では、定期的にサイン会などのイベントが開かれ、アート界のみならず、ファッション、音楽などクリエイティブ業界の人たちで賑わいをみせている。ニューヨークの写真シーンの最前線を知る須々田が、SNSでは伝わりきれない新世代の声をお届けする。

インタヴュー・文=須々田美和

アブダビ出身で、現在はニューヨークを拠点に活動するファラ・アル・カシミは、いま最も注目を集める写真家のひとり。IMA Vol.35の表紙を飾る彼女は、今年のアルル国際写真フェスティバルが主宰するディスカバリーアワードを受賞し、オランダのハウスマルセイユ美術館で行われる新人作家のグループ展に参加するほか、Capriciousからの写真集『Hello Future』の刊行も控えており、その勢いは止まらない。昔ながらの伝統が色濃く残る一方、急速な経済発展を遂げるアラブ首長国連邦(UAE)で、言葉だけでは表現しきれない文化や価値観の融合や衝突をとらえるアル・カシミの写真。目を奪うカラフルなビジュアル、そして巧みなストーリーテリングを可能にした背景を探るべく話を訊いてみた。

―まずは、独自の世界観にも影響を与えているあなたのルーツ、そして写真との出会いを教えてください。

アラビア半島の東南端に位置し、ペルシア湾に面したUAEのアブダビで生まれました。UAEは19世紀後半からイギリスの保護統治下に長くあったつの首長国が、1971年にその支配下から独立して建設された新しい国家です。外国企業の誘致を積極的に進めてドバイを世界最大規模の貿易港にするなど、さまざまなポストコロニアル政策を行いながら経済発展を遂げる国家において、自分が生まれ育った街が他国の影響を受けて急速に変化する様を目の当たりにしました。小さい時は、海で魚を獲ったり泳いだりしてのんびりと過ごしたり、日本の漫画や映画、ビデオゲームで遊ぶのが好きでした。私の写真がユーモアにあふれ、遊び心があるといわれるのは、日本から輸入された視覚表現に少なからず影響されていると思います。母がレバノン出身のアメリカ人だったこともあり、アメリカの大学に進学したのですが、初めは音楽を専攻していました。選択科目の美術のクラスで写真に関心を持つようになり、大学院で写真学部に入りました。

Lady Lady, 2020

Lady Lady, 2020


―伝統的な装飾品、エキゾチックな食べ物、欧米の人形や香水、化粧品などさまざまなモチーフを色彩豊かにとらえています。文化的コードは、どのように読み解けばいいでしょうか?

装飾性に富んだビジュアルに仕上がっているのは、私の生まれ育った環境が大いに影響していると思います。アブダビは、急速な経済発展によって高速道路や高層ビルが次々に建設され、街のいたるところに貼られた高級ブランドの広告がシーズンごとに変わる、騒々しいながらも華やかな都市ですから。情報量の多い写真もある一方で、顔が隠れていたり、影だけを写したりした写真もシリーズに含めることで、見る人にさまざまな解釈を与える余白を残すようにしています。写真の素晴らしさは、見る人の背景によって解釈が異なり、その多様な見方から興味深い議論が生まれる可能性にあると思います。例えば、男性同士が鼻を寄せ合っている「Nose Greeting」は、アラブ社会では、伝統的な挨拶で性的な意味はありませんが、このような風習のない文化圏の人は、別の読み解き方をするかもしれませんよね?

Nose Greeting, 2017

Nose Greeting, 2017


―解釈の余地を残しながらも、現代のアラブ社会を雄弁に語るイメージを生み出すために気をつけていることは?

ショッピングセンターのような公共の場でも撮影しますが、友人や親戚のプライベートな空間を撮ることが多いです。独立後のUAEが目指した未来の展望は、私たちの伝統的なもののとらえ方やコミュニケーションのあり方に、さまざまなレベルで衝突を生みました。家というものは、個人レベルの興味関心や社会的な価値観など多様な要素が混在し、現代社会の縮図のようなものだと考えています。日常生活にある、文化的な背景や昔からの風習が反映された心理的なものと物質的なものの両方をとらえたいのです。例えば、「Noora’s Room」は、友人のプライベート空間である寝室で撮影した一枚。彼女の持ち物や服装などの視覚情報から、アイデンティティや社会から受ける影響を検証することができます。また、映像作品「Um Al Naar: Mother of Fire」では、文化の消費、近代化によって支払う代価、古いしきたりに対する疑問をテーマにしました。私は、一貫して異文化や近代化と伝統との衝突が、個人および社会のアイデンティティに与える影響とその意味を模索しています。

Noora's Room, 2020

Lunch, 2018


―今年5月にCapriciousから出版される写真集『Hello Future』について教えてください。

去年、コロナ禍でニューヨークが騒然としている中で、Capriciousが主宰する写真賞を受賞したという知らせを受けました。その副賞として写真集を出版してもらえることになり、大学卒業後に制作した初期作品、新作の写真シリーズ、映像作品、横浜トリエンナーレやドバイとニューヨークでの展示風景の写真も収録する予定です。2015年からこれまでの活動の総まとめとなる1冊になります。

Hello Future


─パンデミックによって、多くの人々がニューヨークを離れました。オンラインによる情報発信やコミュニケーションがますます当たり前になってきましたが、ニューヨークに残り作家活動することに意義を感じますか?

ニューヨークは、自分で築き上げた大事なコミュニティがある街です。この街に住む尊敬する多くのアーティスト仲間や、仕事で出会った人たちに支えられてこれまでやってきました。彼らと直接会って話をすることによって、意義のある意見交換ができていると思います。撮影のために一時的にニューヨークを離れることはありますが、継続的にクオリティの高い仕事をするには、集中して仕事ができる一定の場所が大事だと思っています。現在はブルックリンにスタジオを構えており、ニューヨークを離れることは選択肢にはありません。

―若い世代の写真家にアドバイスをお願いします。

スーザン・ソンタグが、良い写真家になるための条件を尋ねられ、「最高の写真を撮る写真家は、身の回りで起こっていること対して常に細心の注意を払っている」と答えているように、いつでも好奇心を持ち、細やかに、そして客観的に物事を見ることが大事だと思います。写真家として制作や展示活をするだけでなく、教育に関わったり、コマーシャルやエディトリアルの撮影もしたりして活動の幅を広げる方が、これからの時代に合っているように感じています。

*IMA Vol.35掲載のインタヴューに一部コンテンツを追記した記事になります。

ファラ・アル・カシミ|Farah Al Qasimi
1991年、アラブ首長国連邦、アブダビ生まれ。イェール大学にてアートを学ぶ。現在は、ニューヨークを拠点に活動するアーティスト、映像作家、ミュージシャン。欧米と中東の文化と視覚言語に精通し、ドキュメンタリー写真やルネサンス絵画など多様なイメージの構成や解釈の仕方を巧みに取り入れ、中東の姿をリッチな色彩と質感でミステリアスに描き出す。2020年、Capricious Book Awardを受賞し、翌年5月に写真集『Hello Future』を刊行予定。

須々田美和|Miwa Susuda
1995年より渡米。ニューヨーク州立大学博物館学修士課程修了。ジャパン・ソサエティー、アジア・ソサエティー、ブルックリン・ミュージアム、クリスティーズにて研修員として勤務。2006年よりDashwood Booksのマネジャー、Session Pressのディレクターを務める。Visual Study Workshopなどで日本の現代写真について講演を行うほか、国内外のさまざまな写真専門雑誌や書籍に寄稿する。2013年からMack First Book Awardの選考委員を務める。2018年より、オーストラリア、メルボルンのPhotography Studies Collegeのアドバイザーに就任。
https://www.dashwoodbooks.com
http://www.sessionpress.com

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