10 June 2021

AMBUSH® YOONインタヴュー、
私が写真とライカに惹かれる理由

10 June 2021

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AMBUSH® YOONインタヴュー「私が写真とライカに惹かれる理由」 | AMBUSH® YOON

ロバート・キャパに認められ、マグナム第4代会長を務めたオーストリア人フォトジャーナリストで「色彩の魔術師」と呼ばれたエルンスト・ハース。同じくマグナム所属で、ストリートの生きた風景を独自の色彩感覚と構図で表現し続けてきた現代を代表する写真家アレックス・ウェブ。ジンバブエの農民を撮影したドキュメンタリーシリーズを機にファッション写真家としてだけでなくアートフォトグラファーとしても地位を築いた米写真家のジャッキー・ニッカーソン。同じくファッション写真家として多数のキャンペーンを手がける一方、幼少期に過ごしたアフリカをテーマにした作品等、コンセプチュアルな作風で高く評価されるオランダ出身のヴィヴィアン・サッセン。AMBUSH®のデザイナーでディオールのメンズアクセサリーデザイナーも務めるYOONが選んだのは、これらリアルライフの無作為でマジカルな一瞬をそれぞれに異なるアプローチで切り取ってきたアーティストたちの作品集だ。こうした作品に惹かれるのは、作為に満ちたファッション業界に属する者の反動なのか。それとも……?自身も多数のカメラを所有し、日々それらを手に街を歩く彼女に、彼ら写真家たちの魅力から、写真を撮るという行為の背景にある想いを聞いた。

撮影=飯塚茜
文=龍見ハナ

AMBUSH® YOON

―今回、なぜこの4名の作品集を選ばれたのでしょうか?

写真には本当にさまざまなジャンルがありますが、私がつい手に取ってしまうのは、ストリート写真や抽象的な作品なんです。彼ら4人に共通するのは、写真の慣例にとらわれない独自の色使いと、セットアップされていないリアルな人々や風景にレンズを向け続けてきた作家であるということ。ジャンルやスタイルという既存の枠に決してとらわれることなく撮っている点も、圧倒的な自由を感じます。

ハースにしてもウェブにしても、フォトジャーナリスト的な要素はあるけれど決して保守的ではない。『LIFE』的じゃないというか。報道の視点ではなく、パーソナルな日記のようですよね。そんなふうに、私はどちらかというと、いわゆるファッション写真の王道のように作りこまれた状況下で撮影された写真ではなく、偶然から生まれたものの中に美を見出すアプローチに惹かれるんです。

―「自由である」ことがポイントですか?

そうですね。以前から写真は好きでしたが、最近特に影響を受けるようになったのには理由があるんです。というのも、少し前、仕事に疲れてしまった時期があって、以前のようにワクワクできなくなってしまった。そういうときに、こうしたフォトグラファーたちの作品に触れて気づいたのが、既存のものを新しい目で見ようとするアティテュード。それが単純にすごいし、とてもポジティヴなマインドだと思ったんです。

彼らは街を歩きながら、そこにいる人々や風景の偶然の一瞬をとらえ、リアリティからファンタジーを生み出している。私も、こういう目で世界を見られる人間になりたいな、と。

YOONさんがインスパイアされるという4人の写真集。

エルンスト・ハース『New York in Color 1952-1962』

ジャッキー・ニッカーソン『terrain』

アレックス・ウェブ『HOT LIGHT / HALF-MADE WORLDS Photographs from the Tropics』

アレックス・ウェブ『The Suffering of Light』

ヴィヴィアン・サッセン『PIKIN SLEE』

ヴィヴィアン・サッセン『HOT MIRROR』


―既存のものを新しい視点で見た写真たちが、YOONさんのデザインに影響を与えることもありますか?

もちろんです。例えば、カラーパレットに悩んだときにはサッセンやウェブなどの作品を見てヒントを得ることは多いです。普通の人には取るに足らない風景の意図のない瞬間を切り取っているのに、完璧な色のコンビネーションが生まれていて感嘆します。

ヴィヴィアン・サッセンの『HOT MIRROR』。サッセンらしいヴィヴィッドな色使い。

アレックス・ウェブの『HOT LIGHT / HALF-MADE WORLDS Photographs from the Tropics』。ドキュメンタリー調でありつつも、完璧な構図と色が美しい。


―ファッションフォトグラファーの中にもさまざまなタイプのクリエーターがいますが、YOONさんが一緒に仕事をする人たちもセットアップしないタイプの作家が多いように思います。

例えばアーヴィング・ペンみたいに、本当に緻密に、まるで手術する医者のようなアプローチで撮る人もいれば、それとは真逆のユルゲン・テラーのような写真家もいる。私はどちらかというと、熟考して完璧な準備のもとで撮る人よりも、テラーのように目の前の状況のある一瞬をパパっとレンズに収めるタイプに惹かれます。以前、テラーに雑誌『SYSTEM』で撮影してもらったことがあるのですが、1分で終わりました(笑)。取り立てて特徴もないガーデンで撮ったんですが、できた写真を見ると、光の入り方も私が着ていた服の見え方も全てが完璧でした。

ファッションの世界では、大御所と呼ばれるような写真家たちが主要メゾンのキャンペーンやエディトリアルを撮影することが多いのですが、個人的には、いわゆるキャンペーンはしっくりこない。ファッションの要素はもちろん入れるのだけれど、それ以上にリアリティを大切にしたい。だから、ユニクロのプロジェクトでコラボレーションしたタイラー・ミッチェルなど、新しいヴィジョンを持ったフォトグラファーと仕事をするのが好きです。

―YOONさんご自身も相当なカメラ好きで、写真も撮っていらっしゃいます。彼らのような写真を撮りたいという意識はありますか?

これまでに挙げてきた写真家たちは、すごい動体視力の持ち主で、直感的に撮るべき瞬間が分かってしまう。私もそういうふうに撮りたいというより、彼らのようにモノや世界を見る目を獲得したい。写真を撮る行為を通じて目と脳を鍛えたいんです。

YOONさんのカメラコレクション。コンタックスのフィルムカメラや富士フィルム、ニコンや奥にはライカのレンズと本機が並ぶ。もともとガジェット好きという。

コンタックスのフィルムカメラは夜遊びシーンに持っていくという。フィルムは「何が撮れているのか分からない面白さ」とYOONさん。


―ものを見る目を養う訓練ということですね。

デザイナーという職業上、常にアイデアをアウトプットしているわけですが、アウトプットしすぎると、ときどき脳が疲れてしまうんです。思うようにアイデアが出ずにフラストレーションが溜まったり、ネガティヴに考えてしまったりと、悪循環に陥りがち。あるいは、それまでやってきた方法に固執してしまうことがある。そうならないためにも、何でもないところにある美しさや、普段見ている景色の中に新しさを見出だせるようになりたい。前向きに楽しみながらトレーニングをしている感覚ですね。

事実、不思議なことに、カメラを持って外に出ると、どんなに慣れ親しんだ場所や風景でも、自ずと何か新しい視点を探すようになるんです。そして必ず、何かしらの発見や驚きがある。それはカメラの不思議な力かもしれません。

―常に新しい視点を探すのは大変ではないですか?

当然、プレッシャーもありますし、ストレスを感じることもあります。でもそれをネガティヴに考えず、 また、無理やりポジティヴな方向に持っていくのでもなくて、どうすれば楽しく乗りこえられるかを考えた方がいいなって。

私は、世の中には100%新しいものなんてないと思っているんです。自分では新しいと思っても、既に誰かがやっていることだったりする。だったら、自分の食指が動く方向に自由に動けばいい。数年後にカメラに飽きてオンラインゲームにはまっているかもしれないけど、それで良いと思うんです。自分の興味関心が自然に向くところに行って楽しく勉強して、自分のものにしてアウトプットする。それが人生の楽しさじゃないでしょうか。

―もっと上達したいという欲求もありますか?

(少し考え込んで)……せっかく良いカメラを持っているんだから、ちょっとは上達した方が良くないですか(笑)?あと、勉強するのは大事と思っています。知ることで、ものごとのより深い部分を見ることができますから。

いま、ライカでゾーンフォーカスをいろいろ試しているところです。ストリートでパッと目に入った瞬間を逃さず撮るためには、どうしてもオートフォーカスでは遅いので。だから、ゾーンフォーカスで撮る方法を身体の感覚として身につけたいんです。

ライカはQ2、M10-R、M7を使用。現在ゾーンフォーカスを勉強中。

レンズもたくさん所持。16mm、21mm、28mm、35mm、50mm、90mmと用途に合わせて揃えている。


―なぜライカに惹かれるんでしょう?

やはり、すごく考えられたデザインのものって、持ったときに気持ちが高揚する。ライカはそうしたもののひとつで、これを持った瞬間気持ちが変わります。ひとつずつ丁寧に作られたものからは、作り手の愛が伝わってくるんですね。

―最後に、写真で記録することの意義を教えていただけますか?

ほかの人にとっては取るに足らないものかもしれないけど、自分の中では、写真に残しておくことで、そのときの匂いとか温度、気持ちまでもがイメージとともに記憶されるような感覚があります。だから最終的には、その瞬間瞬間の経験は写真でしか残せないのではないかとすら思っています。

AMBUSHR YOON

YOON
ファッションブランドAMBUSH®デザイナー。2008年夫であるVERBAL(m-flo)とともにAMBUSH®をスタート。2015年初の展示会をパリ・メンズファッションウィークで開き、ファッションメディアBusiness of Fashionの「ファッション界を変える世界の500人」に抜擢。2018年よりディオールのメンズアクセサリーデザイナーも務める。2021年にはモエ・エ・シャンドンとコラボレーション。東京発グローバルなブランドとしてファッションシーンを牽引している。

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