ヴィヴィアン・サッセンはこの写真集『IN AND OUT OF FASHION』に関して「アフリカ文化に影響を受けた」と述べている(*前回の「ヌード写真集には<生と死>が表現されている」というのも、筆者の持論ではなく、作者の発言による)。シンプルに言って<アフリカ>は、音楽は元より、服飾、料理、映画、文学に至るまで、インスパイアを与える力が非常に強い文化圏である。
過去、多くのクリエイターが「アフリカに影響を受けた」と、衒いなく発言し、インフレギリギリにまでなった時期もある。しかしそのほとんどは無邪気で無責任なものであって(一時期のインドのそれに似て)、非アフリカ人がアフリカンカルチャーの中枢に触れ、かつそれを、アフリカから遠く離れた場所でクリエイトにしっかり活かしている例、というのは非常に稀だ。
そんな中、本作は、「アフリカ文化に影響を受けた」という、アフリカ文化の研究家にとってはナイーブにならざるを得ない発言に、しっかりした強度がある稀有な例である。20世紀的なエキゾチズムの作法で、アフリカ文化のフラグメントを記号化し、貼り付けて一丁上がり、と云った、安易なやり方をヴィヴィアン・サッセンはしない。アフリカ文化の本質を捉えた上で、一度完全に抽象化することに成功しているし、それはタイトル通りファッション写真集である本書の、服のデザイン、メイク、モデルのポージング、と云った視覚情報だけではなく、「ページをめくるたびに写真が変わる」という、写真集の属性の中で不可避的に発生するリズム、そこに絡みつく様々なファクターの変容、と云った、音楽的なリージョンにまで強い「アフリカ性」を感じさせる。
『amapiano』は、広大なアフリカ大陸の中で、音楽的な遺産は最低と言われ続けてきた南アフリカ共和国から、ここ最近生まれたエレクトロニカで、アフロアメリカンではなく、南アフリカ共和国人である純アフリカンが創った、完全ルームメイドのダンスミュージックである。そのほとんどは「アフリカ」のセルフパロディや拡大再生産性を含んでしまうのだが、Teno Afrikaの、この曲だけは「まるでヴィヴィアン・サッセンの写真集のように」、アフリカを抽象化し、エキゾチックで安易な記号を完全に排除している。デジタルで図太い空間感覚と、突発的、散発的に起こる小さな事件の無関係性と関係性、一貫性を持たないような独特の物語構成等々、20世紀までのアフリカンミュージックが持っていなかったアフリカ性をコンピューター上で再発見したような音楽である。端的にここでは、手垢のついた「プリミティヴな生きる歓び」のような物が、一聴するに全く感じられない。生命力の在り方が完全に新しい。
アフリカのコスモポリタニズムはあらゆるジャンルで進められているが、オランダ人であるサッセン(彼女は幼少期に、短期間アフリカ在住者だった)と、南ア在住アフリカ人、Tenoの作品を同時に鑑賞するとき、21世紀におけるアフリカンカルチャーのあり方の、最初の完成形であるかの如く感じられる。非常に幸福な関係だと言える。
タイトル | 『IN AND OUT OF FASHION』 |
---|---|
出版社 | PRESTEL |
出版年 | 2013年 |
URL |
菊地成孔|Naruyoshi Kikuchi
音楽家・文筆家・大学講師。音楽家としては作曲、アレンジ、バンドリーダー、プロデュースをこなすサキソフォン奏者、シンガー、キーボーディスト、ラッパーであり、文筆家としてはエッセイストであり音楽、映画、モード、格闘技などの文化批評を執筆。ラジオパースナリティやDJ、テレビ番組等々出演多数。2013年、個人事務所株式会社ビュロー菊地を設立。著書に『次の東京オリンピックが来てしまう前に』『東京大学のアルバート・アイラー』『服は何故音楽を必要とするのか?』など。
>「菊地成孔の写真選曲集」連載一覧はこちら