パンデミックの影響で人と物の流れが制限され、写真シーンにもその影響は表れている。ニューヨークの写真専門書店Dashwoodに勤める須々田美和が売り場にいて改めて感じるのは、実際に写真集を手に取って鑑賞する行為が作品に対する理解や愛を深めるのにいかに役立つかだという。作品が断片的に切り取られて紹介されるインターネットやSNSとは異なり、写真集は作家のビジョンを総合的に表現した集大成といえる。須々田による連載「ニューヨーク通信:Photobook Now」では、現地で話題になっている新刊3冊を紹介。そして、そのうち1冊の著者によるショートインタビューも掲載する。作り手と交流できる場が少なくなっているいまだからこそ、生の声もお届けしたい。
インタヴュー・文=Miwa Susuda
撮影=森山綾子
協力=Dashwood
第4回で紹介する3冊は、アメリカ社会で注目される機会が少ない国内のコミュニティに焦点を当てたドキュメンタリー写真集。すべてに共通するのは、長い期間を費やし、作家の意気込みが詰まった結晶といえる点だ。1冊目は10年の歳月をかけ、人里離れたフロリダ北部の田舎町を撮ったカレン・ハトルバーグの『River’s Dream』。ロードトリップをテーマにした写真集は歴史上数多くあるが、ハトルバーグの作品がそれらと一線を画す点とは何か? ビデオインタビューを通して作品に込めた思いを聞いてみた。2冊目は、白人の貧困層が多く居住するアパラチア山脈のコミュニティに12年間生活しながら制作した、女性作家ステイシー・クレネッツの初の写真集『As It Was Give(n) To Me』。最後の1冊は、70年代中期よりマグナムフォトに所属するスーザン・マイゼラスの代表作『Carnival Strippers』の第三版。初版のモノクロ写真集を再版した1冊、未公開のカラー写真やマイゼラス自身の手記などを含めた別冊の写真集と2冊組で構成され、当時のプロジェクトをさらに振り下げている。インターネットやソーシャルメディアの影響から、情報の新しさや効率、素早いリアクションを優先する昨今の社会の流れとは真逆のアプローチで制作された3冊は、いま一度写真のあり方を問う機会を与えてくれるだろう。
カレン・ハトルバーグ『River’s Dream』
本書は、2015年にマグナム財団から助成金を受け、フロリダ北部の街で親交を深めた家族や風景写真を10年の歳月をかけて撮影したシリーズ。現地の灼熱の太陽による暑い日差しや、沼地が多く湿度の高い土地を表現するため、光沢が適度に抑えられた厚めの紙を選び、リアリティを最大限に描きだすために印刷方法にもこだわりが詰まっている。さらに、ワニや蛇などの爬虫類を撮影した写真がその土地を象徴するモチーフとして意識的に挿入されており、その土地に漂う暑くて濃厚な空気感が本からあふれ出てくるようだ。
本作は、これまでに多くの作家が挑戦した「ロードトリップ」というスタイルの作品であるが、ハトルバーグは、作家優位の姿勢で未開の土地を考察するのは思い上がりであり、ナンセンスだととらえている。彼にとって、ドキュメンタリー写真は、被写体とのコラボレーションがあってこそ成り立つものであり、作家と被写体の平等な立場であることを重要視する。撮影時は、事前にコンセプトを決めず、頭の中をフリーな状態に保ち、直感や偶然性を大切にするのは、目の前にある物事や人物へ先入観を持たずに真摯な視線を向ける姿勢の表れである。本作の編集方法の特徴として、何年もかけて撮影し続けたひとつの家族の写真、風景写真を時折り挿入することで場面を変えたりすることで、全体の流れが把握しづらい印象を与えている点が挙げられる。ハトルバーグはその独自の手法を「ドリームロジック」と呼び、作家の被写体に対する見方を決定づける手がかりを消し去る工夫を意図的に施している。その結果、見る者の想像力をかき立て、作家、被写体、読者の3者間のヒエラルキーも平等に保つ効果を生み出しているのだ。ビデオインタビューの最後にハトルバーグに良い作品を撮る秘訣を尋ねると、ハードワークに尽きると語る。「近道はないし、一夜にしてヒーローになって世界を驚かす大写真家になることなど絶対にないのだから、コツコツと撮り続けていく、その一点に尽きると思う。それから本能的な直感に突き動かされて作品を作っていくことが、大切だと思います』と、作家として基本的な姿勢を貫くことの大事さを伝えてくれた。
タイトル | 『River’s Dream』 |
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出版社 | TBW |
発行年 | 2022年 |
URL |
ステイシー・クレネッツ『As It Was Give(n) To Me』
12年の歳月をかけて制作された本書は、ケンタッキー州、ノース・キャロライナ州、テネシー州、バージニア州にわたるアパラチア山脈地帯で生活する人々のありのままの姿をとらえたクレネッツの初の写真集だ。これまで、アパラチア地方を撮影した写真は多くあるが、貧困や混沌とした状況、社会的問題ばかりに焦点が当てられ、その偏った見方に違和感を感じたことが本作を取り組もうとしたきっかけであった。そして、写真という媒体が生み出す虚構性や客観性を映しだす困難さに関心を持ち、小さな集落の労働者やその家族の生活を赤裸々に撮影することに集中し、既成概念の再考察を目指した。その目的を具現化するために、304ページにわたる本書には、クレネッツによる187点のカラー写真のほか、アパラチア地帯に関する参考資料からのイラストレーションの抜粋や、ケンタッキーの地方紙に掲載された地元の人たちによる政治や医療、経済における不平等に抗議するコメントが収録されており、現地の人たちの姿がより生々しく伝わってくる。さらに、展示会カタログや論文のように、クレネッツがアパラチア山脈地帯の理解を深めるため参考資料として活用したノンフィクションの書籍や音楽の歌詞、小説、詩などが巻末に記され土地へ理解をより包括的に提示することに努めた。また、ケンタッキー州に居を構えながら12年間にわたり撮影を遂行したクレネッツは、地元住人との関係性を第一にしたという。その言葉通り、カップルの喧嘩や抱擁のシーン、風呂場で裸のカップルが抱き合っている姿など、コミュニティの内部に入ることでしかとらえられない親密な写真が多く収められている。アパラチア地帯の住人のコミュニティの全貌をとらえようと挑戦した意欲作である。
タイトル | 『As It Was Give(n) To Me』 |
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出版社 | Twin Palms Publishers |
発行年 | 2022年 |
URL |
スーザン・マイゼラス『Carnival Strippers』
9月初旬までベルリンのC/O Berlinで開催された回顧展に合わせて再販された本書は、約40年にわたり報道写真を撮り続けるマグナムフォト所属の写真家スーザン・マイゼラスの作家として核を作った最初の写真集である。今回で第3版となる本書が初版との違う点は、まずモノクロ写真とカラー写真を分けた2冊組である点。カラー写真をまとめた一冊は、未発表の作品のみが収められ、その中には若干24歳であったマイゼラスが本プロジェクトを3年の歳月をかけて遂行する上で使った資料やコンタクトシートなどが多く含まれている。滞在していたホテルで、撮影前の走り書きのメモや、踊り子たちと往復書簡、パフォーマンスの構成の記録から、マイゼラスが真摯な想いで撮影に挑んでいたことが伝わってくる。20世紀を飾った多くの秀逸な写真集が、昨今、再販する動きが出てきているが、本作のように、当時のプロジェクトをさらに掘り下げ大幅に再編成した内容で出版されるのは稀である。そのことはマイゼラスにとって本作が、どれほど意味深いものであったのかを物語っている。時代を経ても、若い世代に語り継がれるべき名著としてコレクターの間で話題となっている。
タイトル | 『Carnival Strippers』 |
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出版社 | Steidl |
発行年 | 2022年 |
URL |
須々田美和|Miwa Susuda
1995年より渡米。ニューヨーク州立大学博物館学修士課程修了。ジャパン・ソサエティー、アジア・ソサエティー、ブルックリン・ミュージアム、クリスティーズにて研修員として勤務。2006年よりDashwood Booksのマネジャー、Session Pressのディレクターを務める。Visual Study Workshopなどで日本の現代写真について講演を行うほか、国内外のさまざまな写真専門雑誌や書籍に寄稿する。2021年より、ニューヨークのPenumbra Foudnationでワークショップを開催し、ニューヨークの美術大学Parsons School of Designの写真学部のポートフォリオレビューのアドバイザー、本年度のThe Paris Photo – Aperture Foundation Photobook Awardの審査員を務める。
https://www.dashwoodbooks.com
http://www.sessionpress.com