GUCCIの2022年秋冬コレクション「EXQUISITE」の広告キャンペーンフィルムは、映画監督スタンリー・キューブリックの作品群にオマージュを捧げ制作された。『ルック』誌のカメラマンとして働いていた経歴を持ち、あらゆるカテゴリーの枠を超え、ジャンルを自在に操り変容させる「クロスジャンル」の革新的な監督として知られている。キューブリック作品をこよなく愛する音楽家、文筆家の菊地成孔の視座を通して、本キャンペーンのヴィジュアルをひもとく。
テキスト=菊地成孔
まだ記憶に新しい、昨年7月の「グッチ アーカイブ コレクション」を見たとき、既に「あ、これは『2001年宇宙の旅』の、『王朝風の白い部屋』だな」と思っていたので、今回、アレッサンドロ・ミケーレが、スタンリー・キューブリックの作品にオマージュを捧げるに際し、「シミュレーショニズム的な再現作品に、現在のグッチの服を着たモデルを配置する」といった手法だった。と聞いたとき、それほど驚きませんでした。
『2001年宇宙の旅』の「王朝風の白い部屋」は、恐怖に近い静けさと美しさが同居した名シーンですが、それは「宇宙人が、地球人の美術、服飾、装飾の歴史をすべてサーチした上で、無作為的に作り上げた空間」であり、これはいうなれば、モダンアートにおける、歴史主義とシミュレーショニズムの側面を持っています。「歴史主義」とは、過去の歴史に忠実である。ということではなく、歴史=過去を素材に、無限の自由を生成するということで、ミケーレのファンであれば納得のいくところでしょう。
一方、フィレンツェにある「グッチ アーカイブ コレクション」は、ルネサンス期を語る上で欠かせない建築物「パラッツォ・セッティマンニ」を、最新最高の修復建築スキルによって復元し、ブランドの膨大なコレクションを収蔵するために改装。というもので、「私は日々、過去と対話をしており、過去は私にとって完全な存在です。過去が私たちと対話していないというのは、理にかなっていません」と語る、歴史主義的なミケーレの面目躍如、やはりモダンアートにおける歴史主義とシミュレーショニズムの美的効果の横溢が我々を圧倒し、ため息をつかせますが、そこには一種の子供っぽさも含まれており、そしてそれらは、今回発表された動画の質感と流れるようにつながっています。
ミケーレは、21世紀ファッションの改革者で、なおかつ大変な多弁家かつ精力的な活動家なので、今回のアートワークが決して突発的なものではないことは、彼のこれまでの発言や行動に雄弁で、何よりも、その美しさの質、構造が、きちんとキューブリック作品群とつながっている点が素晴らしい。伸び伸びと(子供のように)、尊敬する映画作家のシミュレーションに自作の服を立たせているようにも見えますが、この動画に、ほかのどのブランドの服を代替しても溶け合いませんし、例えばゴダールの作品で同じことをしても、美的な完成度は消失してしまうでしょう。
もともと『ルック』誌のカメラマンであり、映画史におびただしい数の、斬新で美しく、スタイリッシュな画面を残してきたスタンリー・キューブリックの作品は『時計じかけのオレンジ』『2001年宇宙の旅』『シャイニング』『バリー・リンドン』『アイズ ワイドシャット』がシミュレートされており、これは「キューブリックのカラー作品のうち、『フルメタル・ジャケット』以外の全作品」であり、彼の代表作でもあり、「この映画の1シーンにグッチの服を着たモデルを立たせたら、さぞかし映えるだろう」と思わずにはいられない『博士の異常な愛情』も除外されていますが、『フルメタル・ジャケット』も『博士の異常な愛情』も戦争映画であり(後者は単にモノクロだから、ということもあるのでしょうけれども)、ミケーレの美的世界観に、歴史主義的でありながら、戦争が含まれていない、ということが改めて明確になった——ともいえるかもしれません。荒唐無稽なほど未来的な画面に、異物感なく、驚くべきマッチングを見せる服、それが現在の「信じがたい(のに、強い)リアルクローズ」としてのグッチのブランドイメージが余すところなく描かれていると思います。
クレジット:
Creative Director: Alessandro Michele
Art Director: Christopher Simmonds
Photographers & Directors: Mert & Marcus
Make up: Thomas De Kluyver
Hair: Paul Hanlon
‘With thanks to University of the Arts London, home of the Stanley Kubrick Archive, Warner Bros. Consumer Products, and the Stanley Kubrick Film Archives.’
2001: A SPACE ODYSSEY and all related characters and elements © & ™ Turner Entertainment Co. A CLOCKWORK ORANGE, BARRY LYNDON, EYES WIDE SHUT, THE SHINING and all related characters and elements © & ™ Warner Bros. Entertainment Inc. (s22)
‘Replicas of the original costume designs curated by Milena Canonero and Charlotte Walter’
音楽クレジット:
“Title Music from A Clockwork Orange”
(from Purcell’s “Music for the Funeral of Queen Mary”, arr. by Wendy Carlos)
Written and performed by Wendy Carlos, Rachel Elkind
Published by Tempi Music
Performing Rights: BMI
Courtesy of Serendip LLC
“Clockworks (Bloody Elevators)”
Written and performed by Wendy Carlos, Rachel Elkind
Published by Tempi Music
Performing Rights: BMI
Courtesy of Serendip LLC
Naruyoshi Kikuchi|菊地成孔
音楽家・文筆家・大学講師。音楽家としては作曲、アレンジ、バンドリーダー、プロデュースをこなすサキソフォン奏者、シンガー、キーボーディスト、ラッパーであり、文筆家としてはエッセイストであり音楽、映画、モード、格闘技などの文化批評を執筆。ラジオパーソナリティやDJ、テレビ番組等々出演多数。2013年、個人事務所・株式会社ビュロー菊地を設立。著書に『服は何故音楽を必要とするのか?』(河出書房新社、2008年)、『次の東京オリンピックが来てしまう前に』(平凡社、2021年)などがある。