パンデミックの影響で人と物の流れが制限され、写真シーンにもその影響は表れている。ニューヨークの写真専門書店Dashwoodに勤める須々田美和が売り場にいて改めて感じるのは、実際に写真集を手に取って鑑賞する行為が作品に対する理解や愛を深めるのにいかに役立つかだという。作品が断片的に切り取られて紹介されるインターネットやSNSとは異なり、写真集は作家のビジョンを総合的に表現した集大成といえる。須々田による連載「ニューヨーク通信:Photobook Now」では、現地で話題になっている新刊3冊を紹介。そして、そのうち1冊の関係者によるショートインタビューも掲載する。作り手と交流できる場が少なくなっているいまだからこそ、生の声もお届けしたい。
インタヴュー・文=Miwa Susuda
撮影=森山綾子
協力=Dashwood
目次
連載第5回では、本年度のParis Photo–Aperture PhotoBook Awardsでショートリストの中から、ニューヨークで開催された展覧会が話題を呼んだ図録を集めた。1冊目は、来年1月1日までニューヨーク近代美術館(MoMA)で開催されているヴォルフガング・ティルマンスの個展「Wolfgang Tillmans: To look without fear」のカタログ。同展のキュレター、ロクサナ・マルコシへのビデオインタビューでは、足掛け8年もかかった本展と図録の魅力を伝えてもらった。2冊目は、10月までDavid Zwirner Galleryで個展「Cataclysm: The 1972 Diane Arbus Retrospective Revisited」が開催されたダイアン・アーバスの『Documents』だ。本書は、1967年からのアーバスに対する批評が多く収録されている点に注目したい。最後に紹介する『Flint Is Family In Three Acts』は、ミシガン州フリントの水質汚染問題をテーマにしたラトーヤ・ルビー・フレージャーのカタログである。Steidlとゴードン・パークス財団が主宰するアワードを受賞し、財団の持つギャラリーで個展が開催された際にリリースされた。主題や作風、本の構成も異なる3冊からは、作品に対峙する作家としての姿勢も伝わってくる。
ヴォルフガング・ティルマンス『Wolfgang Tillmans: To look without fear』
400点の写真が掲載され、320ページにも及ぶ本書は、現在MoMAで開催中のヴォルフガング・ティルマンスの個展に合わせて出版され、80年代からこれまでに制作された作品を包括的に紹介する内容となっている。本展のキュレターであり、本書の編集も務めたロクサナ・マルコシは、美術史を先行する大学院生であった1994年に、ニューヨークのアンドレア・ローセンギャラリーの個展で、初めてティルマンスがロンドンのクラブシーンをとらえた作品を目にして以来、彼の活動を追っていくと強く誓ったという。2014年にロシアで開催されたアートフェア、Manifesto 10 で本人と出会ったことから本展の構想を練り始め、8年かけて本展とカタログを完成させた。マルコシ曰く、ティルマンスによる作品の最大の魅力は、アーティスト、またアクティベストとして、政治や時事問題に敏感に反応した作品を作る点にあるという。BLMムーブメントやミュージシャンのポートレイト、静物や建物の写真、『i-D』などに掲載された90年代のナイトクラブのスナップショット、メメント・モリとなった恋人の写真やHIVポジティブである自身の体を使った政治的な意味合いを含めたセルフポートレイト、カメラ無しで作られた抽象的な作品、幼少期からの関心事である天文学の作品など、その主題は多岐にわたる。本書には、大小異なるプリントを額装せずに展示するインスタレーションや、暗室での実験的な制作プロセスなど、ティルマンスを語る上で欠かせない要素について、作家本人の言葉でいかに系統的に構成しているかをを明かすテキストが含まれている。また、タイトルにある「To look without fear」という言葉は、2008年の雑誌『Frieze』でのインタビューで、ティルマンスが「恐れを持たずに物事を見ること」の重要性を語っていたことから来ているとのこと。
タイトル | 『To Look Without Fear』 |
---|---|
出版社 | The Museum of Modern Art |
発行年 | 2022年 |
URL | https://www.moma.org |
ダイアン・アーバス『Documents』
本書は、50年前の1972年にMoMAでアーバスが回顧展を開始した記念として、David Zwirner Galleryが今年の秋に展示会「The 1972 Diane Arbus Retrospective Revisited」を開催した際に出版された。1967年にジョン・シャーカフスキーがキュレーションを手がけた、フリードランダー、ウィノグランドとのグループ展「New Documents」でフィーチャーされてから現在に至るまで、時代と共にアーバスの作品に対する評価は変化してきた。通常カタログというと、展示作品の目録としての役割を果たすため、テキストは展示内容に即し、いわば指南書の役割を果たすが、本書は1967年からのアーバスの作品をめぐる評論文、エッセイ、美術誌や新聞の記事が掲載され、巻末には文献の目録や1972年に開催された回顧展で展示された作品リストもあり、テキストが写真より圧倒的に多く比重を占めている。テキスト部分を詳しく検証してみると、スーザン・ソンタグの批評文から、『The New York Times』や『Art in America』など大手の新聞社、美術専門誌で掲載された評論にとどまらず、『New York Post』や『Artsy』などオンラインでレビューされた美術関係者以外の人たちをターゲットにしたゴシップ寄りの記事も含まれ興味深い内容になっている。アメリカにおいての写真をめぐる言説の懐の深さと、アカデミックな評論やジャーナリズムの成熟を理解できると共に、作家にとって、テキストとして残された批評の波及力の大きさを改めて考えさせる内容である。
タイトル | 『Documents』 |
---|---|
出版社 | David Zwirner Gallery |
発行年 | 2022年 |
URL | https://www.davidzwirner.com |
ラトーヤ・ルビー・フレージャー『Flint Is Family In Three Acts』
ミシガン州フリントにある貧困層が多くを占める小さな町で、企業の営利主義が原因で起こった水質汚染問題をテーマにした本書は、ラトーヤ・ルビー・フレージャーが2016年から5年の歳月をかけて制作したドキュメンタリー作品をまとめた一冊である。本作では、フレージャーと共に企業の不正を司法に訴えた地元の政治活動家、シア・コブが中心人物として登場する。コブや彼女の家族、そしてフレージャーが地元住民と共に問題に立ち受かう姿を3部構成でまとめ、ひとりの作家が疑問を抱いたことをきっかけに、メディアの偏見、人種差別、経済格差などアメリカが直面する社会問題を浮き彫りにするまでを描いた。フレージャーは、2020年のTED トークに登場し、演説の最後に「どんなに悲惨な状況であろうと、カメラには希望の光を導き出し、否定的で悲惨なことを肯定的で希望にあふれたことに転換できる力がある』と力説した。一個人の小さな声であっても、写真には社会を動かす力になる可能性があり、自身が追求したいテーマを突き詰めることの大切さを学べる1冊だ。
タイトル | 『Flint Is Family In Three Acts』 |
---|---|
出版社 | Steidl/The Gordon Parks Foundation |
発行年 | 2022年 |
URL | https://www.gordonparksfoundation.org |
須々田美和|Miwa Susuda
1995年より渡米。ニューヨーク州立大学博物館学修士課程修了。ジャパン・ソサエティー、アジア・ソサエティー、ブルックリン・ミュージアム、クリスティーズにて研修員として勤務。2006年よりDashwood Booksのマネジャー、Session Pressのディレクターを務める。Visual Study Workshopなどで日本の現代写真について講演を行うほか、国内外のさまざまな写真専門雑誌や書籍に寄稿する。2021年より、ニューヨークのPenumbra Foudnationでワークショップを開催し、ニューヨークの美術大学Parsons School of Designの写真学部のポートフォリオレビューのアドバイザー、本年度のThe Paris Photo – Aperture Foundation Photobook Awardの審査員を務めた。
https://www.dashwoodbooks.com
http://www.sessionpress.com