IMA Vol.38「ルーツをめぐる断章」の関連記事第8弾は、アメリカ、ヨーロッパ、オセアニア、アジアと拠点の異なるスペシャリストたちが、今号のテーマである「ルーツ」をそれぞれの視点で解釈し、ユニークなアプローチの写真集を5冊ずつ選んだ企画「30 Photobooks Around Roots」から、最後は後藤由美のセレクトを紹介。Reminders Photography Stronghold(RPS)を主宰し、写真集制作のワークショップを通して写真家の育成を積極的に行ってきた後藤だからこそ知る写真集では、アジアや南半球の地域の作家たちが、自分たちの個人的なルーツを作品を通して見つめている。
セレクト=後藤由美
目次
この機会に自分の書棚を見返してみたところ、ここ数年で「ルーツ」をテーマにした写真集が増えていることに気づいた。また世界のブックアワードを見渡してみても、以前は欧米の作家が受賞するケースが多かったが、近年はそれ以外の地域の写真家たちの台頭が目立つ。地域性の高い写真集はデザイン性に乏しい傾向があるという定説は塗り替えられ、昨今は遜色ないクオリティのものが増えていることも理由のひとつだろう。個人的なエピソードに普遍性を持たせ、作品へ昇華させるのは簡単ではないが、ここでは作家自身のルーツに関する写真集を選出した。その結果、地域がバラバラになったのも興味深い点だ。日系移民の作家による2冊の写真集は、私たち日本人は「移民」と聞くと遠いところにある問題と感じてしまいがちだが、それを家族の物語として伝えることで一気に身近に感じさせてくれる。残りの3冊には多くのテキストが含まれるのが特徴的で、そこにはより深く自分のルーツについて伝えたいという写真家の強い意志が感じられる。
『UTAKI』Ricardo Tokugawa(Lovely House Editora、2021)
沖縄の言葉で、神聖な場所、祈りを意味する『UTAKI(御嶽)』というタイトルが付けられた本書は、今年のシンガポール国際写真祭で出会った素晴らしい1冊。徳川リカルドは、サンパウロで生まれたブラジル人で、沖縄からの日系移民三世である。本書では家族や家という枠組みをリサーチしながら、ブラジル、沖縄、日本という三つの文化が混在する自身のルーツへと目を向けた。沖縄をテーマにした作品はすでに数多く存在し、移民三世代の物語というと、下手するとありがちなドキュメンタリー作品に陥ってしまう可能性もあるが、ユニークな手法を取り入れたこの本は見る者を飽きさせない魅力を持っている。
『The Shibayamas』Giancarlo Shibayama(自費出版、2017)
ジャンカルロ・シバヤマが、2017年5月に私の主宰するRPSで開催したワークショップで制作したアーティストブック。ペルー生まれで、日系三世の写真家は、亡くなった祖父に思いをはせながら、薄れていく記憶を再び呼び覚ますために家族写真、そして記憶の隙間を埋めるためにペルーへ移住した日本人たちを記録したアーカイブ資料を用いて架空の日記を制作した。そこに自身が撮影した写真も組み合わせているのだが、制作のために祖父の故郷・静岡の海を訪ね、太平洋の向かい側に位置するペルーの海岸と同じ潮の香りがしたとき、祖父のルーツに触れたことを強く感じたという。異なる文化が混在する環境で育ったシバヤマが、家族の歴史に焦点を当てながら描いた魅力的な個人の物語である。
『GOOD HOPE』Carla Liesching(MACK、2021)
一筋縄ではいかない歴史を持つ、南アフリカの喜望峰(Cape of Good Hope)をテーマにした1冊。同国出身のカーラ・リーシングは、大航海時代に貿易航路の経由地であったことから栄華を極め、現在は反植民地運動の中心地でもある岬にまつわる物語をイメージと言葉で伝えようと試みた。192ページからなる分厚い本の中には、散文、エッセイ、ファウンドフォト、アパルトヘイト時代の雑誌、現代の新聞や家族のアルバムなど、時代も内容もさまざまな素材がランダムに並ぶ。この土地の複雑さを表現すると同時に、白人至上主義や植民地主義を詳細かつ批判的に検証している。
『LONGITUDE』Katherine Yungmee Kim(Datz Press、2021)
布装の美しいたたずまいの本書は、手に収まりのよい小ぶりなサイズで、写真とテキストをじっくりと読みたくなる。「アーカイブ、家族写真、スナップショットなどを組み合わせ、母性、家族の喪失、憧れを探求するビジュアルノベル」と語るこの本の著者は、カリフォルニアを拠点とする韓国人ジャーナリストのキャサリン・ユンミ・キム。韓国の現代社会における家族のかたち、移民問題、国境、安全保障、自由、アイデンティティなどにまつわる物語が、章ごとに分けられ、マクロ(国際社会)とミクロ(個人)双方の視点から語られている。
『The Banda Journal』Muhammad Fadli(Jordan, jordan Édition、2021)
12の小さな島々からなるインドネシアのバンダ諸島。中世ヨーロッパ人に発見され、当時防腐剤や治療薬として使われていたナツメグの産地だったため、世界経済において重要な役割を担ってきた。かつては住民たちの間で、金のなる木を奪い合う争いごとも少なくなかったという。2014〜2017年にかけて、インドネシア人の写真家ムハンマド・ファドリとライターのファトリスMFがタッグを組み、何度もバンダ諸島を訪れ、過去と現在をさまざまな側面から考察した。世界から忘れ去られていた僻地の物語を語り継ぐ。
後藤由美|Yumi Goto
インディペンデントキュレーター、写真に関連した多目的な活動を行うReminders Photography Stronghold(RPS)主宰。2022年4月には、RPS京都分室パプロルをオープン。写真集制作のワークショップを通して写真家の育成を積極的に行うほか、数多くの国際的な写真賞、フォトフェスティバルなどで審査員を務める。