世界同時多発的に写真集ブームが起こった2010年代、作り手は増加し、受け手の見る目はどんどん成熟していった。ブームのピーク、そしてコロナ禍を経て、現在の若手作家が生みだす新しい写真集は、どう変化しただろう? 『IMA』vol.39の関連記事第5弾は、写真集のプロフェッショナルたちが2020年以降、35歳以下の作家が出版した写真集を、さまざまなテーマのもと3冊ずつ紹介する「若手作家による2020年代のベスト写真集」の企画から、アマンダ・マドックスを選者に迎えたセレクトを紹介する。World Press Photoのリードキュレーターであるマドックスが合格を出した、今後を期待する写真家たちの1冊に注目したい。
セレクト=アマンダ・マドックス(World Press Photo リードキュレーター)
目次
「続編を期待させる新たなドキュメンタリー」
私はキュレーターとして、写真集をバロメーターとしてとらえており、写真家を知る上で必ず参考にしてきた。写真集制作に貢献するデザイナー、編集者、著者、発行人などといったそれぞれの立場から奥付に名前を連ねる人たちについて、多くを知ることができるからだ。表紙、テキストの扱い方、シークエンスなど、写真集を構成するすべての要素が、制作に関わるすべての人たちに対する私の印象を左右する。私は本をめくるとき、次のような質問を心にとめている。物語を展開しているか。簡潔にまとめられているか。写真をどのようにつなげているのか? 何を伝えようとしているのか? これらの答えから、その作家が、巧みなストーリーテラーなのか、もしくは才能ある編集者なのか、はたまた美学や知性、視覚言語を重んじているのかが見えてくる。私にとって写真集はリトマス試験紙のようなもので、合格すれば読み続けたいと思わされる。今回選んだ3人の写真家たちはまさにそのテストの合格者で、続編を見る準備は万端である。
『I Can’t Stand to See You Cry』 Rahim Fortune(Loose Joints、2021)
ラヒム・フォーチュンを初めて知ったこの本は、パンデミックを背景にした愛と喪失についてのエレガントなバラードだ。あなたが最もよく知っている人々や場所が、プロジェクトを育み成長させるための最も豊かな土壌となり得ることを実証している。21世紀の写真集の中で、すでにクラシックな存在になりつつある1冊。
『Hello Future』 Farah Al Qasimi(Capricious、2021)
仕掛け絵本『The Jolly Postman(ゆかいなゆうびんやさん)』(私の幼少期の愛読書でもある)から着想を得たこの本は、内容もしかり、ステッカー入りで、ミラークローム加工を施したハードカバーという装丁も遊び心にあふれている。しかし、ファラ・アル・カシミの魅惑的でポップな美学は、ペルシャ湾諸国の文化や社会規範を鋭く批判することによって支えられている。本の中では、虚飾と実質の完璧なバランスが共存し、『Hello Future』というタイトルが示すように、この不毛でシリアスなドキュメンタリーの形式が、今後どのように進化していくかを示唆する写真集である。
『I Made Them Run Away』 Martina Zanin(Skinnerboox、2021)
昨秋、ミラノのアートブックフェアでこの本を見つけたときは、優しく破いたと思われる表紙のデリケートな切れ目によって、その繊細さが際立っていた。マルティーナ・ザニンは、家族写真と彼女自身が撮ったイメージを組み合わせながら複雑な物語を構築し、母親が書いたテキストを添えることでさらなるレイヤーを加えている。重層的な家族の肖像を織り成すこの本から、決してすべてを知ることなどできないのだが、ここで綴られた物語はどうしようもないほど親密で、赤裸々に語られているように感じるのだ。
アマンダ・マドックス︱Amanda Maddox
World Press Photoのリードキュレーター。2022年までは、J・ポール・ゲティ美術館写真部門のアソシエイトキュレーターを務める。日本写真にも造詣が深く、11年間の在任中に「Ishiuchi Miyako: Postwar Shadows」 (2015年)、「Gordon Parks: The Flávio Story」(2019年)、「Dora Maar」(2020年)などを共同キュレーションした。