オーストラリアとバングラデシュという何千マイルも離れた場所に暮らす二人の写真家、カトリン・コーニングとサルカー・プロティックによる初作品集。パリの出版社Chose CommuneがInstagramでフォローしていたことから繋がった二人がそれぞれiPhoneで撮影した写真は、身近でありふれたものを題材としながら、ミステリアスな不確かさを感じさせる。「黒い星たち」と名付けられた本作には本という形でしか成立しない試みが随所にちりばめられている。現代においてモノクロ写真で写真集を作る、その可能性を問う本作について迫る。
レビュワー=Robert Dunn
訳=片桐由賀
企画=twelvebooks
今日のモノクロ写真にできることはなんだろう。もちろんいまでもフォトグラファーはフィルムを使って撮影し、現像し、プリントすることができる。40~50年前と変わらずに、ゲイリー・ウィノグランドやブルース・デビッドソンといった巨匠の真似事をすることもできる。しかし、本気でモノクロ写真を現代に蘇らせよう、現代化し、いまある全ての可能性を追求しようと思ったら、フォトグラファーは一体何をすればよいのだろうか。
2015年のNew York Art Book Fairで特別目を引いたのは『LDN EI』でアントニー・ケアンズがとったアプローチだった。Kindleをリサイクルしてハイコントラストのモノクロのイメージを表示させたこの「本」をクリックしていくと、写真を見ているというより、異なるトーンの配置に目を奪われる。私はKindle版の『LDN EI』を購入したが(現在も販売中)プリント版は買わなかった。Kindle版の方が、ずっと刺激的でピュアな体験を与えてくれるからである。
カトリン・コーニングとサルカー・プロティックの『Astres Noirs』は、モノクロ写真に実験性や新技術を取り入れた上で、もう一度フィジカルな昔ながらの本のフォーマットに落とし込んだ点が素晴らしく、実際の本という形でのみ成り立つ写真集の好例となっている。しかし『Astres Noirs』が非常に面白いのは、この本自体がモノクロ写真とはかけ離れた、全く別の何かであるということをどこかで意識しながら作られているところにある。
この本が意図するところは、本を開いて「全ての色は…黒の中に」という一節を読めば自ずからわかる。半袋とじのページの下に半ば隠されている単語が「消えていく」であろうことは明白で、文章を完成させると「全ての色は黒の中に消えていく」となる。この言葉こそ『Astres Noirs』の神髄であり、色という色を全て取り除いた写真からなる本であることを示している。私達は、いままでもそうしていたからという理由で白黒写真(より正確には「銀黒」写真であるが)という呼び方をするのだが、実のところ、この本が目指すところは、従来のモノクロ写真のそれとは似て非なるものだ。英語で「黒い星たち」というタイトルからもそれは一目瞭然である。この本の名前はブラックホールではない。光や形は消えてなくなるのではなく、神秘的に、おぼろげに、矛盾をはらみつつ、輝きを発しているのだ。
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撮影者自身について語らない写真
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