10 April 2019

Photography Now

連載 シャーロット・コットンの「続・現代写真論」
第3回 多様化が進むチャネルと写真表現の新たな地平 いま一番新しい世界の写真家たち
(IMA 2013 Spring Vol.3より転載)

10 April 2019

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連載 シャーロット・コットンの「続・現代写真論」第3回  多様化が進むチャネルと写真表現の新たな地平 | Untitled(Zeus) 2007

Untitled(Zeus) 2007

写真は、その黎明期から多様性を秘めた表現分野でした。現代において写真とは、作家が一人で精魂込めて作り上げる物質的なプロダクトを指すのではなく、問題提起、経過、伝達の手段であり、集団で共有する楽しみとなる媒体であることを実証しています。撮影、印刷、伝達のデジタル化が一般的になったことで、写真表現の幅は確実に広がりました。だからこそ私は、写真という愛すべき媒体の多様性を主張するのです。

私たちは誰もがアマチュア写真家、キュレーター、編集者、活動家、出版人になることができる時代に生きています。現代写真の在り方に多大なる影響を与えた新世代のアマチュアも少なくありません。活動に多くの時間を費やす市民ジャーナリストたちが良い例でしょう。彼らのようなハイアマのジャーナリストたちは、技術発展により情報が一瞬で広まる世界において写真の瞬発力を実にうまく利用し、縮小を続ける独立系報道メディアとは対照的な、独自の活動を続けています。同様に、自費出版をしつつ、ほかの作家と共同で自らの手でオーディエンスを獲得するハイアマの写真家たちも登場しました。彼らの活動が大きなうねりを生みはじめていることに、私たちは注目するべきです。美術館やそのほかの美術機関は長きにわたりトレンドメイカーの役割を果たしていましたが、いまでは資金繰りに苦しみ保守化が進んでいます。彼らが写真美術のインフラを牛耳る限り、自分たちが入り込む余地がないことをハイアマ写真家たちは心得ています。インディペンデント出版やインターネットやソーシャルメディアを通して発信されるデジタル写真は、私たちが長く信仰してきたハイアート/ロウアートのいびつな分類のどちらにも属さず、だからこそ写真表現が本来持つ無限の可能性について改めて教えてくれます。


2010年以降、写真集は大きな可能性を秘めた表現手段として盛り上がりをみせています。日本のみなさんには当たり前のことかもしれませんが、本が写真を発表する重要な手段となりえるということに西洋にいる私たちはやっと気付きはじめ、日本の写真に対する柔軟な考え方にどうにか追いつこうとしているのです!世界中で開催されているアートフェアやフォトフェア、ビエンナーレでも、写真集出版のエネルギーを感じますし、希少本や絶版本も含めた写真集を求める活発なコレクター市場が形成されつつあります。 

写真家、キュレーターでありながら、出版社も運営するティム・バーバーが2005年、「Tiny Vices」というウェブサイトをオープンしました。現在そのサイトは、名だたる写真家から若手までさまざまな写真家のポートフォリオを掲載する現代写真表現のショーケースとなっています。また、サイトは小規模な出版社やアーティストグループが自費出版で作り上げた写真集についての情報を交換し、実際に購入できる場としても機能していました。バーバーの活動は、写真の配列を考え編集することやキュレーション、そして作家間の作品についての対話といった、写真の表面に隠れがちな要素を可視化し、それらが写真文化においてとても重要であることを証明したのです。

インディペンデントな出版活動を行う作家のためのプラットフォームとしては、そのほかにもブルーノ・ケシェルがロンドンで設立した「Self Publish Be Happy」があります。独自の目線で写真集をキュレートし紹介する「Self Publish Be Happy」は、盛り上がりをみせる写真出版文化におけるベンチマーク的な役割を果たしています。世界各地で自費出版を行う20名を超える作家たちが運営する「Artists’Books Cooperative」は、世界各地のブックフェアや写真関連のイベントに参加し、写真集を発表しています。複数の写真家がアイディアを共有し、一丸となり写真集を宣伝することでオーディエンスを獲得するその手法は、シンプルながらとても効果的な手法です。多くの現代写真家と同様に、彼らも適度な部数の写真集を出版することが第一の表現手段だと考えています。有名な出版社に発掘されて写真集を出版する稀なチャンスを待つよりも、商業出版のしきたりに従うよりも、現代の作家たちは1960年代や1970年代におけるアーティストブックの出版文化に可能性を見いだしはじめています。

1963年以降アーティストブックを出版しているエド・ルシェは、今日においてもインディペンデントな出版の先駆者であり続けています。また、現代写真家の中でも自費出版によるアーティストブックから国際的に存在を知られるようになった作家もいます。シャルロット・デュマやクニー・ヤンセン、そしてアヌーク・クルイトフらは、書籍というフォーマットを用いて作品の文脈を構築し、閲覧者に直感的でユニークな体験をもたらしました。

文章を伴わずに叙情的な写真体験を提供する川内倫子の写真集は、初期の『うたたね』、『花火』、『AILA』を始め、写真出版における可能性を指し示す好例としていまや世界的に認知されています。彼女の作品は巡回展ではなく写真集のフォーマットで広く知られるようになったことも特徴的です。


ギャラリーや美術館が見落としている何百もの若い作家たちのアイディアや、彼らが議論を重ね提示する現代写真の展望を、初期のブロガーたちは極めて意識的に拾い上げ発信していました。例えば、ヨーグ・コルベルグのブログ「Conscientious」を始め、アンディ・アダムスの「Flak Photo」、アーロン・シューマンのオンラインフォトマガジン「SEESAW」、などの写真家やライターたちが運営するいくつかのウェブサイトは、カジュアルながらも活気に満ちたコミュニティを形作っています。また、ジェフ・ラッドの「5B4」は、常に選りすぐりの写真文化を発信しています。ラッドが立ち上げ、クリエイティブ・ディレクションを手がける出版社、Errata Editionが発行する「Books on Books」シリーズは、20世紀の重要な写真集を再評価しアーカイヴするという、写真出版の歴史に対して、いまだからこそ行うべき重要なプロジェクトといえるでしょう。しかしながら私は、ポスト・インターネット時代において、ローレル・タクがウェブに向ける視線と、その先にある写真表現の地平こそが最も革新的であると考えています。2006年から2011年にかけて、彼女は、ブログ「I heart photograph」を通して多くの新しいアイディアや作家たちを紹介してきました。その後、彼女がスタートしたサイト「Laurelptak.com」は、政治や法律が写真表現に与える影響や、表象芸術における知的財産についての最良の情報源となっています。

Inside Out, Naplouse, Palestine, 2011 Colour photograph 125 x 188 cm © Jr-art.net Courtesy Perrotin

Inside Out - Tunisia, Police Station of La Goulette, 2011 Colour photograph 125 x 180 cm © Jr-art.net Courtesy Perrotin


最後に、ぜひ知っていただきたい進行形の写真を用いた現象を紹介させて下さい。「JR」と名乗るフランス人写真家・活動家が2000年代初頭から続けている「InsideOut Project」というプロジェクトです。

写真を大判ポスターとして印刷し、公共の空間に貼り出す「フォトグラフィティ」は、さまざまな地域における社会的・政治的問題を喚起することを目的に続けられています。「Inside Out Project」は、いまや世界的ネットワークをもつ共同プロジェクトとなっています。参加者から送られてきた画像ファイルをプロジェクトチームがポスター印刷し、参加者のもとへ送り返します。その写真を公共空間に貼り出すことで、地域社会の構成員がアイデンティティーを主張し、それぞれが抱える問題について訴え、議論を生み出す独創的な問題提起の手法として機能しています。これは、私たちが能動的に作り上げた表象の新時代に起こるべくして起こった、とても画期的なプロジェクトにほかならないのです。

『Repose』(自費出版 2011年)

『Repose』(自費出版 2011年)

ジェイ・アール|JR
1983年生まれ。フランス人アーティスト。公共の場に作品を展示する社会的メッセージの強い活動を続けている。シリーズには、パリ郊外の移民の子どもを写した「Portraits of a Generation」、パレスチナとイスラエルの人々のポートレイトを両国を隔てるヨルダン川西岸の壁に展示した「Face to Face」、アフリカ諸国で差別や犯罪に苦しむ女性をテーマとする「Women are Heroes」などがある。2011年、TED Prize を受賞。

シャルロット・デュマ|Charlotte Dumas
1977 年生まれ。ニューヨークとアムステルダムを拠点とするオランダ人写真家。17世紀のオランダ絵画の流れを引き継ぎ、人間と動物の関係性をテーマに動物のポートレイトシリーズを数多く発表。また、各シリーズの写真集を出版している。掲載の作品は、動物園などで飼育されている動物を撮った『Repose』からの一枚。アメリカ、ヨーロッパを中心にギャラリー、美術館で展覧会を開催。

>シャーロット・コットン「続・現代写真論」連載一覧はこちら

2021年3月以前の価格表記は税抜き表示のものがあります。予めご了承ください。

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