10 April 2019

Interview
Scheltens & Abbenes

シェルテンス&アベネスインタヴュー
終わりのないイメージの旅へ ―― プレイフルに動き続けるクリエイティブユニットの秘密
(IMA 2019 Spring Vol.27より転載)

10 April 2019

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シェルテンス&アベネスインタヴュー「終わりのないイメージの旅へ ―― プレイフルに動き続けるクリエイティブユニットの秘密」 | シェルテンス&アベネス「ZEEN」(Foam写真美術館)インスタレーションビュー

シェルテンス&アベネス「ZEEN」(Foam写真美術館)インスタレーションビュー

シェルテンス&アベネスインタヴュー「終わりのないイメージの旅へ ―― プレイフルに動き続けるクリエイティブユニットの秘密」 | シェルテンス&アベネス「ZEEN」(Foam写真美術館)インスタレーションビュー

シェルテンス&アベネス「ZEEN」(Foam写真美術館)インスタレーションビュー

シェルテンス&アベネスインタヴュー「終わりのないイメージの旅へ ―― プレイフルに動き続けるクリエイティブユニットの秘密」 | シェルテンス&アベネス「ZEEN」(Foam写真美術館)インスタレーションビュー

シェルテンス&アベネス「ZEEN」(Foam写真美術館)インスタレーションビュー

精緻な構図とミニマルな美意識を持った作品で、世界で活躍するシェルテンス&アベネス。プライベートでも夫婦であるシェルテンス&アベネスの二人は、2002年からユニットとして活動し始め、現在はアムステルダムを拠点に、エルメス、ナイキ、バレンシアガなど世界中のブランドやメゾンからのコミッションワークや雑誌のエディトリアルを手がける。2012年にはニューヨーク国際写真センター(ICP)よりインフィニティアワードを受賞するなど国際的な評価も高く、オランダのファッション写真を牽引するカップルとして知られてきた。Foam写真美術館で開催中の初回顧展「ZEEN」を中心に、結成17年を迎える彼らのクリエイティビティを探る。

インタヴュー・文=深井佐和子

“見る”というアプローチの共有

「回顧展、という呼び方に、いまだに違和感があるんですよね。まるで亡くなった人みたいで(笑)。とはいえ、展示されている最も初期の作品『Hidden Objects』は2006年制作のものになるので、足掛け13年分の作品を展示することになります。なかなかのまとまった年月ですよね。この展覧会の構成にあたって一番考えたのは、僕たち二人の“見る”というアプローチや視点を、どのように観客と共有するか、ということでした」

Modern Design Review, Muller van Severen, 2013

The Plant Journal, Beehives, Wood, Ocre, White & Pink, 2017

初期から新作までが網羅されているものの、点数はかなり絞られており、作品を時系列で並べるのではなく、アーカイブをまったく新しくリミックスした形式になっている。「例えば雑誌のコミッションワーク(下図)では、依頼仕事という別の意図が加味されているため、必ず始まりがあって終わりがある。今回はあえてそれらを解体することで、イメージを元の文脈から切り離しています。そして改めてその一枚の写真を“見る”という経験を観客に提供しています」

過去に掲載された雑誌の誌面をそのまま再撮影した作品と、額装された作品が隣り合うディプティック(二連板)が繰り返される展示構にも、そういった意図がある。もともと雑誌に掲載されたことをあえて強調することにより、私たちに雑誌をめくりながら情報を見ているのか、イメージを消費しているのか、それとも本当にイメージを“見て”いるのかを問いかける。

「MacGuffin」(2018)

「Breakfast」(2012)

「MacGuffin」(2018)
毎号あるひとつのオブジェクトをテーマにアーティスティックなアプローチを特集するオランダの雑誌『MacGuffin』。2016年に引き続き2回目のコラボとなる今回のテーマは「Ball(球体)」。ビー玉を素材にスタジオ撮影した写真をディプティックとして組み合わせることで、不思議なオブジェへと変換する。エディトリアルを巧みに利用して作品を完成させる手腕が光る。

「Breakfast」(2012) 
長年タッグを組んでいる雑誌『The Gentlewoman 』のために撮り下ろしたシリーズ。アメリカやスウェーデン、オランダなど世界の典型的な朝食のプレートをモノクロで俯瞰撮影した。極めて普通の日用品や、どちらかといえば質素なメニューのセットだが、食器のかたち、テキスタイルパターン、あるいは朝の光のような照明で演出される影によって、それぞれの国柄がユーモアを伴って伝わってくる、シェルテンス&アベネスらしい作品。


コミッションワークとプライベートワークの境界線

シェルテンス&アベネスといえば、主にファッションやプロダクトデザインのブランドからのコミッションワークやキャンペーン写真で知られる。ただし、マルタン・マルジェラやCOSなどの現代的なファッションアイテムをストレートに撮影することはなく、洋服を重ねたり圧縮したり、時にはフォトグラムの技法を用いてシルエットだけを抽出したり。かと思えば極端に細部にフォーカスしたり、テキスタイルの色と質感だけを強調したコラージュ作品に仕上げたりと、あっと驚く独自の解釈を行ってきた。撮影クレジットを見るまでそのブランドだと気づかないほど大胆な視点は、ファッションブランドの秀でた“質”を巧みに、また声高に語り、それゆえに彼らに撮影してほしいと願い出るブランドやメゾンは後を絶たない。このように数々のコミッションワークを行いながら、最終的に仕上がったイメージを「仕事」ではなく「作品」として発表している稀有なアーティストである彼らは、コミッションワークとプライベートワークの境界線について考えているのだろうか?

「私たちにとって、コミッションワークは枠組みのひとつ。そしてそのフレームからいかに飛び出すか、創造性や遊び心をいかに羽ばたかせるかを一番に考えています。両者の間に隔たりや境界はまったくなく、最近ではその違いはもう二人のディスカッションの話題にすら出ませんね。確かに多くの場合アーティストにとっては、まずパーソナルワークがあり、その終点として出版物への掲載があるのかもしれませんが、私たちにとってはプロジェクトの始点が印刷物というのはよくあること。ある特定のブランドや商品について“どう思うか? どう見るか?”という問いが始点になっています」

しかしコミッションワークとパーソナルワークは、双方の意図が相反することもあるだろう。その折り合いは、どうつけているのだろうか?

「これだけ長くやっているので、幸いなことにいまでは私たちにオファーをしてくるクライアントは、商品がどう遊ばれてもいいと思っていることがほとんどです(笑)。私たちも撮影する対象や依頼仕事の種類にはとても慎重ですし、どれだけ遊び心を持ってその課題と向き合うことができるかが重要。ただの記録にはしたくないし、自分たちのアイデンティティをそこに入れたいんです。その意味で、我々を信じて自由をくれるコラボレーターは、とても大切な存在です」

「COS」(2011)

「COS」(2012)

「COS」(2011)
たびたびコラボレーションを行っているスウェーデンのファッションブランド・COS。2011年にはモダンなデザイン性を抽出するために、線と影に注目。平面的なアイテムでも布地に落とす微かな影をとらえることで、布が持つ質感の豊かさと鮮やかな色を強調することに成功している。石鹸を用いた2012年の撮影では、繰り返し表れるパターンによってトロンプルイユのような視覚効果を用いている。服を撮らずにブランドのイメージを強く打ち出したこのシリーズは、世界的に高く評価された。


コンテクストを翻訳することでセットがオブジェになる

今回の展覧会では珍しく立体作品も発表する。床の上に設置される、彫刻ともなんとも言い難いその巨大なオブジェは、実は彼らの写真の中に登場するセットや部品がアプロプリエート(引用)されたもの。

「撮影をしている最中、作り上げたセットがなんて美しいんだろうと思うことがよくあったのですが、撮影後、多くの場合は、セットは解体してしまいますよね。ただ、セットそのものを公開してしまうと写真の舞台裏が見えすぎてしまうため、あまり発表したことはありませんでした。今回は美術館という空間を利用できるので、その中で観客に“体験”としてオブジェを見せることができると思いつきました。オブジェは写真よりずっと具体的であるゆえに、その性質を見せるには新たな翻訳が必要でした。写真から物体を抽出し、翻訳し直して、新しい文脈を付与する。物体という新しい“言語”に取り組むことは、私たちにとって新しい挑戦でした」

「Hidden Objects」(2006)

「Hidden Objects」(2006)

「Hidden Objects」(2006)
活動初期の代表作となったシリーズ。レコードのターンテーブル上で回転しているのは、ゴミ袋や果物の段ボール箱など、社会的に無価値なもの。それを高速で回転させながら撮影することで、彫刻のようなイメージを生み出した。無用なものを美しいオブジェに変身させ、写真がイリュージョンを生み出す装置であることを強調し、観客の日用品に対する視点に疑問を呈する。

展示されているオブジェは、セットに使った道具や、その一部分を再利用したり、巨大なサイズに再制作されていることもあるという。

「もののサイズ感が分からなくなると、写真そのもののスケール感も分からなくなるので、観客はそれにとまどってしまうと思います。でもこれは混乱させるというより、観客の思考をより開かせるために、イメージを体感してもらう効果を狙っているんです。例えばこの作品は、パリのガリエラ美術館に収蔵されているバレンシアガのコレクションを撮影したものです。パーマネントコレクションのため、それぞれのアイテムを保管場所の引き出しから出すことができなかったんですが、引き出しの縁そのものが面白かったのでそれを利用して、真俯瞰で撮影しました。今回の展示ではそれを再現し、引き出しそっくりに作ったオブジェを展示しています。つまり、自分たちの作品からエレメントを引用して再構築しているのです。そうすることで、オブジェ、エディトリアル、写真がリンクして、自分たちが生み出したひとつの言語を見直しているような感覚を得ることができました。このように、立体、印刷物の複写、額装入りのプリントを組み合わせて展示することで、別々に制作したシリーズそれぞれの、いままで見えなかった関連性も見えてくる。次元、テクスチャー、レイヤーを強調し、いかに私たちの“見る”行為を観客に共有してもらえるか、どのように経験してもらうかについて考えたことのひとつの解となっています」

Pin-Up Magazine, Doillies, 2018

Pin-Up Magazine, Doillies, 2018 Balenciaga, Musee de la mode Paris, 2012


映像作品などの新しい試み

今回の彼らに撮っての新しい試みは、映像作品に挑戦していること。展示室のひとつを使い、4Kの最新プロジェクターで4つの壁に投影する予定だという。

「まだまだ編集途中だけど、展示と同様に時系列ではなく、過去のアーカイブを完全にリミックスしている。例えば写真イメージの中の要素を抽出してくっつけたり、繰り返したりなど、既存のイメージの中でもいろいろと遊ぶことができて、自分たちにとってとても新しい体験になっています。いままでスティルライフ(静物)を専門にしてきたけど、じゃあ“Still life in Movement(動く静物画)”ってどういうことなのか、という新しい問いを自分たちに課してみました。考えてみれば抽象的な作品は、動画の一場面のように見えることもありますよね。それに雑誌の仕事のときはリズムを考えて構成を決めたりするので、そこに時間という概念が加わることは自然な発展形とも言えることに気づいたんです」

これまでの作品を組み合わせて再構成したアニメーションのような、スライドのような10分間の映像インスタレーションは、サウンドデザイナーが作った瞑想的な音楽と呼応して、没入できる時間を演出しているのも二人ならでは。

「あるひとつのグラフィカルな形状(例えば『Paradis』のネクタイや、『Trailer』の花などのモチーフ)、もしくは色に焦点を当てたり、紙などの素材、食器などの日用品などのモチーフでセクションを分けたり……いろいろな角度からアプローチを試みました。特に面白かったのは超拡大した自分たちの作品が投影されている空間に入った瞬間。見ているのは自分たちが作った作品なのですが、まるでもう一度作品を見返しているような、顕微鏡で覗いているような、まったく新しい発見だと興奮しました」

「ZEEN」展での映像によるインスタレーションビュー

「ZEEN」展での映像によるインスタレーションビュー


展覧会タイトルにもなっているオランダ語の「ZEEN」の意味を聞くと「それが不思議な単語で、英語で上手く翻訳できないんだけど、筋とか腱、糸、吊るもの、引っ張るものというような意味の単語で、その緊張感を表す感じと裏腹の曖昧さ、抽象的なところが写真の流動性に近くていいと思った」と教えてくれた。

今回特筆すべきは、カタログが日本のCase Publishingから出版されること。460ページにも及ぶカタログは意外にもコンパクトな作りで、イケアのカタログのような薄くて情報が詰まったモノ感をイメージしたというブックデザインは、彼らとも長くコラボレーションしてきたオランダ人デザイナー、エスター・デ・フリースが担当した。

「Case Publishingと知り合い、『何か一緒に』という話になったときにちょうどこの展覧会の話が決まっていたので、『じゃあそのタイミングで出そう』ということになった。日本の出版社とのコラボレーションをとてもワクワクしているし、テキストをバイリンガルにするなど新しい試みにもチャレンジしました。序文は、デザイン・アカデミー・アイントホーフェンの教授でもある、尊敬するルイーズ・ショーエンベルグが書いてくれました」

過去のコミッションワークを含めたたくさんの作品がリミックスされた内容はとにかく濃密でパワフル。元のエディトリアルの順番とは断絶され、スキャン画像や裁ち落としなどが自由に混在した構成には明らかにレゾネ形式の回顧展のカタログへのアンチテーゼがある。作品を崇高な存在へと「完成」させていかない、軽やかな批判精神と観客への問いかけが感じられる一冊となっている。

Modern Design Review, Muller van Severen, 2013

Kvadrat, 2018


写真の価値が変化する時代に

二人がアーティストになってからのこの17年は、写真というメディアの急激な変遷とも重なり、同時に商業写真の仕事のあり方も大きく変わってきた。限られたプロのスキルだった撮影技術が民主化され、プロの写真はただの情報として素人がiPhoneで撮影した画像と同価値で扱われることすらある。情報としてのイメージのカオス状態の中で、一枚一枚の写真の価値は語られなくなっている。これから我々は映像をどう扱うのか、写真をどう扱うのか、ひいては商業と写真の関係についてどのように向き合うのかが問われている。

「写真の価値が変化する時代で、オリジナリティ、クオリティ、そしてスペシャリティということの重要さが問われていると思う。編集も撮影も一瞬でできるし、写真とはそういうものだと若い世代は感じていると思う。でもそれは世界の変化だし、怖がったり憂いていても仕方がない。逆にそんな今だからこそ、自分たちの写真に対するアプローチや一枚のイメージの強度が伝わるかもしれないと期待している」

「Trailer」(2016)

「Trailer」(2016)

「Trailer」(2016)
ヨーロッパ最大の生花市場を誇るオランダ。輸送用トラックの壁面に描かれた花々は、人々の注意を引くために美しくポップに描かれているはずが、その細部に寄ると人工的でげんなりするような色褪せや傷を見せる。人間の営みの奇妙さに対する批評的な視点、という新たなレイヤーをイメージに加えることで、単なる「花の絵」を超えた意味を私たちに考えさせる。

映像インスタレーションにも挑戦したいま、平面作品への考え方が変わるかを聞いてみると「どうだろう?」と素直な答えが帰ってきた。

「私たちはいつもとにかくやってみて、後から考えるタイプ。実験精神を常に忘れずに、チャレンジする。撮影対象も、見つめているだけではなく、まず手を動かしてみる。うまくいくときはいくし、そうでもないこともあるけれど、何事にも完璧な正解は存在しないのだから、その態度が重要なんです。夜中に目覚めて、あのアイデアは全部ダメだ、やり直しだ! と思うこともある。でも、どんな課題でも取り組めば、何かしらの気づきや学びを得られる。今回の展示では、自分たちの作品が初めて、大勢の公共の人々と関わることになる。その新しいチャレンジを、とても楽しみにしています」

『ZEEN』(Case Publishing, 2019)

『ZEEN』(Case Publishing, 2019)


タイトル

「ZEEN」

会期

2019年3月15日(金)~6月5日(水)

会場

Foam(オランダ)

URL

https://www.foam.org/nl/museum/programma/scheltens-abbenes

Scheltens & Abbenes

シェルテンス&アベネス|Scheltens & Abbenes
モーリス・シェルテンス(1972年生まれ)とリースベス・アベネス(1970年生まれ)によるアーティストユニット。2002年に結成し、10年後の2012年には、ニューヨークの国際写真センター(ICP)よりインフィニティアワードを受賞。スペインのファッションメゾン、パコ・ラバンヌの広告を手がけるほか、雑誌『Fantastic Man』など国際的なモード誌でも活躍する。初の回顧展「ZEEN」が、Foam写真美術館で3月15日から開催されている。

2021年3月以前の価格表記は税抜き表示のものがあります。予めご了承ください。

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