ユーチューブ、ネットフリックスなど動画視聴サービスの隆盛からか、ドキュメンタリーフィルムが流行している。写真家でも石内都、ソール・ライター、鋤田正義らを追ったドキュメンタリー映画が記憶に新しい。
このクリエーターを辿るドキュメンタリーは好評のようで、昨年末からファッションデザイナーにフォーカスする映画が立て続けに公開された。しかもモードと呼称されるファッションの世界で最も先鋭的な服作りを行ってきたデザイナーであることが共通している。映画化されたのはヴィヴィアン・ウエストウッド、マルタン・マルジェラ、リー・アレキサンダー・マックイーンの3デザイナー&ブランドだ。
ヴェールを明かされたアノニマスなカリスマ、マルタン・マルジェラ
ベルギー・アントワープ出身のデザイナー、マルタン・マルジェラによるブランド「メゾンマルタン マルジェラ」(いまはブランド名が変わり、メゾン マルジェラ)の足跡を追った『We Margiela マルジェラと私たち』は顔を明かさないデザイナー、マルジェラのヒストリーのため、話題となった。彼とともにブランドを立ち上げたジェニー・メイレンス(2017年没)の語りと「メゾン マルジェラ」のスタッフ、関係する工場やセレクトショップのコメントでこの謎に満ちたブランドの始まりとディーゼルグループに売却してマルジェラが離れるまでを追っていく。
『We Margiela マルジェラと私たち』全国順次公開中。DVDが8月2日発売予定。初回限定として特殊ホワイトケース/アートカードセット封入初回限定仕様も登場予定(3,800円+tax)。© 2017 mint film office / AVROTROS
マルジェラの新しい服の発想に掛けたメイレンスは経営していたセレクトショップを閉め、二人で1988年に「メゾン マルタン マルジェラ」をスタート。高い評価を得、熱狂的なファンを獲得する。しかし、内情は火の車であり、従業員の高い給料を払えなかったという嘆きの言葉も出てくる。常にアヴァンギャルドを追求することへの疲弊、そしてマルジェラとメイレンスの間での経営に対する方向性の相違から2002年、二人は会社を売却。そしてファッション界から身を引く。
劇中では、シグニチャーカラーである白のスクリーンにコレクションショーの映像を挟みつつブランドの代名詞である4ステッチのタグの考案エピソードや「メゾン」と付く理由、代表作カビドレスの真相などが明かされる。ラストにブランドから退任後、スタッフに会いに来たマルジェラの一言が重く、切ない。極めてアーティスティックなブランドと見なされているが、創業者二人の動機は「ファッション界で名を馳せること」だったというのが意外にも資本主義的な印象を残した。
死へ至る天才アレキサンダー・マックイーン
マルジェラと同じようにファッション業界から、そしてこの世からも決別したデザイナー、リー・アレキサンダー・マックイーン。その40年の短い生涯をドキュメントしたのが『マックイーン:モードの反逆児』だ。
本人に加え、家族やアトリエスタッフたちのコメント、メンターであったスタイリスト、イザベラ・ブロウなどのコメント映像で構成。ファッションデザイナーになったきっかけから死まで、象徴的なコレクションをチャプターにマックイーンクロニクルは進んでいく。クリエイティブ・ディレクターを務めたジバンシィでの様子、シアトリカルなショーの映像は必見。写真家ジョエル・ピーター・ウィトキンの作品「サナトリウム」をモチーフとした2001年春夏コレクション「VOSS」のランウェイ映像は背筋に戦慄が走る。
彼のコレクションはスーツの聖地サヴィルロウで学んだ高度な仕立ての技術に狂気のロマンティックが乗った、マックイーン自身のパーソナリティが表現されたもの。ドラマティックなアイテムは見る者、着る者の感情を揺さぶる。その観点からはほぼ芸術作品ともいえる。
自身の名を冠したブランドを自分以外の誰が引き継げるのか、と話していたマックイーン。クリエイターとしての気概と誇り、想いを感じさせる発言だが、2010年の彼の自殺後は、右腕であったサラ・バートンが率いている。現代のファッションシステムを思うと皮肉なことだ。
アヴァンギャルドを体現する女帝ヴィヴィアン・ウエストウッド
マルジェラとマックイーンの二人はデザイナーというより芸術家的な印象だ。生みの苦しみ、売り上げの追求、社員を養わなければならないプレッシャーなどさまざまな因子に押し潰されていく。
一方、アヴァンギャルドファッションを牽引したパンクの女王ヴィヴィアン・ウエストウッドは齢77歳にしていまも現役だ。自分の子どもほどの年齢の公私のパートナー、アンドレアス・クロンターラーとコレクションを製作し、環境保護活動にも熱を入れる。その元気な姿はまさにパンク。生い立ちから現在までを84分にまとめた『ヴィヴィアン・ウエストウッド 最強のエレガンス』を観ると、語り尽くされてきたマルコム・マクラーレンやパンクバンド「セックス・ピストルズ」など初期の活動は軽く流し、現在の姿に重点を置いた内容だ。社員400名を抱える企業の経営者として統制が取れないと悩むシーンが微笑ましい。
反抗的なパンクスタイルからブリティッシュ・デザイナー・オブ・ザイヤーを受賞し英国を代表するファッションデザイナーとなり、未だクリエーションし続けるウエストウッド。マルジェラ、マックイーンと明暗を分けたのは何が原因なのだろう。
それは女性としての強さ、そして同じ方向を見る経営パートナーの存在ではないか。劇中ではヴィヴィアンの男性遍歴も浮き彫りにされる。それはまるでガブリエル・シャネルの姿とも重なる。また、ある時無一文になるのだが、それでもめげずに翌日からアトリエでミシンを踏み始め再興する。この強さは二児を生んで育てたという女性らしい図太さではないか。そしてヴィヴィアン・ウエストウッド社のCEOはイタリア人バイヤーのカルロ・ダマリオ。彼が経営面を引き受けた結果、未だ自己資本で、世界に100を超える店舗を構えるブランドとして生き延びているのだ。
いくらアーティスティック、クリエイティブと評されど服は消費物であり商品であり産業だ。ビジネス的な成功を避けては通れない。では、創造と商売の間で揺れ動くトップデザイナーたちのドキュメンタリーを観てあなたはファッションをどう解釈するだろうか?アート写真に重ねて考察してみるのも、興味深い。
2021年3月以前の価格表記は税抜き表示のものがあります。予めご了承ください。