『IMA』創刊号から続けてきた連載を読み返しながら、この写真雑誌との間に流れ去った1年について考えています。特に創刊号に寄せたエッセイについては改めて考えることが多く、今号ではその頃の私がその名も知らずにいた写真家たちについて書くことに決めました。連載を始めたときは、現代写真における革新的アプローチや手法を1年という短い期間で明確に提示するという挑戦的なことが可能なのか、当時とても迷っていたことを覚えています。もっとも、いまとなってはそんなに悩む必要もなかったのですが。過去12カ月において私が強く惹きつけられた、写真における新たな才能たちについて語るためには、この連載のページ数を増やしてほしいくらいですから。次号からは、みなさんが知ってよかったと思えるような作家を個々に紹介して行く予定です。引き続き『IMA』読者の皆さんと関わり続けていけることをとても楽しみにしています。
その前に、こん連載の締めくくりとして、今回は過去12カ月の間に私が出会った写真家たちの作品について書きたいと思います。彼らはみな、写真における批評的言語と自立性を勝ち取ろうとする野望を共有しています。彼らの美術的所作が、美術写真という分野における劇的な分岐点となるか、それとも写真の現代美術家の流れに、よりささやかなかたちで合流していくのかは、時間のみが証明できるのでしょう。彼らの偉業を歴史がどう受け入れるかは、個人の作家や論者の範疇を超えているのですから。
それは文化の上層で勝ちを作り出す要素、例えば公的なコレクション、アートスクール、アートマーケットなどが流動的だからということではありません。過去15年において写真が文化的にその基盤を確立できたのは、世界中の高所得者層がアートをコレクションにすることのファッション性に夢中になったことがその要因でもあります。一方で、美術館はその展示やコレクションにおける指針を目に見えて保守的かつ平淡な方向へ転換しはじめており、それはこの不況下においては仕方がないことかもしれません。現在の文化体系において写真がどのように位置付けられるか、結論が出されることはまだ先のことでしょう。
私は写真の未来に起こりうることを予想する際、音楽や映画のような文化産業の構造を参照することが有益であると考えています。それらは私たちがすでに経済循環の一部として認識している文化でありながら、現在大きな変化の渦中にいるメディアでもあります。そのような比較を行うことは、写真における創造性の分極化がどのように進むことになるかを考えるきっかけになります。
例えば長編映画の世界において、莫大な予算と豪華絢爛なプロダクションをバックに上映劇場を牛耳るアクション映画があれば、その一方で低予算のインディペンデント映画でも地位を確立しています。それらは安価で基礎的なプロダクション技術を使いインディペンデントの配給を通してまず口コミで人気を呼んだ後、より大きなマーケットにとりこまれるという流れを確立しています。そうした二極化が進む中、古くさい脚本と演出に頼る中庸の長編映画の存在をだんだん縮小しています。
同様の変化が、写真でも起きています。現代写真はマーケットを席巻し、ビッグビジネスへと成長しましたが、それらの作品には想像を超える制作費が掛けられ、その位置に鎮座できるのはひとにぎりの重鎮たちだけ。彼らはまた世界中の主要美術館を巡回し続ける巨大個展の開催予定リストに名を連ねる作家たちでもあります。ギャラリーや一流出版社の構造の中で作品を作り続けてきた中庸写真家たちは、この不況下において大きな打撃を受けました。彼らの作品は、希少化が進む現代美術市場に昇華されるわけでもなく、デジタル新時代に入りさらに盛り上がる画像共有SNSや自費出版、個人流通の可能性にも中途半端に反応するのみなのです。一方で、現代写真は幅広い再現の可能性をもっており、それらについての論考もとても活発で刺激的なものです。そのような表現は、すでに確立された地位にいる重鎮たちによる美術としての写真とは一線を画したものであると、新時代を担う表現者たちは自覚的です。
私が、アーティー・ヴィアーカントを知るきっかけとなったのは、彼が2010年に発表し、ウェブ上で広く読まれることになった痛烈なエッセイ「ポスト・インターネットにおけるイメージ・オブジェクト」でした。このテキストは今後、新たな時代を迎えた美術制作における指標となるでしょう。このエッセイは、物質的作品の制作、テキストの執筆、映画やウェブなどの流動的媒体の使用、作品の複製と普及、そしてヴィアーカントの言う「シェアされ、引用されるために作られ、美術的文脈にも目を向けられた形式的・美学的引用の集合体」について、説得力のある議論を生み出しました。
ヴィアーカントが意味することはどういうことなのか、それは彼がさまざまなかたちで発表を続けている作品「イメージ・オブジェクト」に顕著に見ることができます。彼が作る作品は、デジタルソフトウェアのごく単純な手法を使い作り上げられたイメージを出力し立体化した彫刻物のインスタレーション(会場構成に合わせてその構造と材料は変化します)です。オンライン上や紙面上でヴィアーカントは、それら「イメージ・オブジェクト」の記録写真にさらなるデジタル加工を加えます。それにより、彼の作品は二次元上で特殊な文脈を新たに作り上げます。ヴィアーカントの制作においてわたしが特に惹かれるのは、彼がギャラリーをアイデアの実現におけるひとつのプラットフォームでしかないと確信的に提示しているところであり(つまり、そこはいまだ活発な発表の場であり美術の墓場に成り下がったわけではない、ともいえます)、ハイ・アートの常識とされるピラミッド型ヒエラルキーの頂上にギャラリーがあるわけではないのです。
ロサンジェルスに拠点を置くアーティスト、ルーカス・ブレイロックの創作手法に初めて触れたのはシェイン・ラヴァットによるオンラインジャーナル『Lay Flat』で、彼が興味を抱くアーティストに行った一連のインタビューにおいてでした。そのインタビューは、作家・キュレーター・出版社・コラボレーターとしての彼の活動を最もよく示すものでいた。ブレイロックは、ギャラリーの壁面を手中に収めるような写真を作り上げる洗練された才能の持ち主でもあります。彼の作品に見られる現代美術写真の手法は、デジタルイメージングの美学を強く意識したものであり、まぎれもない独自の言語を作り上げています。ヴィアーカントの言う写真的イメージと写真的オブジェクトは、明確な目的と意義のもとに融合し、その境界はもはや曖昧なものとなっていますが、その曖昧さは私にとって、こんにちの現代美術写真におけるとても刺激的な一面でもあります。ケイト・ステチューやアンネ・デ・リーヴスの、自らの写真体験を物質的に構築する確信的な作品を知り、私は文字通り驚嘆しました。彼らのような作家たちについて私が感心することは、写真の多元性をみごとに立証する作品を作り上げるその力量にあります。彼らの手中で、写真は拡散のツールとして、アイデアを立証するものとして、美学的言語もしくは日常の言葉として、そして美しい物質素材として存在しているのです。私にとって彼らは、写真と現代美術とが交わし続けるであろう議論の源となる、活発な水脈そのものです。
アーティー・ヴィアーカント|Artie Vierkant
1986年生まれ。掲載シリーズ「Image Object」は、実際に展示会場の壁面に設置されたレリーフ状の彫刻と、それを撮影し、画像編集ソフトで編集、改変したいくつかの画像バリエーションから構成される作品群。本文中でも紹介されている論文『ポスト・インターネットにおけるイメージ・オブジェクト (The Image object Post-Internet)』は、インターネットをニューメディアと捉えない世代の視点を持つ、アートの文脈においてのイメージとオブジェクトの現代的関係性の提案と評され、ヴィアーカントが次世代を代表するアーティストとして頭角を現すきっかけとなった。
ケイト・ステチュー|Kate Steciw
1979年生まれ。ニューヨークを拠点とする。スミスカレッジで社会学を習得した後、シカゴ美術館付属大学で写真を専門的に学ぶ。2010年に『The Strangeness of Tea』(Hassla)を出版。イメージの制作と消費・流通の関係性をテーマに、イメージがどのように人間の記憶や欲望を刺激するのかを追求する。ヴァーチャルとフィジカルを自由に行き来し、さまざまなメディアやイメージを使用しながらも強いオリジナリティを持つ作風が高く評価されている
アンネ・デ・ヴリーズ|Anne de Vries
アムステルダムとベルリンを拠点とするアーティスト。デ・ヴリーズの作品は、アブストラクトでテクニカルなコンセプトからはじまり、メディアと技術文化を活用し、極めて日常的な意味を探求する。空の写真を貼付けた18台の木製テーブルにセラミック製の携帯を持つ手のスカルプチャーを組み合わせた掲載作品のように、多様なメディアのコンビネーションによるインスタレーション作品を数多く発表。アムステルダムのFoam美術館、写真美術館などに作品が所蔵されている。
ルーカス・ブレイロック|Lucas Blalock
1978年生まれ。2002年にバード・カレッジを卒業後、2011年にスコーウィーガン学校で絵画と彫刻を学び、USLAファインアーツ科修士課程を卒業。アーティストブックに『I Believe You, Liar』『Towards a Warm Math』がある。アナログで撮影した後にPhotoshopで加工された作品は、写真そのものだけでなく、写真の持つ情報を探求し、見る者に「真実とは何か」を考えさせる。
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