現在フランスを拠点に活動する石橋英之は、古典技法からPhotoshopまで多様な技法を取り入れながら、ファウンドフォトを使って記憶や時間など不可視なものの表現を探求し続けている。ここで紹介するのは、アメリカ人の詩人・ウィン・ハームスとのコラボレーション作品「Connotations」(2016年)に関するインタビュー。二人の出会いや、存在しない記憶を創り出すプロセス、作品に込めた思いなど話を聞いてみた。
インタヴュー・文=マーク・フューステル
翻訳=宮城太
―詩人とのコラボレーション作品である本作「Connotations」は、どのように思いついたのでしょうか。
前作を制作する中で、果たして存在しない記憶を定着させることはできるのかと考えていました。ちょうどその時期にフランスのリールでフランス語の勉強をしていたアメリカ人の詩人、ウィン・ハームスと出会ったことがきっかけです。ランチの時間が同じになることが重なり、次第に話をするようになったウィンに、自分が写真家であること、そしていまはカメラを使わない作品の制作に取り組んでいることを伝えると、彼女は自身の人生について詩を書いていると教えてくれました。
日本では雰囲気だったり、実体のないものについての詩が多いですが、薬物問題を抱え、路上生活者となり、精神科病院に入ったこともある彼女の困難な人生が綴られた詩は、私にはとても新鮮でした。度を超えたパーソナルさと、鮮明な描写からは、ナン・ゴールディンなどのドキュメンタリー写真を見ているような感覚を覚えました。そこから、彼女の詩をもとにしたイメージを作ることで、記憶のようなものを構築できるのではないか、その記憶を観る者に何らかの方法で伝えることはできないかと考え始めたのです。
#Samuel
―詩人と写真家による共同制作は多くの場合、既にあるイメージ群に対するテキストを詩人が書き加えることが多いように感じます。この作品は、それとは逆の手順で作られていますね。
詩は多くの場合において抽象的なので、詩と組み合わせられるイメージも光と影の写真といった具合に抽象的になりがちです。「Connotations」を制作する前に、写真と詩が組み合わされた書籍をいくつか見ましたが、どれも共鳴しすぎているように見え、それらとは異なるノイズを含むようなアプローチで取り組みたいと思いました。私たちが普段街中で何気なく目にする、広告などの作られたイメージを想起させるために、私の作品も作られたイメージであることを明確にしたいと思いましたし、物質性がないことでより開かれた状態に置かれた、パブリックとプライベートの中間に属するFlickrとInstagramの写真を使ってコラージュしています。
―どのように詩からインスピレーションを受けたのか、具体的に教えてください。
詩を読むまで彼女の人生について何ひとつ知りませんでしたが、彼女の言葉は、まるで映画のワンシーンのようなイメージを、私の意識下に鮮明に呼び起こしました。アメリカに行ったこともなければ、アメリカ文化について詳しいわけでもないのですが、彼女の詩はとてもアメリカ的に思えました。特に、彼女の言語の使い方において。ウィンの詩は男性との関係を記したものなので、本作では男性のみが登場しているのですが、詩から彼らの姿をはっきりと感じ取ることができたのです。
#Matthew
―そのイメージを出発点に、どのようにして素材となる写真を探したのですか。
例えば、「West Coast Farewell」という詩では、FlickrやInstagramに「West Coast」と打ち込んで検索するというように、詩に出てくる言葉を使って探しました。どのようなイメージが出てくるのか、まず見てみることで、頭の中にあったイメージが具体化されていきました。また、彼女の詩から引き出した個人的な記憶だけで作品を構築しては閉じた空間を作り上げてしまうと思ったので、ファッション広告のアプロプリエーションも行っています。イメージをより開かれたもの、ソーシャルなものにしたかったので。ありきたりな広告イメージを引用することで、現代の集団的記憶を作りたいと考えていました。
個々の作品は、100枚以上の画像から構成されています。写真に含まれるそれぞれの要素を異なるイメージを使って合成することで、できる限り特定の場所や時代から切り離したかったのです。ポートレイトも、100枚の人の顔の写真が合成されています。毎回、合成する人物にウィンが名前を与え、その名前でFlickrやInstagramを検索して、同じ名前の人物がどんな顔をしているのか調べました。これらの顔は、ある意味その名における平均値でもあると思います。
―まるで被写体と近しい関係にある何者かによって撮影されたような、親密さを感じます。
被写体のボーイフレンドかガールフレンドが撮ったみたいな、とても親密なポートレイトを作りたいと思っていました。広告写真が描き出そうと試みる、ある種の親密さを表現しています。ポートレイトの断片的要素が親密さを構築し、被写体がどういう人物なのかを語り、イメージを読み解くよう観る者を促すのですが、見れば見るほど、何を見ているかわからなくなるように作り上げています。
#Paul
石橋英之|Hideyuki Ishibashi
1986年、兵庫県生まれ。2009年、日本大学芸術学部写真学科卒業後、2011年よりフランス在住。ファウンドフォトを使ったコラージュやアプロプリエーションを用いる作風で知られる。2013年、個展「Présage /予兆」をBTギャラリー(東京)で開催し、2015年に同作の写真集『Présage』をIMA Photobooksより刊行。2019年には『Other Voices』がフランスのthe(M) éditionsより刊行された。ニュイ・ブランシュKYOTO 2021では、ル・フレノワ国立現代アートスタジオ、京都精華大学および立命館大学とのコラボレーションによる展示を行なった。