これまでにアイスランドの自然の景観をとどめたいという思いから、プリントしたアイスランドの写真に水を張って凍らせたものを再撮影したシリーズ「icedland」や、発見から100年以上にわたり世界中の解読者たちを惹きつけてきた古文書『ヴォイニッチ手稿』からインスピレーションを得て、実在しない植物をモデルに写真を合成したシリーズ「The Plants in the Voynich Manuscript」などを手掛けてきた清水はるみ。今回は、現在も継続して撮影を続けているシリーズ「OPEN FRUIT IS GOD」に関する過去のインタヴューを転載する。まるでユートピアのような本作から、清水の写真制作に対する姿勢をひもとく。
インタヴュー・文=IMA
この奇妙なタイトル「OPEN FRUIT IS GOD」は、友人宅の冷蔵庫に貼られていた英単語のマグネットを撮影したことに由来する。バラバラの単語は偶然の組み合わせから、まるで言葉遊びのように生まれたものだ。このセンテンスのように、一見とりとめのないように見える清水はるみの本作は、旅を通して写真を撮って来た彼女にとって、新しい視点を見いだすための試みだった。
「このシリーズは、アイスランドの自然を撮っている中、今までとは違う自分の視点を発見しようと思ったのがきっかけで、サブカット的に撮影しました。タイトルと同様、これらの写真に意味やテーマはないんです。写真は何かを宣言しないといけないわけではなく、あえて宣言しない写真があってもいいんじゃないかと思って」
清水が写真を始めたのは、10代の終わり頃のこと。マリオ・ジャコメッリの写真に衝撃を受けたのがきっかけで、その後、独学で写真を学んだという。大学卒業後は、広告中心の写真事務所のアシスタントをしながら、旅先で写真を撮るようになった。
「作品は、旅をしながら撮ることが多いです。これまでアイスランドとトルコと台湾に行きましたが、こういう景色を撮りたいと思うシーンが何カットかありました。そこではきちんとしたランドスケープとしてモノクロで撮るのですが、その景色を撮った後に、今回のような無意味なカットをカラーで撮っています」
幼い頃から親が転勤族で日本各地を点々としていたという清水にとって、旅の感覚は、その頃の記憶と重なるのかもしれない。旅で訪れた場所を、モノクロとカラーで同時に撮り、方向性の異なる2つのシリーズを制作するというスタイルも一風変わっている。
「モノクロの方は風景と対峙して撮っているし、日本のモノクロ写真というものへのリスペクトもあります。写真評論家の福島辰夫先生の所へ出入りするうちに、深瀬昌久さんの『鴉』など、日本のモノクロ写真をいろいろと見せてもらったのがきっかけで、影響を受けた部分があります。自分の中では、モノクロとカラーという二つのシリーズを撮っているときの姿勢は変わらないけど、撮れた写真に合わせて編集を変えていくので、見え方がまったく変わってしまうんです。今回のシリーズではニュートラルな作品を作りたいと思い、あえて感情的なものを排除して、特定のメッセージを強く発信しない写真を選んでいます」
モノクロとカラーというベクトルの違う両方の作品の核になるのが、「自然」というキーワードだ。自然にどう関わっていくのかを自身のテーマとする中で、最近では四角いスイカやカラフルなとうもろこしなど、突然変異や品種改良で形を変えてきた野菜を集めて、セットアップで撮影したシリーズも制作している。では、彼女の自然観、そしてリアリティが希薄でクリーンなイメージは、どこからきているのだろうか。
「生活感を意図的に排除しているかもしれませんね。もちろん現実感のある写真も撮っていますが、それは選んでいません。異形の野菜シリーズでは、対象の中に私が見たいものしか見ていませんし、旅先で撮影するのは、被写体との関係性の薄さが心地いいからです。東京の雑多さや人との距離の近さが苦手で、その反動もあるのかもしれません」
1989年生まれの清水にとっては、物心ついたときからすでにインターネットや携帯電話が存在していた。写真イメージは世の中に氾濫し、個々人がリアルにもバーチャルにも「つながる」ことが当たり前。その「つながり」からあえて距離を置き、見たいものしか見ないという清水の写真は、現代社会においてどこか浮遊しているようにも映る。
「自然の中にもシュールな光景がたくさん転がっていて、そういう被写体にカメラを向けます。ストーリーもシークエンスもないので、選んで構成する時に無理矢理つなげていくスタイルをとりながら、今回のシリーズはまだ継続しています。撮るのは数日間のことですが、撮ったあとに見返して拾う作業を何年も行なっています」
「OPEN FRUIT IS GOD」というタイトルを形取る、バラバラのものを脈絡のないまま並べるゲームのような行為。それは現実逃避なのか、もしくは現実を斜に構えて笑いながら見つめているのか。どこにでもありそうで、どこにもない場所を探し求める清水が撮るランドスケープは、現代社会が生み出した、ひとつのユートピアなのかもしれない。
清水はるみ|Harumi Shimizu
1989年生まれ。お茶の水女子大学卒業。主な個展に、2013年「水の骨」、2014年「icedland」(Place M)、2015年「OPEN FRUIT IS GOD」(gallery blanka)などがある。