12 December 2021

川内倫子の日々 vol.11

仕事場の遍歴

12 December 2021

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川内倫子の日々 vol.11「仕事場の遍歴」 | 川内倫子の日々 vol.11

仕事場の遍歴

先日友人家族が遊びに来てくれた。前回来たのは1年以上まえで、あの頃も新型コロナの感染者が一時的に減っていて、それでたしか来てくれたのだった。会えなかった期間に変化があったのか聞くと、とくに変わらないということ。引っ越したいと話していたよね?と聞いても、相変わらずどこへ引っ越すのがいいか決まらずにしていないということだった。

じゃあタロットひいてみる?と、カードを並べた。何枚か選んだカードを見てみると、いま彼女が住んでいる場所は仕事運がかなり良くて、事務所として使うのに最適ということだった。ただ、家族でこのまま住むには子どもが育ってきたので手狭なのだそうだ。事務所と自宅で分けるのがいいみたいだからそうしなよ、と無責任なアドバイスをすると、でもどこに住めばいいのか、、と悩みだした。たしかにその気持ちはよくわかる。仕事関係だけではなく、子どもの学校のことなど考え出すと、予算と間取り、地の利などがちょうどいいバランスの場所を見つけるのは難しい。

自分の場合はどうだっただろう、と過去に住んでいた場所、事務所を思い出してみた。24歳からフリーランスとして活動を始めたので、自宅が仕事場であり、事務所だったことは何度もある。最初は東京に出てきて初めて暮らした部屋だった5畳一間だ。フリーになったからと言って引っ越すお金もなかったから、ファックスだけ買った。当時は携帯電話が普及しだす少しまえで、留守番電話とファックスで仕事のやりとりをしていた。だからファックスを買ったときはなんとなく仕事を始めるぞ、という感じがした。そこは居住スペースであり、雨戸を閉めれば暗室になる、狭いけど自分だけの初めての仕事場だった。

少し貯金が貯まってつぎに引っ越した部屋は、一間増えてキッチンが暗室と仕事場になった。一間増えだけでとても嬉しかったことを覚えている。その後初めて事務所を別に借りたときはやっと一人前になれたような気持ちになったものだ。ただ、事務所と自宅の距離があまり近くなくて通勤時間がだんだんストレスになり、また自宅兼仕事場に戻したのだが、そうなるとずっと仕事モードで頭が切り替えられず、うまく休めない。逆にいったん休むモードになると、だらだらと借りてきた映画や録画したドラマなどを見て1日が終わる、、ということもあった。それで自宅と事務所の距離3分という場所を見つけて引っ越した。それが一番ベストだなあと気に入っていたのだが、数年経つとずっと東京にいなくてもいいような気がしてきた。ひと昔前と違ってネットでなんでも買えるし、現像所に毎日のように行く必要性はなくなったというのもひとつの理由だ。東京で高い家賃を払うよりも、もっと自然豊かな場所でコストを抑えながら生活をしたほうが心身のバランスがよくなるような気がした。でも当時独り身だった自分としては夜ふらっとバーに行く生活がなくなることは考えられず、都心から離れて暮らすにはハードルがまだ高いなあと思っていたところ、結婚することになった。それを機に都心から遠すぎずに自然豊かな場所を探して見つかったのがいまの自宅だ。東京に事務所は残しているが、時々打ち合わせに使う程度で、ほとんどの作業は自宅の2階の仕事場だ。暗室も小さいながらに作ることができたから効率的で、疲れてきたら時々窓の外の緑を眺めて一呼吸する。

自宅と仕事場が同じ建物内にあることで、うまく切り替えができないんじゃないかと最初は懸念していたが、2階へ向かう階段を登っている途中で、いつもスムーズにモードが切り替わり、とても集中できる。仕事場のドアを開けっ放しにしておくと、子どもが保育所から帰ってきたときにただいまと声が聞こえてきて、あと数時間できょうの仕事を切り上げなくては、と、さらに集中できるのだった。

思い返してみると、いままで気に入って住んでいた場所はすべて直感で決めた部屋だった。いま住んでいる場所も、ある程度地の利の条件があったのももちろんだけど、決定打は直感だった。ただピンときたのだ。かつてあまり気に入らないながらも住んでいた場所は、そのときの自分の経済状況で住む場所があまり選べなかったという理由なので仕方がないと思うし、あの頃の自分ではベストな選択だったから後悔はない。ただ一箇所だけなぜあの場所を選んだのかなと、いまになっても悔いのようなものを感じる部屋がある。内見したときにあまりピンとこなかったのに、条件だけで選んでしまった。結果5年暮らしたが、その間に関係した人たちとはことごとくうまくいかず、そこを引っ越してから、ある見える人にその部屋のことを聞いたら、おじさんの霊がひとりいましたね、その人が邪魔していました、と言われて半信半疑ながら納得できるような気もした。その話をイタリアに住む友人に話すと、そういえばあの部屋に住んでいたとき、海外で会うたびに帰りたくないって言ってたよね、と言われてはっとした。そういえばそうだった、居心地が悪かったのだなと。そこを引っ越してからは自分でもはっきりとわかるくらいに元気になった。まさに憑き物がとれたかのように。

一昨日は東京で仕事があって一泊した。空いた時間に知人の展示を見に行くため、六本木まで歩いた。妊娠中によく歩いた散歩コースだったのでお腹を抱えながら歩いたことを思い出す。途中有栖川公園の紅葉が西日に照らされて光っていた。じっと見ていると東京で仕事ばかりしていた日々が蘇ってきて、それが好きだったことを思い出し、足元からじわじわとエネルギーがチャージされていく実感があった。東京にいると仕事がしたくなるのだ。

川内倫子の日々 vol.11

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